教えてもらえるん?

「甲本君、久しぶりやね。勤務医はしんどい聞いてるけど、ちゃんと働いてるか?」

「はい。がんばってます。いつも疲れたときはこの塾のこと、ここでがんばったこと思い出します」

「そりゃうれしいけど、はよ塾離れせなあかんで。医者の不養生て言うわな。娘さん、やつれてるやん。家族にはちゃんとしてやらんと」

「落ちてからというもの…」

「ええねん。昔の話はええ。これからやん?やるべきことやろうや」

「お願いします」

(お父さん、これ猫やん)

 目で訴えたが、三時間後に迎えに来るということになった。一時間半ほどしてから、

「数学やる?」

 と、先生(猫)は伸びをしながら訊いてきた。いや、まだ二時間経ってないし。数ⅠAのテストかなと、共通テストの赤本を取り出してきて、去年の過去問を爪で切り取った。

「六十分やで。三年生で勉強したからいけるやろうけど。目標何割?」

「八割?」

「六割でええかな」

 訊いた意味ある?

 ないよね。

 わたし、八割て言ったよね。

 とにかく一時間を数学を解くことに没頭した。現実から逃げたい一心だったのかもしれない。

 答え合わせだけでいいとのことだったので、◯✕を付けた。

「八割超えてるやん」あまり興味なさそうに「すごいやん」

 先生は背を向けて、

「ところで友子さんは数学は解いて理解する?読んで理解する?」

「解いて理解する方かも」

「そうなんや。数研の4ステップやり込んだん?」

「はい。授業でも家でも」

「ええ教材やもんな」

 と、部屋の隅の段ボール箱からゴソゴソと何やら本を持ち出してきた。数学の参考書だった。

「タラッタラッタッタ〜♪ きさらぎひろしさんの『やさしい高校数学ⅠA』ぇ〜」

 ドラえもんですよね、それ。

「これはええねん。これから読み込もうか。教科書ネクストでもええんやけど、どっちええやろうか」

 いやいや。

 解いて理解て言いましたよね?

 あれ?

 通じてる?

 猫に対して何してるの?

「迷うところやなぁ」

 聞いてる?

 父が迎えに来た。

 わたしの浪人生活は不安しかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る