4話
カフェに入ると金木犀のような香りがして落ち着いた気分になる。
金木犀の匂いが苦手だという人もいるけど私はこの柔らかくて甘い匂いが好きで、沙也加もこの匂いが好きだということを知っていた。
今回はたまたま席が空いていたけれど、昼時には予約しないと入れないことも多い。
「オシャレな店だね」
沙也加が目を輝かせている。
「なんかおすすめのメニューないの?」
「そうですね……」
机の端においてあるメニューをとってサンドイッチの書いてあるページを開く。
「この前来たときはフルーツサンドとコーヒーを頼みました。とても美味しかったですよ」
パンはとてもふわふわしていてフルーツは新鮮、コーヒーは酸味が弱く、苦みが強めで甘いフルーツサンドによく合ったのを覚えている。
「じゃあ私それにしようかな。涼ちゃんは?」
「私も同じものにします」
「わかった。じゃあ店員さん呼ぶね」
沙也加がすみませんと近くにいる人に声をかけてスラスラと注文していく。
こういう友だちと遊ぶ時間は楽しいと思う。でもなんでか、物足りない気がする。
しばらくすると注文したフルーツサンドとコーヒーが来る。
「これめっちゃ美味しいね」
「そうですね。私もそう思います」
しばらく、沙也加が喋る時間が続く。
春休みは何をしてただとか、誰と遊んだだとか、未だに卒業を実感できないだとか、そんなことだ。
「そういえばさ、」
思い出したように沙也加が言う。
「引っ越したんでしょ? どなへん?」
「ええと、ここですね」
私は沙也加の前に地図を開いたスマホを出す。
「さっきの駅から3駅前のところです」
「駅まで徒歩15分かー」
「そうですね」
この徒歩15分という距離は近すぎず遠すぎずいい距離だと思う。
近すぎないから少し運動にもなるし、高校に行くのに駅を使うから毎日の運動にはちょうど良いくらいだ。
「いいなー。家広い?」
「一人暮らしには広すぎるくらい広いです」
「いいじゃん」
「そうですかね」
望むならもう少し狭いところが良かった。別に誰かと住むわけでもないのに、広いほうが良いでしょも親が勝手に決めた。
「また今度遊びに行かせてよ」
「いいですよ」
「やった〜」
沙也加は小さくガッツポーズをする。
いつの間にかフルーツサンドがなくなっていて、ほぼ同時に「ごちそうさま」が聞こえる。
「じゃ、そろそろ帰ろっかー」
「そうですね」
私がうなずくと沙也加は伝票を持って立ち上がる。この金木犀の匂いから離れると思うと少し名残惜しいと思ったけど、また来ればいいと自分を納得させる。
会計を済ませて外に出る。
スマホの時計を見ると時刻は13時を回ったあたりだった。多分、たまたまあった友達との解散にはちょうど良い時間だと思う。
「そろそろ帰りますか?」
「うん。そうしようかな」
「では、駅まで一緒に行きましょうか」
ゆっくりと、時間を噛みしめるように歩く。
別になんてことはない時間なはずなのに。とても大切なもののような気がして、つい歩幅が狭くなってしまう。
「ねぇ、涼ちゃん」
今にも消え入りそうな声だった。
「なんですか?」
「仲いい人とかできたら紹介してよね」
「はい。必ず紹介します」
なんでかはわからないけど、なんとなくそう言わないといけないような気がした。
それとも、沙也加がどこか悲しそうな、寂しそうな顔をしていたからだろうか。
「じゃあね。また今度、たくさん遊ぼ」
「はい。ぜひ遊びましょう」
いつの間にか、駅に来ていて、流れるように沙也加と別れる。そうすると当たり前だけど1人の時間がやってきて、寂しさを感じる。
「おい、お前」
私もそろそろ帰ろうと思って駅内に歩いていく。
「おい!」
腕を掴まれる。そこにいたのは真っ黒な髪色が逆に目立つ、目つきの悪い女だった。
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