第30話 残念……

「今日、ここで叩き潰してやる」

「……はあ。じゃあ、やろうか」


 この三ヶ月で、こいつがどれくらい強くなったかは気になる。

 勇者がどうこうとか、魔王を倒すとかそんな先のことはどうでもいい。

 処刑台に送られることすら、今はそんなに気にしてない。


 それよりも、以前戦った時の勇者が、俺は猛烈に気に食わない。


 勇者が弱いと、俺のプレイヤーとしての思い出とか、プロデニを作った人の思いとか、そういうものが踏みにじられている気がするのだ。


 まあ、勝手な思い込みだけどな。

 だからこれは、ただの八つ当たりだ。


 開始の合図とともに、勇者が突っ込んできた。

 前と同じ速度。剣速も、同じ。


 ――まるで成長していない。


 勇者の成長率はこんなもんか。

 がっかりだ。


 木剣を握りしめて、攻撃しようとした瞬間だった。

 勇者が、歪に笑った。




 ――かかった!!


 憎きクソガキ、エルヴィンとの訓練が始まった。

 アベルは、彼がただ普通に構え、反撃に移ったのを見て、自らの作戦の成功を確信した。


 この三ヶ月間、アベルは血のにじむような努力を重ねた。

 権力者たる勇者としては、あるまじき泥臭い日々だった。


 一体、毎日〝何分〟練習したか……。

 一瞬で出来ないくそったれな才能を嘆いた。

 こんな中途半端な能力しか与えてくれない神を恨んだ。


 こういうものは、試したら簡単に成功するもんじゃないのか!?

 そして「あれ、オレまたなにかやっちゃいましたか?」って決め台詞を吐くもんだろ!


 なんでオレが努力なんてしなくちゃいけないんだ……。


 悪いのは全部、エルヴィンだ。

 奴が、勇者としての輝かしい学園生活を奪った。


 だから、この一撃にかける。


 アベルは体内の魔力を活性化。

 この三ヶ月、毎日数分も〝努力〟して身につけた、ライトニングボールを発動。

 それを全力でエルヴィンに叩きつけた。


「はーっはは、どうだ参った――」


 なにか、黒いものが顔面に激突。

 瞬間、アベルは宙を舞った。


「――ブゲラボグラッ!!」


 空中で五回転。

 ぐるぐる回って地面をころがり、訓練場の壁に激突した。


 全身の感覚がない。

 霞む視界で、自分がどうなっているのかを確認する。


 すると、手足が見たことのない曲がり方をしているではないか!

 感覚は……ない。

 命が危険だから、痛みをシャットアウトしているのだ。


 アベルをこんな体にした本人はというと、冷徹な瞳でこちらを見下ろしていた。


「お前、先生の忠告を聞いていなかったのか?」


 やめろ。そんな目で、オレを見るな。

 馬鹿にするな!!


「ニーナ。頼む」


 オレの聖女に命令するな!


 叫び出したい。だが、声が出ない。

 怒りなのか、酸欠なのか……頭が真っ白になって、そのままアベルは意識を失った。




          ○




 軽くパンチを入れたら、勇者の体がバッキバキに粉砕された件。

 うわあ、マジでびびった……。


 うっかり殺しちゃったかと思ったよマジで。


「チッ――死にませんでしたか」


 どこかから、覚えのある声が……。

 ハンナ、また侵入したのか。


 仕事が忙しい、人手が足りないって聞いてたけど、暇なの?

 だったらやって貰いたいことが……あっ、気配が消えた。


 チッ、逃げ足の速い奴め。


 完全に致命傷だったアベルの怪我は、無事ニーナの奇跡によって完治した。

 うん、お見事。


「え、エルくん、大丈夫ですの?」


 小走りで近づいて来たラウラの顔からは、悪役令嬢としての仮面が消えていた。

 この呼び方、すごくいいな。


「問題ない」

「でも、魔法が……」

「ああ、うむ。大丈夫だ」


 なんてったってメンタルお化けだからな。

 あの程度の魔法は効かないんだわ。


 施術が終わったニーナが近づいてきた。


「こいつなら大丈夫よ。昔っから魔法が効かない体質みたいだし」

「効かないわけじゃないぞ」

「あらそ? じゃあ、治療してあげるわ」


 そう言うと、ぽっと小さな光が放たれ、体を包み込む。

 うん、お見事。

 何千、何万とヒールを繰り返し使い続けてきた努力が感じられる。

 さっきの勇者のつたない魔法とは雲泥の差だ。


「ありがとう」

「どっ、どういたしまして」

「それにしても、勇者こいつは訓練場で強化以外の魔法は禁止って聞いていなかったのか?」


 使ったら停学か退学って、先生が繰り返し忠告してたのにな。

 耳の穴、マジで鼓膜に繋がってないんじゃね?


「しばらくは謹慎ね」

「それだけで済めばいいけどな」


 命に関わるルール破りだ。

 最悪、放校もあるかもしれない。


 俺としては、放校に期待。

 だって処刑ルートから外れるからな!


 結局、この後勇者は一ヶ月間の停学になった。

 ……残念。

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