第49話 無駄に華美で豪華な椅子

 可哀想だから、そろそろ終わりにしてあげよう。

 パンと強めに手を打つ。


「談笑はここまでだ。ニーナ。この教会を頼んだ」

「ええ、頼まれたわ」


 先ほどまでの根暗な顔はどこへやら。

 きりっとして、自信満々な様子でニーナが頷いた。


 うん、そうそうこれだよ。

 やっぱ聖女は自信たっぷりで、自分に任せたらすべて上手くいくって顔してないとな。


 教会を出て、今度はまっすぐ城に向かって歩く。


 ……いよいよ来たか。

 すごく楽しみではあるんだが、反面、俺の持ち家だと思うとぶっ飛びすぎて考えたくなかった現実に向き合う時間だ。


 城は堀が巡らされていて、中央につり上げ式の橋が渡されている。

 有事の際はこれが引き上げられて、敵の侵入を防ぐんだろう。


 てか、堀の周囲にある城壁にもバリスタが用意されてるし。

 一体どことを構える想定で造ったんだよ。


 城の外壁は真っ黒な化粧石で覆われている。

 鏡面ではなく、ゴツゴツしているため、ほとんど光を反射しない。

 そのせいで、まるで世界一黒い塗料ペンタブラックみたいに、空間にぽっかり穴が空いてるみたいな違和感がある。


 中に入ると、一転して白い化粧石が使われていた。

 外から入り込む光が適度に反射して、昼間は照明がなくてもほどよく明るい。


「建物は完成しておりますが、内装などはこれからも手を入れていく予定です。期日まで完成させられず申し訳ありません」

「よい」

「あちらは応接室、客間、使用人待機室と続きます」

「うむ」


 いやあ、すごい。

 凄いって言葉しか浮かばない。


 日本で家を買う前に、プロデニの世界で一国一城の主になっちゃった件。

 それも、こんなに豪華な家を持つなんてまったく考えてもみなかったな。


「この先は謁見の間でございます」

「う、うむ」


 まあ、あるよな。

 だって城だもん。

 でも謁見って……。

 俺、そんな仰々しいところで誰かと会わなきゃいけないの?

 すげぇヤなんだけど。


 扉を開くと、アドレア城もかくやという謁見の間が広がっていた。


 いやこんなに広い部屋いらねぇよ。

 なんでここまで広くしたんだよ!?


 天井も高ぇし、空間がもったいねぇ……。

 日本にいた頃の俺なら100人は余裕で生活出来るくらいスペースあるぞ。


 一番奥に、ひときわ豪奢な椅子がある。

 背面には宝石がちりばめられ、金銀で装飾が施されている。

 座面は深紅の裂が張られている。少し盛り上がっているところを見るに、中に綿かなにかが詰まっているんだろう。


 直に座るよりは、尻が痛くなさそうだ。

 だが、座り心地がよさそうにはまったく見えない。


「エルヴィン様」

「エルヴィン、どうぞ」


 二人から期待の眼差しを向けられると、断りたくても断れない。

 しゃーない。

 気合いを入れて、俺は仮称『玉座』に腰を下ろした。


 ……うん、尻は痛くないね。

 居心地は最高に悪いけどな!


 まあ、こんなところに座る機会は、俺が作らなきゃいいだけだな。うん。

 誰か来ても、応接室とかで済ませよう。


 さて。

 動揺も収まったところで、


「ところで、ハンナ」

「はっ!」

「この城だが、一切の家具がないのは何故だ?」


 そう。

 この城に入ってから一度も、家具や調度品の類いを見ていない。


 本来、こういう広間にはありそうなシャンデリアもなければ、絨毯も敷かれてない。

 窓のない通路にあるべき、燭台もなかった。


 昼間はこれでいいが、夜になったら暗すぎて歩けないぞ?


「……大変、申し訳ございません。今年度の予算の割り当てがないため、家具調度品を揃えることが出来ませんでした」

「ふむ」


 7年で150億クロンも捻出したのに……って思うが、そりゃそうか。

 これだけ巨大な城を作れば、何十億あったって足りないよな。


 ……ん?

 いや、待てよ?


「ハンナ、この玉座だが、いくらした?」

「…………」


 おいコラ、なに目ぇ逸らしてんだよ?

 ほら、俺の目を見ろよ。


「答えよ」

「…………クロンでございます」

「聞こえるように」

「10億クロン、でございます」


 ふっっっっざけんなよ!!

 こんな、普段使わねぇ椅子になんで10億クロンもかけてんだよ!!


 うっかり影を伸ばしそうになるのを、ぐっと堪える。

 それでも威圧は漏れてしまったのか、ハンナが額に汗を浮かべて膝をついた。


「申し訳、ございません。しかし玉座はエルヴィン様の偉業を高めるために必要でして……」


 高める偉業がそもそもねぇよ!

 こんな見栄極振りのゴミを作りやがって……。


「その10億クロンがあれば、城の家具調度品は一通り揃えられたのではないか?」

「は、はい。いいえ。すべてを揃えるとなると、さすがに10億では……」


 えっ、マジで?

 十億ですらまだ足りないの?


 ニトリなら一般家庭1000世帯分は家具が揃うぞ? 知らんけど。

 この世界の家具はそんなに高いのか?


 疑問に首をかしげると、ラウラが助け船を出した。


「ファンケルベルクの格を考えると、安物は御法度。一通り揃えるとなれば、確かに十億では足りませんわね」

「ふむ、そういうものか」


 あれだけ金を稼いでいたのに、まだ足りないのかよ。

 拠点を作るって、想像の何倍も金がかかるんだな。

 いや、当初想像してた拠点と全然違うから、想定が外れても仕方ないか。


 ……そういえば、ファンケルベルクの収入って今はどうなってんだ?

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