第42話 高貴なる血筋

「妙だな」


 キングは足を止めて空を見上げた。


 先ほどまであった太陽が、消えている。

 まるで深夜のような闇が当たりを包み込んでいる。


 時間感覚が狂ったか。

 しかし、何故?


 混乱しているところで、背後から女性の声が聞こえた。


「〝こんばんは〟。キング、と呼んでよろしいですか?」

「貴様は殺しの名家、ファンケルベルクの使用人だな」

「ええ。ドブネズミのように影に隠れて暮らしていた割りには、よく知っていましたね」

「言葉が汚いな。さすがはファンケルベルク。使用人がこれでは、飼い主の性格もねじ曲がって――」


 キングが、言葉を止めた。

 いつやられたものか、その頬に真っ赤な亀裂が走っていた。


 まったく、気づかなかった……。

 恐ろしいほど、身体能力とスキルが高い。


「……手も早いときた。こらえ性がないのか? 貴様がこうなら、飼い主の器も髙が知れるな」


 キングは、この女の実力を甘く見積もってはいなかった。

 むしろその逆で、最大限警戒していた。

 まともに戦っては勝機が薄い。


 たとえ勝てたとしても、深手を負ってしまうだろう。

 そのためキングは飼い主――エルヴィンを貶して激高させ、隙をつく算段だったのだが――。


「――ッ!?」


 激しい痛みに顔を歪める。

 足の甲に、いつの間にかナイフが深々と突き刺さっていた。


「良いことを教えてあげましょう」


 はっ、と視線を戻すが、既に女の姿がない。

 一瞬目をそらしただけで女を見失ってしまった。


 全方位を警戒。

 こちらを攻撃した瞬間に、範囲スキルを放つ。


 そのつもりで、じっと剣を構えて力を溜める。


「エルヴィン様はファンケルベルクの至宝。歴代で最も優れた才覚をお持ちです。地べたを這いずり回る下等生物が、易々と語っていい御方ではありません」

「そりゃ、そうかいッ!」


 背後から殺気。

 剣を振るうと、軽い手応え。


 キンッ!

 硬質な音。

 弾かれたナイフ。


 もしあのまま動かなければ、今頃キングの背中にナイフが突き刺さっていただろう。


 くそっ。

 なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ。


 いま、闇に紛れている女は、まったく力の底が見えない。

 キングよりも遙か格上。下手をすれば、聖騎士団長に届く実力者だ。

 それが、この一連のやり取りで痛いほど理解出来た。


 出来れば戦闘は避け、勇者と合流したい。


「……悪いが、お前たちに構っている暇はないんだ」

「私もこのようなところで時間を潰すつもりはございません」

「だったら、ここはお互い水入りにして――」

「それは無理。だって貴方。もう死んでいますから」


 次の瞬間。闇の中にナイフが浮かび上がった。

 それも、1本や2本ではない。数十はある。

 自分の周囲を無数のナイフが、切っ先をこちらに向けて浮かんでいた。


(くそっ、操作系の魔法使いかッ!!)


 一般的な魔法使いは、ファイアボールなど魔力を放つ、放出系に属している。

 だが、ごく希に魔力で物を操るタイプがいる。それが、彼女だ。


 ナイフから魔力の導線を感じる。

 この闇夜で感じにくいことを思えば、属性は闇に違いない。

 光で操作を断ち切れる!


「ライトニング・バースト!」


 光を圧縮し、自らの周囲へ拡散させる。

 だが、ナイフは瞬く間にキングへと襲いかかり、全身を串刺しにした。


 操作している魔法が闇ならば、今のでかき消せたはずだった。


「なのに、な、ぜ……」


 キングは血を吐きながら、地面に倒れ込んだ。


「魔法を打ち消そうとした判断はお見事。ですが、残念ながら私の魔法は、光では消えません」

「な、何故……」


 夜だと思っていた闇が消え、当たりには昼の日差しが戻ってきた。

 そこでやっと、自分がしていた大きな勘違いに気づいた。


 闇魔法で辺りが暗くなっていたのではない。

 本来あるべき光がこの場を避けていたせいで、夜のように暗くなっていたのだ。


 この魔法は、一度だけ見たことがある。


「エ、日蝕エクリプス……神聖魔法セイクリッドだとッ!? 馬鹿なッ。このような大魔法を、教皇様以外が使えるはずが――」

「大魔法ではありません。魔法には元々、この程度の力があります。けれど人間は魔法の力を怖れ、矮小化し、自分たちの常識の範囲内でしか使わなくなってしまいました」

「そ……そんな、まさか」


 ここへきて、キングは気づいてしまった。

 昼を夜に変えるほどの大魔法。

 それを事もなげに使用する、幼く見える銀髪の女性。

 そして、今の話を総合して考えると、この女の素性が否応なくわかってしまった。


「――ハイエルフ」


 まさかこれほどの使い手――それもハイエルフという例外と戦うことになるとは、まるで想像もしていなかった。

 そして、彼女がハイエルフだとわかった今、自分に一切の勝機がないことも、またわかってしまった。


 なぜならハイエルフには、さらなる奥の手があるからだ。

 今回彼女は自らの力の、ほんの一部を晒したに過ぎない。

 それだけでキングは、戦いに敗れてしまった。


 この状況からの逆転など、天地がひっくり返ってもあり得ない。


「さようなら、キング」

「ま、待て。最後に一つだけ、聞かせてくれ」

「……良いでしょう」

「何故、人間とともにいる?」


 エルフは人間を嫌っている。

 彼らは人間が下等生物であり、獣であると、本気で考えている。

 故に、森の奥に引きこもり、一切外の世界に姿を現さない。


 キングの問いに、女は耳にかかった髪をかきあげて応えた。


「ハイエルフの、ハーフか」


 人間のものと同じ、丸い耳。

 エルフは通常、尖った耳をもっている。

 故に、丸耳はハーフエルフの証だ。


「人間とともに暮らす、ハーフ、エルフ……。まさかお前、ブルー・ブラ――」

「そこまでです」


 ザクッ。

 キングの喉元に、ナイフが深々と突き刺さった。


「好奇心は死を招く。もし次の人生があるなら、気をつけてくださいね」


 意識が徐々に遠のいていく。

 そのキングを、最後まで冷たい瞳が突き刺すように見下ろしていた。

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