第57話 緊急対策会議

 ファンケルベルク城内の会議室にて、家令三名による緊急連絡会議が行われていた。

 招集をかけたのはユルゲンだ。


 ダンジョンを出て来たばかりのエルヴィンが、突如顔色を変えて、駆け足でイングラム王国へと旅立った。


 その表情は、裏社会を暴力で支配するユルゲンをして、冷や汗を浮かべる程の圧力があった。


 あれはただ事ではない。

 そう確信したユルゲンが、残る二名を呼び寄せ今に至る。


「大将、マジで慌ててたが、カラスはなにか掴んでるか?」

「いいえ、こちらにはなにもありませんよ」

「またエルヴィン様に遅れを取ったのですかカラス」

「……ぐぅの音も出ません」


 仮面越しでもしかめ面がわかるほど、カラスの声は苦々しかった。

 世界で一番を自称しているとあって、諜報力で先を越されることは屈辱以外の何物でもない。


 さらにその相手がエルヴィンであれば、己の無力さを悔やんでいることだろう。

 自害の二文字が脳裏をかすめている可能性すらある。


「それでユルゲン。エルヴィン様は他になにかおっしゃっておりましたか?」

「いンや。特別な指示はなかったな。これを配るよう言われたくらいだ」


 そう言って、ユルゲンはエルヴィンに渡された袋の口を開いた。

 中に詰まっていたのは、ナイフや杖、魔道具など、〝実用性〟に富んだ品々ばかりだ。


「ほぅ、これはー」

「素晴らしい、ですね。古代帝国時代の遺物、でしょうか?」

「おそらくは、な。ぱっと見ただけでも、えらい能力秘めてンぞ」

「ええ。おそらくは皇族が特注した伝説級レジェンダリでしょうね。これ一つで城が建つかもしれません」

「エルヴィン様が言うには、まだ中にたくさんあったって話だぜ」

「これほどのものが? それはまた、凄まじいですね」

「……うぅん。なにか、狙いがありそうですね」


 ぼそっとつぶやいたカラスの言葉に、一同が動きを止めた。

 途端に、部屋の空気がピリッと引き締まる。


「……続けてください、カラス」

「ここにある品々は、たくさんあるアイテムの中から、エルヴィン様が選んで持って帰ってきた、ということですよね?」

「ああ、そうだと思うぜ」

「ナイフに」ハンナを指さし、「杖に」ユルゲンをさし、「そして魔道具」自分を指さして「丁度、わたしたちトップ三名が装備出来る品です。これを狙っていないと言うには無理がありますねぇ」

「あ、ああ、たしかにな」


 ハンナは魔法を得意にしているが、戦闘ではナイフをメインに戦っている。

 対してユルゲンは、一見肉体派に見えるが魔法使いであり、戦闘では魔法がメインだ。

 カラスは戦わない。情報戦が主だからだ。武具は使わず、魔道具を用いて敵を追い込む。


 数あるアイテムの中から、この3つを的確に選んで持ち帰る確率はいかほどか?


「ただの偶然であるはずがありません」

「たしかに、な。でも、これは俺たちへの土産としてじゃねぇのか?」

「何故、今になってお土産を?」

「そりゃ……俺たちの苦労を、ねぎらって……とか」


 ユルゲンの声がだんだんと小さくなっていく。


 無理もない。

 エルヴィンは部下に対して、意味もなく土産を用意するような人物ではないからだ。

 だからといって皆、主に対して不満を持つかといえば否だ。


 これは王が末端の兵士にまで土産を渡さなければ謀反を起こすか? という問いと同じだ。

 そんなものがなくても、王が立派であれば謀反など起らない。


 ユルゲンたちの忠誠も、王へのそれと同様に揺るがない。

 むしろ、そんなことをしなければ機嫌も取れないようでは、主従関係は破綻しているといって良い。


「つまりこれは、エルヴィン様からの試練だと思うんですよ」

「試練?」

「えぇ。我々がこの先、使い物になるかどうか、試しておられるのです」

「……さすがに無理がないか? 俺たちは全力でやってンだろ」


 ファンケルベルクの街の整備から、周辺の魔物の駆逐まで。

 使用人五十名が全力を賭して、街の課題に取り組んできた。

 使い物になっていないはずがない。


「我々は、そうですねぇ。しかしエルヴィン様は遙かな高みを目指しておられるようですよ。たとえば、そうですねぇ。ユルゲンは、近頃のエルヴィン様をどう見ますかぁ?」

「……すげぇ、としか言いようがねぇな。激務をこなしつつダンジョンを攻略している。それだけじゃねぇ。これまで荒削りだった動きが、みるみる洗練されてった。おそらく、実戦で鍛えてたンだろうな」

「ハンナはどう見ますかぁ?」

「私もユルゲンと同意見です。さらに加えると、エルヴィン様はここ半年の間に、人類の武の頂点に君臨されたかと……」


 ハンナの目が、とろんととろけた。

 ああ、また始まったか。ユルゲンは半目になって天井を見上げる。


 彼女のエルヴィン推しは凄まじい。

 それこそ、主の話をするといつだってトリップしてしまうほどだ。


 だが、力の話については別だ。

 主の戦闘力をきちんと把握しなければ、しっかり起てた警護作戦であろうとどこかで破綻する。

 そのため、ハンナは例外的に戦力に対してだけは冷徹な判断を下す。


 その彼女が、人類最強と口にした。

 これ以上の褒め言葉は、もはやこの世に存在するまい。


「何故、そこまで強くなる必要があったんでしょうか? それも半年で」

「…………」


 以前のエルヴィンでは考えられないほどの成長速度だ。

 そして、今回急遽決まったイングラム行き。

 トップ三名に下賜されたアイテム。


 それらを結びつけた結果、カラスの出した結論は――。


「これは、国取りでしょうねぇ」

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