第55話 イングラム王国への旅路

「ねえ、イングラム王国だけど、アタシも付いてっていい?」

「む?」

「実は、同い年の友人がいるのよ」

「教会関係者か?」

「ええ。たしか首都イングラムの大司教になったはず」

「それはすごい」


 教会での出世は一部例外(聖女や勇者)を除いて、ほとんど年功序列だ。

 司教といえば街の教会のトップ。例えるなら支店長みたいなものだ。

 上の者を退けてその地位を手に入れたということは、相当な実力者なのだろう。


「顔を見せて大丈夫なのか?」

「それも含めて、確認しに行こうと思って」

「なるほど」


 今、聖女の立場がどのような状況になっているか、こちらからは一切うかがい知れない。

 そこで、旧友を頼って自分の状況を知ろうとしているのか。


 万一、指名手配を食らっていても友人なら大丈夫……なのか?


「その知人は、信頼出来るのか?」

「ええ。一応同郷だし、過去に何度も助けてもらってる。アタシが一番信頼出来る人物よ」

「そうか」


 なら大丈夫か。

 そうこうしているうちに、馬車が外壁を通過。

 一気に速度が上昇した。


 そうそう、俺が求めてたのはこの速度だよ!

 車よりは遅いけど、馬車の中ではかなりいい線行ってる気がする。


 それもこれも、職人たちが車体にかなり手を入れているからだ。

 おそらくユルゲンあたりが、全力を出せと迫ったに違いない。

 筐体は剣でも打ち破るのに時間がかかるくらい固く、床下には板バネが設置されている。


 そのため、結構な速度が出ても尻が痛くならない。

 といっても所詮板バネ。結構上下に揺さぶられるんだけどな。


「ところでニーナ」

「なによ?」

「お前、旅の荷物はどうするんだ?」

「…………あっ」


 いや、うっかりってレベルじゃねぇぞおい。

 お前よくそんなんで、巡礼の旅とかやってたな。


 あっ、そうか。全部おつきの者が準備してくれてたのか。

 そりゃ事前準備とかに頭回らないか。


「ね、ねえ、エルヴィン。申し訳ないんだけど――旅費を貸してくださいお願いします!」


 素早く洗練されたDOGEZA。

 親が見たら泣くぞ。


 しかし、あのイベントを回避しようとする旅に、まさかイベント当事者が参加するとは思わなかったな……。


 こうして、俺の旅にニーナが突如加入したのだった。





          ○





 ユルゲンが作った馬車は、ファンケルベルクでも一番である。

 板バネや筐体の剛性はもちろんのこと、車輪のサイズや幅にこだわり、高い走破性を実現した。


 ――というのが本人の談である。


「ねえエルヴィン、まだかかるの?」


 切り株に座り、足をぷらぷらさせる聖女。

 その表情は〝うんざり〟といったものだ。


 無理もない。

 馬車が泥にぬかってから、一時間は経過している。


 ユルゲンさんよぉ。

 お前が言ってた高い走破性は見る影も無いぞ?


 きっと、防御をガッチガチに固めたせいで重量が増えて、泥濘に沈みやすくなったんだろうな。


 さすがの俺も、そろそろ限界が近い。

 早くイングラムについて、件のアイテムを探したい。


「仕方ない。ここは捨て置いて徒歩で向かうか」

「そうね」

「エ、エルヴィン様ッ!?」


 俺たちの言葉に、馬を操る使用人が目を剥いた。


「もう少し、もう少しお待ちください! そうすれば見事馬車を泥から――」

「出来ん。貴様、状況の把握は苦手か?」

「そ、それは……」


 この使用人、自分の仕事が上手くいかなくて焦ってんだろう。

 しかも馬車に乗せているのは元悪役貴族、現在国王のエルヴィン・ファンケルベルク。

 なんとかしたいって気持ちは、痛いほどわかる。


 俺がこいつの立場だったら、『首にされる!(物理)』って怯えるだろうからな……。


「気に病むな。泥濘に捕らわれたのは馬車のせいだ。お前に責任はない」

「し、しかし」

「お前の努力は確かに理解した。ユルゲンにもしかと伝えよう」

「あ、ありがたき幸せ……」

「貴様の任務を変更する。貴様はこれから馬車を引き上げ、ゆっくり街に戻れ」

「力至らず、申し訳ございません」

「うむ」


 今は一刻も惜しい。

 手早く指示を済ませ、イングラムへと向かう。


 遺跡からの道は、アドレア・イングラム間の街道に繋がっている。

 さすがに国家間の街道みたいに整備はされてないが、道幅は馬車がすれ違えるほどあって十分歩きやすい。


「それにしても、全く魔物が出ないわね」

「ああ。うちの使用人たちが日々、間引きしてるからな」

「……前々から気づいてたけど、ファンケルベルクの使用人ってとんでもないわね」


 ニーナが呆れるのも頷ける。

 そうなんだよ。ここ、プロデニでも死ぬ程エンカウント率高かったはずなんだよ。

 しかも、エンカするのは強敵ばっかり。

 プロデニを初めてプレイした時は、街の周りを歩くだけで何度も雑魚に殺されたな……。


 だっていうのに、今は魔物の気配一切感じない。

 この間引きを使用人たちだけでやったってのが、驚きを通り越して怖いわ。


 ここの魔物を間引くあいだに、相当レベル上がってるだろうしな。

 全員でかかれば、国の一つや二つは落とせそうだ。

 たとえ国が落とせたところで他国が黙って見ているわけもなく、複数の国が一気に押し寄せて終了だろうけどな。


 これがゲームなら一度は『少人数で国落とし』って縛りプレイをしてみたいが、ここは現実だ。打ち上げ花火みたいな人生はまっぴらごめんだ。


「うちの使用人、武力だけは化け物だからな」

「そういうアンタも大概でしょうに」

「……そうか?」


 確かにレベルは99になった。

 これで強くないというのは謙遜を通り越して嫌味だ。

 でもさすがに、この森の魔物を間引きしようなんて脳筋的発想はしねぇよ。


 しばらく歩いていると、前方に旅人の姿を発見した。

 こちらに向かってくるということは、これから俺の街に行くつもりか。

 格好からして行商や作業員といった感じではない。

 物好きもいたものだな。


 そろそろ顔が見えるくらいまで近づいた時だった。

 身に纏ったローブから、ちらり装備が見えた。

 その瞬間、一気に全身に鳥肌が立った。


 ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ!

 今、こいつとだけは出会いたく無かった!

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