第七話
コマンの町から南東と言ったか。地図を書き写した小さな紙を参考に歩く。この町から海岸までは草原が続いており、町のある場所の方が標高が高いのだろう、海もうっすらとだが見える。迷うことなく到着できそうだった。
小一時間歩くと、海岸についた。途中魔物にちらほら出会しはしたが、動きの鈍い牛のような生き物だったので、弓矢を試すのにちょうどよかった。サヴァンは食えない人だ。彼はきっと、魔物と一定の距離を取って戦えるよう弓矢を選んだのだろう。この地域の魔物と戦ったことがあるからこその、経験則なのかもしれなかった。
海岸は、内陸部より少し冷たい風が吹いていた。確かに小舟がいくつも放られている。それも、壊れているものばかり。しゃり、しゃり、と砂浜を歩き使えそうな舟はないかと物色する。
--その時だった。
砂浜の中から細長い触手のようなものが伸び、私を取り囲んだ。これは、漁師も近づかなくなるわけだ。こいつに弓矢は効くまい。サヴァンから貰ったもう一つの武器、小刀を構える。
うねうねと蠢くそれは、こちらの様子を伺っているのだろうか、こちらに向かって飛び出してくるわけでもなく、ただ轟いている。
ざ、と私が一歩足を踏み出した時だった。それらは鋭く私に向かってその頭を突き出した。反射的に、いや形振り構わず振り回した小刀は、それを少し傷つけはしたようだが、倒すには至らなかったらしく、私の胴を締め付ける。圧死させる気だろうか。
「ゔっ……」
ちょうど鳩尾のあたりに巻きついたそれを、小刀で切りさばく。苦しいが、自分の体に固定されていればそこまで大変な作業ではない。なんとか一本切り割くと、締め付けがさらに苦しくなる。鎧があることで、余計に圧迫が強くなっている気がする。それにこれ以上の隙を与えぬように、着々と切り進め、最後の一本を断ち切る。
「っあぁ……」
漏れ出た声は、自分の耳で聞いても苦しげだった。こんな調子で、本当にループスの、それも恐らく群れを倒せるのだろうか。
再び死への恐怖が襲ってくる。今の敵に、首を絞められていたとしたら?ループスに腕を噛みちぎられたら?考え始めると、恐怖は怯えに変わってゆく。ぶんぶんと頭を振って、再度舟探しに没頭する。私はエトワレくんを助けると、決めたのだ。
幸い砂浜には大きな岩石もちらほらある。例の触手が出てくるのを警戒して、岩石を飛び乗りながら、なるべく小綺麗で海に出ても崩壊しなさそうなものを探す。
--あれならどうだろうか。
見つけたのは、完全に砂浜の上に乗りきった、形も保たれている木製の舟。ちょうど私が寝転んだ長さくらいだろうか。小さな舟だ。オールも中にちゃんとある。よし。
私は小舟を思い切り海に出し、飛び乗った。ざぷん、と飛沫が上がる。船出の演出としては中々良かったかもしれない。続けてオールだ。昔どこかの公園の池で乗ったことくらいしかないが、できるだろうか。考える暇などない。案外重たいものだなと思いながら、ひたすらオールを動かす。平たく広い面を後ろにやり、前へ。
ひたすら漕ぐこと数分、くだんの島が見えてきた。恐らくあれが魔物たちの縄張りだ。だが待て、ループスは、魔物といえど狼だ。泳ぐことができたとして、果たして子供を連れながら島までたどり着くことが可能だろうか。私の疑問は、またも最悪の事態を想定をする。
--ループス以外に、もっと強い、親玉がいたら?
それは私がかつての世界でプレイしたゲームではよくあるお決まりのパターンだった。所謂、ボスだ。だが今更引き返すことなどできようか。怖い怖いと叫び続ける心を押し込め、ひたすらに腕を動かす。風の音もしないのが、不気味だった。
島は、異常なほどの静けさを保っていた。小舟を島につけ、流されないよう予め持ってきたロープで木に括り付けた。小さな島だから迷うこともないだろう。
私は森の中に向かって、ゆっくりと歩を進めていった。しばらく進むと、パチパチと焚き火をしているような音と、獣の息遣いを感じるようになった。焚き火があるということは、知能のある生き物がいるということ。
嫌な予感ほど当たるものだと思いながら弓矢を構え、足音を消してそっと近づいてゆく。
「よくやったお前たち。これで十人は集めたな」
「グルル……」
太い木の影に隠れ、様子を伺う。ループスに警戒されただろうか。焚き火の前にどかりと座っているのは、やはり人間とは程遠い見た目の、しかし人と同じ言葉を操る生き物だ。頭は人間のそれより三倍は大きく、それに反して体は頭と同等の大きさ……つまり二頭身程度。ギョロリと突き出た目に、ループスを躾けるために持っているのであろう鞭。それが、ヒュン、と振り下ろされた。
「うるせえぞ」
「キュイン……」
どっどっどっ、心拍数が一気に上がる。あれで体を打たれたら、私はきっと気絶して、そのまま殺されるだろう。どうしよう。全く勝算が浮かばない。
そういえば、子どもたちは?子どもたちだけ連れ帰れば、あえて戦う必要はないかもしれない。そんな期待は、程なくして打ち消された。
「おい、てめえら。ちゃんと生きてるんだろうな。てめえらを生かして連れて来いっていうのが命令なんだ。死んだらタダじゃおかねえぞ」
親玉は、自身の後ろを振り返り、そう言った。そこには鉄製の檻に入れられた子ども達がいる。そして厳重に鍵までかけられている。
ああ、だめだ。子どもを助けるには、どうしてもあいつらに立ち向かわねばならない。
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