第八話
どうしよう、どうしよう。捕まえられた子ども達を目にしてしまっては、もう退くことなんてできない。だが多勢に無勢すぎる。一体のループスを相手にしている間に、他のループスやあのムチ使いに襲われるに決まっている。
痛いことは、嫌だ。正面切って戦うことを避けてきたのは、単純に苦しみを味わいたくないからだ。砂場で触手にきつく絞められたとき、苦しみと同時に底知れぬ恐怖も味わった。
私は弱い。ただの人間だからだ。装備をしたところで、武器を持ったところで、戦いにも慣れていなければ、痛みにも慣れない。サヴァンの悲壮な面持ちを見て湧いた善意は傲慢であったのだ。今まで倒せてきたのだから、何とかなる、と。けれどそれは運が良かっただけだ。
ゲームをしている時も、主人公の痛みなど考えたこともなかった。それがこうして自分に降りかかってみると、及び腰の情けない感情がみるみる湧き上がる。
いつ相手に気取られるか分からない距離に居続けるのは限界だった。「帰りたいよう……」涙交じりの声は聞かなかったふりをして、私は後ずさる。
--そうだ。一度コマンの町に戻って、子ども達は生きていることを伝えるのはどうだろうか。
--いや、だめだ。子ども達はあえて生かされている。奴らには何か目的がある以上、いつここから去ってもおかしくないし、いつ子ども達に危害が加わってもおかしくない。
--だけど私は、死にたくない。
ごちゃごちゃになった思考が、勝てる道筋の思いつかないことが、私をここに留めて苦しめる。私には、覚悟が足りない。
私の持つ武器は、木に登れる身軽な体と、小刀と弓矢だ。それだけで、勝てるだろうか。頭の中で考えてみる。ループスは、気取られずに木に登り、上から攻撃すれば倒せるだろう。だが問題は、あの親玉だ。屈強そうな体と、あのムチ。木の上にいたところで、揺り落とされるのが関の山だろう。
勝つには、先に親玉を片付けねばならない。改めて、親玉の二頭身の体を見る。いや、待てよ。もしかしたら。
私はするすると木の上に登り、弓を構えた。
「おい、何だテメェは!」
「答えるつもりはない!」
焚き火から立ち上がったところを見計らい、その短い足を射る。よろ、と重心が傾いたのを認めて、もう片方の足も同様に射る。ズシン、と重々しい音がして、そいつが倒れた。
思った通りだった。そいつは、頭が重くて起き上がれなくなった。足からはダラダラと、やはり人ならざる色をした血液が流れ出ている。
「何しやがる!テメェ、タダじゃおかねえぞ!」
「子どもたち、後ろを向いて、耳を塞いでいて!」
子どもにそう呼びかければ、戸惑いながらも素直に従った。先に言うべきだったと反省しながら、うるさく喚き続ける親玉の、鞭を持つ腕を狙って、射ぬく。
「ウッ」
手が緩み、鞭が地に落ちたのを確認すると、今度はループス達を狙う。一頭一頭確実に、しかし決して殺さぬよう。
敵がすべて動けなくなったことを確認した私は、ひょいと木から飛び降りる。
「テメェ、ふざけるなよ。殺してやる」
人語を話すものから殺気を向けられるのは、初めてだった。伝わる明確な殺意。私よりも、何度も生き物を殺めてきたであろう輩からのそれは、私の体を震わせた。
もうこれ以上何も話してほしくなかった。私はそいつの頭側に立ち、口を目がけて弓を構える。
「おい、何する気だ、やめろ、おい」
弓の丈が短くて良かったと心底思いながら、ピンと張り詰めたそれを、離した。シュウゥ、と聞き慣れた音がして、地面には、鞭と鍵だけが残った。それらを拾い上げると、今度はループスのところへ向かう。
ループスの皮は貴重だと言っていた。親玉がやられようと関係なしに、倒れながらも威嚇してくる姿が羨ましいと思いながら、丁寧に皮を剥いでいった。小刀のおかげで、時間はそうかからなかった。
全五頭から皮を剥ぎとり、その姿が見えなくなったことを確認したのち、子ども達に声をかける。怖がらせてしまっただろうか。
「もうこっちを向いていいよ。私はフォステ。鍵を開けるから、みんなで町へ帰ろう」
こわごわと、一番年上であろう少年が、こちらを向いた。茶色の髪に、そばかすが印象的な少年は「お姉さんが助けてくれたの?」と尋ねた。鍵を開けて頷けば、彼は「みんな、大丈夫だからここから出よう」と他の子どもたちにも声をかけてくれる。
その中で、一番背の低い少年がいた。ちょうど私の腰の高さほどで、青みがかった黒髪の幼い顔立ちの子どもだった。
「君がエトワレくん?」
こくりと頷く様子に安堵する。良かった、これでサヴァンに報いることができる。
「これで全員?……他にいなくなった子はいない?」
「うん、コマンの町からさらわれたのは、僕たちだけだよ」
年長の子の言葉に安心して、私は小舟へと子ども達を誘った。幸い何とか全員乗れそうだ。
知らぬ大人の存在と、先ほどまで命の危機にあった中で、彼らの緊張はほぐせそうになかった。ただ、帰りの小舟でエトワレくんがつぶやいた言葉は、よく耳に残った。
「さらわれる前、星を読んでいたんだ。敵か味方か分からないものがくるって」
星を読む、とはどういうことなのか私には皆目見当もつかなかったが、サヴァンの言っていた通り、賢い子どもだと思った。私のいた世界では幼稚園児程度だろうに、言葉を操るのが上手だ。
それから町に着くまでは、私が先頭に立ち、一番歳が上の子どもに後ろを任せて、子どもたちには手を繋ぎあってもらいながら、細心の注意を払って、町へと帰った。
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