第48話 言わぬが花

 マジでどこだよここ!!


 なんでこんなに賑やかなんだよ!

 テントじゃなくて屋台だし。

 めっちゃ人いるしッ!


 俺の大切なプロデニの記憶がガラガラ音を立てて崩れていく……。


「あっ、この街にも教会があるのね」

「はい。一応用意いたしましたが、現在管理者は不在でございます」

「ちょっと中を見てもいい?」

「……うむ」


 ファンケルベルクの使用人が一体どんなものを作ったのかは、ちょっとだけ気になる。

 まさか死者とか死神は祭ってないよな?

 そんなものがあったら、即刻取り壊してやる。


 三角屋根の教会は、いたってまともな作りをしている。

 さすがに王都みたいなサイズはないが、こぢんまりとしていて良い。

 装飾はほぼない。

 質実剛健といったかんじだ。


 祭壇には石台がある。

 おそらくあの台に、神像を祭るんだろうがいまはなにも乗っていない。


 よかった。死神の像がなくて……。


「すごくいい作りね。気に入ったわ」

「そうか。なら、お前が管理するか?」

「えっ、いいの!?」

「エルヴィン様、よろしいのですか?」


 ハンナが素早く近づき、声を潜めた。


「聖女は、聖皇国の者ですよ?」

「もはや恐るるに足らん」


 俺は晴れて処刑ルートを脱出出来たからな!


「それにどうせ、この教会には管理者がいないのだろう?」

「……そう、ですね」

「決まりだな」


 聖女に向き直り、


「というわけだ」

「本当に、いいの?」

「ああ。大司教として励んでくれ」

「大司教って……そんな簡単になれるもんじゃないのよ? うん、やっぱりアタシ以外の誰かがいいんじゃない? だってアタシ、だし。こぶまでついてる」


 あっ、ちょっとネガ入ってるな。

 まあ自重しない勇者のせいで、聖女って華々しいスター選手から、お先真っ暗ルートに転落したってんだから、落ち込みたくもなるわな。


 しゃーない。

 ここは一つ処刑ルートの先輩として、ちょっとだけ元気づけてやろう。


「俺が管理する街の教会を管理出来るのは、ニーナを置いて他にはいない」

「で、でも――」

「俺は、ニーナだから頼んでいるんだ。他の奴なら頼まない。もし外聞を気にしているなら、一切気にするな。何かあれば、俺がなんとかする。だから、大司教になってくれないか?」

「そ、そこまで言うなら……引き受けてあげる」


 後ろに回した拳を握りしめる。

 これで、よしっ!


 横を見ると、ラウラが「よくもまあ口から出任せを」という目をしている。

 何故バレたし……。


 ただ実力の部分は本心だぞ?

 だって、魔王とバチバチにやりあえるのは、プロデニのパーティメンバーだけだもん。

 ラスボスとも対等に戦えるって時点で、これ以上の実力者はいない。


 それに聖女って、条件整えば最強説まであるキャラだからな。


 それ以外は……まあ、方便ってやつだ。

 出任せじゃないぞ?


 さっきまでは「私なんて」みたいな雰囲気だった聖女が、うっきうきで石台に近づく。

 さすがチョロインさん、めっちゃチョロイ。


 聖女が手を組み、膝を付ける。

 その瞬間、教会に神聖な空気が充満した。


 うおっ!

 すごい聖気だ。

 大貴族の呪縛がある俺ですら、ちょっと腰が引ける。


 なるほど、これが神の気配ってやつなのか。

 こりゃ人間じゃ勝てる気がしないわ。


 でも、ここはプロデニの世界だからなあ。

 裏ENDだと悪神とバチバチやりあったし。


 おまけに俺は現在未知のルートに突入中。

 この先、神と戦う可能性がありそうで怖い。


 遠い昔を回顧していると、石台の上が輝きだして像が出現した。

 おおお、すげぇ。

 見たことある像だ。


 像が現われた途端に、先ほどまでは貫くほどだった聖気が、緩やかで包み込むようなものに変化した。


「さ、さすが聖女ですね」

「ええ。『奇跡を振りまく郷里の聖女』の二つ名は、伊達じゃありませんわね」


 ハンナとラウラが、珍しく驚愕の表情を浮かべている。

 ねえそこの二人、なにが起ったのかわかりやすく説明してくれない?


