第56話 ×ヒロイン ○ヒドイン
「ニーナ、走るぞッ!」
「えっ、どうしたのよいきなり」
反応の悪い聖女の手を掴んで引っ張る。
全力で走ればなんとかなる、かもしれない。
そう思っていたのだが、
「ややっ?」
その人物が横移動して俺の行く手を阻んだ。
くそっ、判断が遅かったか……。
こうなるんだったら森の中に逃げ込めばよかった。
「そなた、かなりの剛の者とお見受けしたのだ」
「いや、全然弱いぞ」
「是非、我と手合わせいたそうではないかッ」
「手合わせ出来るほどの実力はないって」
「我が名はトモエ。いざ尋常に勝負なのだ!」
「聞けよ、話を!」
全く聞く耳がねぇ。
くそっ、ほんとコイツ原作通りだな!
ばさっとボロボロのローブを脱ぎ捨てる。
中からは、甲冑と太刀を装備した美少女が現われた。
長い髪の毛は、白い
彼女の黒い髪と瞳は、この大陸の人間でないことを現している。
トモエはヒノワっていうまんま日本をモデルにした国から、武者修行の旅に出たって設定だ。
本来こいつとは、大陸の国が四つ消滅すると結成される人類連合軍で初めて顔を合わせる。
だがトモエルートに入った時だけは、フィールド移動中に突発的に出会うことになる。
突入フラグは、高等部在学中に剣術をⅤ、筋力を250以上にすることだ。
筋力の基礎値を250以上にするとなると、知力と精神力を一ミリも上げられなくなる。
それゆえ、トモエルートは別名、脳筋ルートとも呼ばれている。
さておき、何故こいつと出会うことになったかと言えば……まあ、俺のステータスがこいつのフラグを立てるに十分だったからだろうな。
でも正直、こいつとだけは会いたくなかった。
特に〝今〟は本当にヤバイ。
「さあ、そなたも剣を抜くのだ!」
「ちょ、ちょっと、あの子なんなの? 通り魔かなんかなの?」
「なんか、じゃなくて通り魔だ」
「逃げた方がいいんじゃない?」
「逃げられるなら、な……」
たぶん、逃げられない。
そういうイベントだからではなく、身体能力に差がないからだ。
一般的なロールプレイングゲームにおいて、加入時の仲間のレベルを決める方法は二パターン存在する。
一つは、最初から加入レベルが決まっているパターン。
もう一つは、加入時に主人公のレベルを参照して決まるパターン。
プロデニの場合は、後者の方法が設定されている。
つまり俺のレベルが99に上がった今、トモエもまたレベル99になっているはずだ。
脳筋ルートって俗称の通り、トモエは腕力と体力お化け。
逃走可能な相手じゃない。
序盤防具しか身につけてない俺にとって、トモエの攻撃は一撃必殺。かすっただけでも死にかねん。
だからこいつにだけは会いたくなかったんだよなあ……。
「ほら早く死合おうではないか!」
「他を当たってくれ」
「せめて刀の先っちょ、先っちょだけでも! フヒヒッ」
「…………」
「ハァハァ!」
うっ。
背筋に寒気が。
てかこいつ、性格がおかしくなってね?
もしかして俺のレベルが99だから、高すぎるステータスに酔っ払ってんのか?
目もちょっとイってるし。
こりゃ完全にキマってますわ……。
こんなのとまともにやり合ったら、俺までおかしくなりそうだ。
「ニーナ。悪い、少し掴まれ」
「えっ、キャッ!」
聖女をお姫様抱っこして、身体強化をかける。
足に力を込めて、全力で飛び出した。
「ぬっ?」
速攻を仕掛けたつもりだったが、トモエは即座に反応した。
さすが、キマっても武士。
少しは油断してくれないかと思ったが、この反応速度が嫌になる。
しかし、来るとわかって飛び込んだ。
俺は慌てず腰をかがめる。
頭上すれすれを、トモエの刀がかすめた。
――ッぶねぇ!
いま絶対
こいつマジでヒロインなのか!?
主人公の首を刈り取ろうとするなよ!
後ろを見ずに全力ダッシュ!
俺の後ろを、ぴたりとトモエが追ってくる。
「アヒャヒャヒャ。待てー、待つのだー! フヒヒ」
お前みたいな危険人物に呼び止められて、待つ奴がいるか!
しかし、突き放せないな。
それどころか、じわじわと距離を縮められている。
ニーナがお荷物になってるせいだな。
……聖女を囮として放流出来ないかな?
うん、やめておこう。
トモエが狙ってるのは俺だろうし、聖女を放流して囮にすらならなかったら、バッドエンドフラグが立ちかねん。
しゃーない。
ここは奥の手を出すか。
俺は意識を地面に向ける。
タイミングを狙い澄まして、影を発動。
込められていた魔力が蠢き、地面を抉る。
俺の影が、地面を大きく消し去った。
その消えた地面の直上には、着地姿勢のトモエ。
「んあッ!?」
悲しそうな顔をして、ぴゅんと即席落とし穴に落下した。
少し可哀想だが、これでよし。
俺がこれまで注いできた魔力を全部使った影だ。
落とし穴の深さはかなりのものになっているはずだ。
だからといって安心は出来ない。
相手はレベル99のトモエである。
一般人なら即死級の落とし穴であっても、たぶんピンピンしてるだろうし、なんなら即座に這い上がってきても不思議じゃない。
俺はイングラムの国境に向けて、引き続き全力で走り続けるのだった。
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