第73話 心をぬらす血の涙
「ああ、わたしはなんてツイてるのかしら! ニーナを捕らえた後に、のこのこと賞金首がやってくるなんて!」
勇者を切り刻んだ男、エルヴィン・ファンケルベルクは当然のように、本部から指名手配されている。
この男を捕らえ、ニーナとともに突き出せば、さらなる昇進――枢機卿も夢ではない!
(そうなったら……ああ、ニーナの墓に花を供えてやってもいいわね! 破門された罪人に墓が建つかはわからないけど。うふふ)
カーラは即座に宝物庫に向かい、中からイングラム教会に代々伝わる『聖別のナイフ』を持ち出した。
これは邪な存在に対して特に強力な一撃を与え、逆に聖なる者へは癒やしを与えるという神器である。
かつてこの地にて、神が大悪魔の心臓に突き刺して数千年ものあいだ封じ込めたという謂れのある逸品だ。
これならば、勇者を切り刻むような邪悪な存在など、一撃で消し飛ぶに違いない。
祭壇の前で跪くエルヴィンに、足音を消して近づく。
そして、心臓の位置を確認したカーラは、聖別のナイフを全力で背中に突き刺した。
突き刺さったと思った瞬間、
「――ッ!?」
切っ先の前に半透明の何かが出現し、こちらの攻撃を完全に阻害した。
そして弾かれるように、ナイフが押し戻された。
まさか、神器の一撃を弾くとは……。
次の一手が必要になるとは思ってもみなかったカーラは、頭が空っぽになった。
「答えよ。貴様は何者だ」
「カ……カーラ。この、教会、の、大司教……を、し、してま、す」
唇が震えて、上手く声が出てこない。
「大司教……だと?」
エルヴィンから感じる圧が、ひときわ凶悪になる。
重すぎるプレッシャーに、もはや立ってはいられない。
カーラは床に四つん這いになり、ともすれば止まりそうな呼吸を必至に繰り返す。
「貴様、ニーナと親友だという昔馴染みか」
「……は、はい」
「なるほど。そのお前が、何故俺を攻撃した?」
「……」
「いま、ニーナはどこにいる?」
「あ、あの子はも、もう帰り、ました……」
「ふむ」
信じてくれただろうか?
ちらり、カーラはエルヴィンを盗み見る。
頷いてはいたものの、しかし彼の瞳を見ればわかる。
こちらの言葉を一切信用していない。
まずい。
まずいまずいまずい!
失敗した。嘘なんて吐くべきではなかった。
だがなんて答えればいい?
もし捕らえてるなどといえば殺される。
勇者にしたように切り刻まれるに決まっている。
「ニーナとは、ここで〝わかれた〟のだがな。この言葉の意味は、わかるな?」
「――ッ!?」
わかれた……別れた?
そんな、まさか!
二人は付き合ってたの!?
ただならぬ関係だったのッ!?
(ぐ、ぐやじい゛……ッ!!)
(わたしはまだ、誰とも恋愛したことないのにッ!!)
じゃあなんで今、こいつがここにいる?
……まさか、よりを戻しに来たッ?
(なんてうらやま……けしからん状況なのッ!)
いきなり投入された爆弾発言に、憎悪がじわりと溢れ出す。
「答えよ。言葉の意味はわかるか?」
「……は、い」
「では、もう一度チャンスをやろう。心して答えよ」
感じた事のない凶悪な殺意が、全身にのしかかる。
こめかみから落ちる冷たい汗が、床に次々とシミを作る。
肌着はぐっしょりで、口の中がカラカラだ。
「ニーナはどこにいる?」
「…………」
もし嘘を言えば、即座に潰される。
だが真実を言えば、後々潰される。
そして自分より先にニーナが彼氏をゲットしていたこと……。
三つの圧に押しつぶされそうなカーラは、まずは少しでも生き長らえる道を選んだ。
「ち、地下牢でございます」
「……案内せよ」
「は、い」
カーラは歯を食いしばって立ち上がり、エルヴィンを地下牢へと導く。
その道すがら、必至に頭を働かせる。
ここから一発逆転する道はないか、と。
神器でダメならば、なにをやってもエルヴィンは殺せない。
しかし魔封枷があれば、彼を覆っている謎の防御を消せるかもしれない。
しかしどうやって彼に、枷を填める?
ニーナにやったように、飲み物に睡眠薬を混ぜるか?
だが、一度命を取ろうとした相手から飲み物など、口にするはずがない。
それにもし飲んだところで、彼は裏社会に通じた元貴族だ。薬物・毒物への対抗策を取っていないはずがない。
(どうすればいいの? 一体、どうしたら……)
地下牢について、ニーナを解放したら殺される。
(元カレだったら絶対怒り狂うッ!!)
故に、カーラは必死だった。
混乱をねじ伏せ、泣き言を黙らせながら、考え抜いた末に導き出した結論は……、
(ふ、ふふ……お手上げ、ね)
一発逆転は、不可能だ。
自分は確実に死ぬ。
エルヴィンに殺される。
この未来は決して逃れられない。
であればこそ、カーラの腹は決まった。
(ふふふ。一人で死んでやるもんですか。絶対に、ニーナを道連れにしてやる!)
(よりなんて、戻させるものですかッ!!)
○
地下牢っていうから、てっきり汚い場所だと思っていたんだが、かなり綺麗だな。
高い湿気と窓がないことを無視すれば、ちょっとしたホテルのようだ。
しっかし、なんで教会の地下にこんなもんあるんだよ……。
「何故教会にこのようなものが?」
「……昔、イングラム建国前のこと、ここに大悪魔が封印されていました。イングラムが建国する際、その悪魔を封印していた遺構の上に教会を建てたそうです」
「ほう、なるほどな」
確かに、使われている石材はかなり年季が入っている。
床なんて、かなり角が取れて丸くなってるしな。
なのに埃一つないのは、そういう魔法が施されているからかもな。
「それでその大悪魔はどうなったのだ?」
「ある日、忽然と消えてしまったそうです」
【シナリオ理解度が1%増えました――59%】
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勘違いって怖いよね
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