「教会の神像は手製ではなく、聖人・聖女が降ろすというのは本当だったのですね」

「当然。じゃなきゃ神のご加護が得られないでしょ?」

「そうですわね。これで疫病の脅威がかなりやわらぎましたわね」


 ほう!

 神像にはそんな設定があったのか。


 しかし疫病の脅威がやわらぐって、つまりこの神像の近くにいるだけでインフルエンザに罹りにくくなるってことか?

 神の加護、凄まじいな。


「神像とはこのように設置するものなのだな」

「ええ。普通は本部の枢機卿クラスがやるんだけどね。どうせここはアタシが管理するんだし、アタシが降ろした神像でもいいでしょ?」

「もちろんだ」

「ちなみに性能は聖女様折り紙付きよ! たぶんこの街全体には届くはず」

「神像を降ろすだけでも偉業なのに、この街全体に加護を……ですか」

「規格外ですわね。これほどの能力があるのに、十歳の頃から表に出なくなった理由がわかりませんわ」

「ぐはっ!」

「何故教会内で干されたのでしょうね?」

「ぐほっ!」


 おいこらそこの二人、聖女のメンタルを言葉で突き刺すのはやめてさしあげろ。

 そろそろ(心が)死ぬぞ。


「でもこれなら、神像設置にはかなりの額の寄進が必要なのも頷けますわね」

「それでも地方には、聖人・聖女がなかなか派遣されないとか耳にします」

「そこで、ニーナさんですわね。危険な黒幕――」

「奇跡を振りまく郷里の聖女ッ!」


 ガルル。ニーナが牙を剥く。

 ラウラ、完全に面白がってやってんな。


「教会が手を回さない地方に、自ら率先して遠征して神像を建てて回った、だったか。素晴らしい行動力だ」


 ニーナは8年前くらいから、地方巡業を繰り返してた。

 そこでついたあだ名が『奇跡を振りまく郷里の聖女』。


 ふるさとの爺ちゃん婆ちゃんにしてみたら、孫娘くらいの聖女が奇跡を降ろしにやってくるんだもんな。話題にならないはずがない。

 当時は俺の耳にすら、自然と聖女の話題が入るくらいだったからな。


「相当、信仰を集めていたようだな」

「〝当時は〟ね。うふふ」


 しまった。

 うっかりこいつの自虐スイッチを入れてしまった。


「地方の人気が過熱しすぎちゃって、教皇様とか神様よりも、アタシの方が崇拝されるようになっちゃって、大変だったのよ? 主に、命がね。アンタも覚えてるでしょう? あの黒い服の男のこと」

「ああ、無論だ」


 魔法で暗殺されそうになったニーナを守った時のことは、忘れるわけがない。

 そういえばあの男、どこの手の者だったんだ?

 ユルゲンからもなにも聞いてなかったな。


 俺の疑問を読み取ったのか、ニーナが俺の耳に口を寄せた。


「あれ、教会の中からの刺客だったみたい」

「なんで教会が……」

「さあ。出世の邪魔だったんじゃない?」


 教会って、出世の邪魔になる9歳前後の女の子を、ファイアボールで消しちゃうような組織なの?

 教会こっわ!

 ファンケルベルクも真っ青だわ。


「そこから犯人捜しをして責任追及して、汚れた内部を綺麗にしようとして干されるまでがワンセットって感じね。人気出るのも早かったけど、没落するのも早かったナー」

「……」


 なんも言えねぇ。


「聖女って、なんの権力もないのよね。〝アタシほど優れた能力を持っていて〟も、ハシゴを外されたらあっさり落ちる――」

「原因はこれでは?」

「こういうところですわね」

「ぐぬぬッ!」


 俺もそう思うが、言わぬが花だな……。

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