第50話 新たな対立?
少し前までは裏社会からのアガリと、俺の化粧品収入があったが、今はその両方がない。
「ハンナ。街の収入はどうなっている?」
「現時点ではありません」
「……んっ?」
「ゼロです」
「使用人たちは?」
「しばらく無給です」
「…………」
あ――っぶねぇ!
お金の話にならなきゃ、バッドエンドフラグ立てちまうところだったわ。
荒くれ者の巣窟ファンケルベルクの使用人たちに給料を払えないなんて、略奪か叛逆してくれって言ってるようなもんじゃねぇかよ!
この辺り、早急になんとかしないと……。
最低でも税は徴収しなきゃいけない。
住人たちの反感は買うだろうが、こんな辺境で安全に暮らせてるんだ。命の対価だと思えば納得してくれるだろ。
あれ?
俺いま、めっちゃファンケルベルクしてるな……。
「ラウラはこの後どうするつもりだ?」
「本国に戻りますわよ。その前に、これからもいろいろと入り用ですわよね?」
「ああ、物資は必要だな」
「なら、ヴァルトナーの事務所を開設させて頂けます? 信頼出来る部下に窓口業務をさせようと思いますの」
「もちろん大丈夫だ。ハンナ、手はずを」
「はっ」
「それともう一つ、お願いがありますの」
そう言うと、ラウラの瞳が肉食獣のように光った。
「化粧品の出荷体制を、早期に整えて頂けますかしら?」
「ふむ」
願ってもない。
こちとら、収入がなくて破産まっしぐらだ。
税金と違って化粧品が売れれば、すぐに現ナマが手に入る。
使用人たちに給料が支払える!
これで後ろから刺される可能性がなくなる。
月のない夜道を歩いても安全だ!
やっほう!
ただなあ。
資金は欲しいが、だからといってまた化粧品作りに追われるのはなあ……。
最後なんて、『処刑ルートを回避するため』って何度も唱えながらなんとか乗り越えたからな。
俺みたいに鋼のメンタルをもってない普通の人間は、たぶん五回は死んでたぞ。
もう二度と、あのデスマーチは経験したくない。
……そうだ。
「先ほど、信頼出来る部下と言ったな」
「え、ええ」
「その部下は、どれほど用意出来る?」
「死んでも口を割らない人材ですと、十名ほどかしら」
「ならば2、3人こちらに出せるか? 化粧品生産の手ほどきをする」
「――ッ!」
そう。
自分で作るのがもう嫌なら、誰かに作らせればいい。
俺は手を動かすことなく、お金が稼げるぞっ。
やっほう!
「そ、それなら5名、作業員として手配しますわ!」
「それがいい」
化粧品は肌に直接付けるものだし、ミスって毒が混入とか笑えない。
五名いればきちんとシフトを組んで、休みも十分取れるだろう。
ワンオペ、絶対ダメ。
「ハンナ、ヴァルトナーの出張所と別に、生産作業が出来る物件を見繕ってくれ」
「了解しました」
俺の命と自由時間がかかってる。
全速力で指示を出す!
「それと……もう一つ、お願いがありますの……」
「なんだ?」
「その……、このお城に、わたくしの部屋を、用意してくださらない?」
ぽっと、ラウラが頬を赤らめた。
うーん。
まあ、ラウラはヴァルトナーの女主人だし、それに幼なじみだ。
部屋も余りに余ってるし、1室くらい用意するのは吝かではない。
「出来れば、エルくんの隣の部屋とか」
「――はっ?」
バチン、と伸びきったゴムが切れるような音がした……気がする。
と同時に、ハンナの口から聞いたことがないような低い声が漏れ出した。
「ヴァルトナーの小娘ごときが、エルヴィン様の隣室を望むなど不遜です」
「使用人風情が主人同士の会話に口を挟むことこそ不遜ですわよ。そもそもファンケルベルクとヴァルトナーは建国以来の盟友。隣室でもおかしくなくってよ?」
「…………消しますよ?」
「(流通を)止めますよ?」
バチバチバチ。
あれれぇ。空は晴れてるのに、雷の音が聞こえてきたぞぉ?
「エルくん、いいよね?」
「エルヴィン様、賢明な判断をお願いします」
「…………」
これ、もしかして選択肢間違ったらバッドエンドになるの?
せっかく処刑ルートを回避したってのに……!
背中の冷や汗がすごい。
どうしようか悩んでいると、謁見の間にユルゲンがやってきた。
足早にこちらに近づき、耳打ちをする。
「大将、取り込み中すまねぇ。直接見て貰いたいもンがあるンですが……」
「わかった。今すぐ案内しろ」
よっしゃ!
これで蛇とマングースのにらみ合いから脱出だ!
「エルヴィン様!」
「エルくん!」
勘弁してくれ。
一体俺がなにしたってんだよ……。
どっちの肩を持っても絶対禍根が残るだろ。
だったらもう、丸投げしかないな。
「二人で話し合って決めよ」
「「…………」」
そう言い残して、俺は颯爽と謁見の間から脱出した。
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