第89話 遊ばれた!

 殴ったトモエは、建物の壁を五軒分ぶち破った先で倒れている。

 まさに人外パワー。

 聖女のバフがてんこ盛りなだけあるな。


 俺が近づくと、トモエが顔だけを起こしてこちらを見る。

 相当ダメージが入ったか、体が震えている。


「な……い、いきなり、何を……」


 それはこっちの台詞だよ!

 殴るぞ!?


「立て、小娘」

「――ひっ!」


 見下ろすと、トモエが小さな悲鳴を上げた。

 先ほどの、飢えた狼のような気配はどこへやら。

 今は完全に狩られる側の草食獣だ。


「そこまで死合いたいのなら、いいだろう――〝遊んでやる〟」


 俺の獲物を横取りした罪を、その体に刻んでやる。

 まだ立ち上がらないトモエに、全力で蹴りを入れる。

 レベルが同じだけあって、俺の攻撃に反応した。

 だが、防御も回避も間に合わない。


 当然だ。

 レベルは同じでもなァ、こちとら聖女のバフてんこ盛りなんだよ!


 蹴り上げたトモエが、蹴鞠のように跳ねて転がる。

 なんとか体勢を整えたが、遅い。

 俺はもうお前の後ろで、拳を振りかぶっている。


「飛べ」

「なっ――」


 ドッ!!

 俺の拳が空気を震わせる。


 再びトモエが地面を舐める。

 ここはリアル。

 ゲームと違って、大きなダメージを受けるとその分だけ身体能力が低下する。


 俺の全力攻撃を三度も受けたトモエに、もはやこちらの攻撃を躱す力は残されていなかった。


 そこからは、ほぼ一方的だった。


「あっ――♪」


 怒りにまかせて蹴りや拳を叩きつける。


「もっと♡」


 ベリアル戦の時よりも、不思議と熱が入って――、


「しゅごい……ハァハァ!」


 いや、冷めたわ。

 なんだこいつ……。


 体はボロボロなのに、目がらんらんとし始めてるんだが!?

 顔が耳まで赤いし、なんか膝をもじもじさせてるし……。


「も、もう、終わり?」

「……」


 物欲しそうな目でこっち見んなッ!

 違った意味で怖ぇよ!!


 ――って、そうだったな。

 思い出したわ。

 頭沸騰してた時は完全に忘れてたが、トモエって、こういう奴だったよ。


 自分が格上だとドSなのに、一度負けるとドMになるド変態。

 おまけに負けた相手(勇者だが)から、絶対に離れなくなる。

 街に置いて旅に出ることが不可能になるし、物語の流れで一度別れる場合もさらっと合流してくる。


 勇者が船でヒノワ国に拉致された時も、こいつ、海渡って合流してくるからな……。

 脳みそが筋肉で出来てて、戦いのことしか頭にない、ドM変態ストーカー。


 だからこいつと戦いたくなかったんだよ……。


「戦わない、のか?」

「ああ、悪いがもう終わりだ」

「そ、そんな……遊ばれたのだ!」


 言い方ァッ!!

 なんだろう、魔王よりもヤバイ敵に目を付けられた気がする。


 勇者が引き取ってくれないかな?

 無理か。

 あいつ、めっちゃ弱いからな……。


 トモエは弱い相手に厳しいし、即首斬られて終わりそうだ。


 俺、コイツのストーリーで泣いたことあるんだけどなぁ。

 リアルのコイツを見た今となっては、何故泣いたのかがわからない。


「あ、あの、名前を教えてほしいのだ」

「――アベル」


 咄嗟に勇者の名前言っちゃった。

 これはきっとプロデニのプレイ記憶が蘇ったせいだな、うん。

 ……てへっ☆


「聖皇国のアベルだ」

「アベル……アベルッ!」

「俺はこれから国に戻る。悪魔との戦いが待っているんだ。だから――探さないでくれ」

「ま、待つのだアベル! 吾はそなたを――」

「サラバダー!」


 即座に闇魔法を発動。

 覚えてよかった、存在消失魔法インビジブル

 学園で黒の書を見つけててよかったあ。


 この魔法、少しでも動くと解除されるから使いづらいんだよな。

 逃げてる時とか、戦闘中とか、一番使いたい時に使っても意味がないのが残念だ。


 俺が見えなくなった後、トモエはあたりを見回して、どこかへと走り去っていった。

 ――ってか足速ぇな!

 もう体力戻ったのか?

 化け物かよ……。


「アンタ、なんであのゴミ勇者の名前を名乗ったのよ」


 うおっ!

 びっくりしたぁ。

 いつの間に近づいて来たんだよ、聖女。


 ってか、俺のこと見えてるのか?


「魔法じゃアタシの目は誤魔化せないわよ」

「……看破の瞳ディテクトか」

「ご名答。で、あの子は何者なの? たしかアンタを追ってた女の子よね。いくらアンタが弱らせてたからって、魔王軍の四天王を一刀両断なんて、尋常じゃないわよ」

「名前からしてヒノワの者だろうが、知っているのはそれくらいだ」

「ふぅん。アンタって、知らない女の子の顔を平気で殴れる人なんだ……ふぅん」


 あのぉ、ニーナさん。

 言い方に刺ありませんかね?


「さすが悪の国王だわ」

「国王と言うな」


 まだ普通に恥ずかしいわ。

 国王だって自分は認めてないしな。


「じゃあなんて呼んで欲しい?」

「知らん。国王以外なら好きに呼べ。陛下も禁止だ」

「ふぅん。じゃあ――エルくん」


 あまりの衝撃に、ガクっと膝が折れそうになった。

 支えたのは大貴族の呪縛だが、それでも顔が引きつるのを感じる。


「エルくん、ねえエルくん、エルくぅん!」

「……やめろ」

「えー、好きに呼んでいいんでしょ?」


 ニヤニヤ。

 こいつ、聖女のくせに悪い顔しやがって……。

 嫌がらせか!


 エルくんなんて呼び方、すぐに恥ずかしくなってやめるだろう。


「ねえ無視しないでよぉ、エルくぅん!」


 ぐぬ……。

 くっそ、意地でも無視してやる!


「でも、あんなに強いとは驚いたわ。アンタが『後々使える』って言った意味、すこしはわかった気がするわ」

「いや、そういう意味じゃ――」


 ないが、まあ、うん、いいよそれで。

 適当に言った台詞だって言ったらまた絡まれそうだし……。

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