第72話 チャンス?
レナードと簡単な覚書を交わしたあと、俺は城の外で今後の動きについて考える。
ひとまず『真実の瞳』を手に入れたから、今すぐファンケルベルクの街に帰っていい。
だが、せっかく滅ぶ前のイングラムに来たのに、とんぼ返りはもったいない。
数日はここに泊まって、じっくり観光したい。
あと、米をどうやって買い付けるかだな。
イングラムとは同盟国になったし、今度レナードに商人を紹介してもらって、直接取引してみるか。
あっ、さすがに表の取引を俺が直接するとラウラが怒るかな?
うーん。一旦持ち帰って、ラウラに聞いてからにするか。
外は既に日が落ちていて、夜のひんやりした空気が心地良い。
暦上はもうすぐ冬だが、夜でも若干暖かい。
たぶん、アドレアよりも南にあるからだろうな。
城から繁華街に向けて歩いていると、ふと教会の建物が目に入った。
「……かなりデカいな」
サン・ピエトロ大聖堂くらいあるんじゃないか?
中に孤児院があるという話だが、いくらなんでも広すぎるな。
やっぱ天井画とか巨大ステンドグラスとかあるんだろうか。
時間は夜だが、礼拝用の入り口は開いていて、ろうそくが灯されている。
……ちょっとだけ覗いて見るか。
滅んだ後にはまっさらになっていた教会にいざっ!
門を通り抜けて、一番大きな建物に向かう。
扉もデカいな。
ここまでデカくする必要あるのか?
人の五倍くらい高さがあるな。
聖堂には長椅子がずらり並んでいた。
道を示すかのように柱と燭台が並び、一番奥に神像と、天井まであるステンドグラスがある。
「おお……」
荘厳の一言しか浮かばない。
これで地方の教会だっていうんだから驚きだ。
本部はどれだけ豪華なんだ……。
何度もグラフィックは見たことあるけど、実際に目にすると感動するんだろうなあ。
……たぶんもう拝めないだろうけど。
くそっ、勇者めぇ。
俺からセラフィス礼拝のチャンスを奪うとは、なんてことしてくれやがったんだ!
一生恨んでやる!!
俺は奥まで歩き、神像の前で膝をつく。
決して信心深くはないが、ここは『ちょっと神様を信じてみようかな?』ってな気分になる。
手を組み、目を瞑って、祈る。
特に、神様にお願いすることもないな。
(プロデニの世界に連れてきてくれて本当にありがとう)
とだけ願った、その時だった。
――ズン!
背中に衝撃。
危うく前に倒れ込みそうになるが、ギリギリ堪える。
……なんだ?
振り返ると――輝くナイフと、光のない目をしたシスターが、
ひえぇっ、なんだこいつ!!
近づかれるまで気配ゼロだったんですけどッ!
ってか今も気配薄いんだが……。
レ、
ハンナ以外でこういうパターン初めてだわ。
即座に立ち上がり、三歩退く。
ぶっちゃけ背中を見せて逃げ出したいんだが、『大貴族の呪縛』がそれを許してくれなかった。
「貴様……」
「ひぇっ!」
まるで化け物を見るような顔をして、シスターが腰を引いた。
いや叫びたいのはこっちだから。
ってお前、俺にナイフ刺そうとしたのか!?
そうだ。怪我はないか?
意識を体に向けるが、痛みはちっとも感じない。
それどころか、衝撃を感じた部分には穴すら空いていない。
あれぇ?
おっかしいなあ。
刺されたと思ったんだが……。
あっ、そういえばタリスレットを装備してたんだった。
あっぶねぇ……。
クリスレットがなかったら、今頃死んでたぞ。
怪我がなかったことで、少しは混乱が落ち着いた。
そういえば、こういう時に活躍するはずの〝影〟がぴくりとも動かない。
おいお前、なんでどうでもいいときに人間たくさん飲み込んで、大事な時に動かねぇんだよ!
あっ、あのエリート兵士を飲み込んだ一発で魔力が切れたのか。
そこから魔力1滴も補充してないや。
ぐぬぬ……。
今度から、影を動かしたら即座に魔力を補充しないとな。
こんな目には二度と会いたくない。
さて。
バックアタックされた腹いせに、ちょっとだけ本気で脅すか。
うぇいうぇい。
テメェどこのモンだコラァ!
国王のマブダチの俺になにしちゃってくれてんだよ、おおん?
『大貴族の呪縛』さん、翻訳よろしく!
スキルに丸投げした瞬間、自分の手にダーク・フレアが出現した。
「貴様は何者だ? ここのシスターか?」
「…………」
「この俺が、エルヴィン・ファンケルベルクと知っての狼藉か?」
「ヒッ!」
手に漆黒の魔法が浮かんだ時、カーラは己の死を覚悟した。
無理もない。
それは人間が扱えるレベルの魔力量を、あまりに逸脱しすぎていたのだから。
エルヴィン・ファンケルベルクが教会に侵入した時、カーラはその一報を見習いから受け取った。
手配書の顔に似た者が、聖堂にいる……と。
(たしか、ニーナはエルヴィンと行動を共にしていたという噂を聞いたわね)
ニーナは嘯いていたが、勇者が凶刃に倒れてからの行動は、すべてこちらに筒抜けになっている。
ファンケルベルクという名の土地で、不遜にも大司教を名乗って活動していることも、知っていた。
しかし、カーラはあえてこちらの情報を伏せた。
魑魅魍魎が掬う聖皇国内部で生き残るには、情報は強力な武器になる。
たとえこれから処刑される相手であろうと、手札をひけらかすつもりはなかった。
さておきそのニーナが来てからすぐに、エルヴィン似の男がやってきたということは、本人とみて間違いないだろう。
「ああ、わたしはなんてツイてるのかしら!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます