第29話 悪役ポジション……変わろうか?

 決闘の一件について、教師からちょっとだけお小言を貰った以外は、特に目立った罰則は受けなかった。


 どうやら勇者の奇行については教師の耳にも入っているらしい。


「なんとか決闘だけは避けられなかったのか?」

「さすがにアレの相手は無理です。言葉が通じません」

「……そうか」


 そう言うとあっさり引き下がったので、間違いない。


 学校から出ると、ハンナが小走りで近づいてきた。

 その目が、少々血走っている。

 もう何言うかがわかるな。


「消――」

「さない!」


 ほらな。

 なんでもすぐ消そうとするんじゃない。

 人間はパソコンじゃない。

 一度消したら、再起動出来ないんだぞ。


「事故を装えば――」

「ヤろうとするなってば……」


 ずいぶんと好戦的だな。

 勇者といい勝負だ。


「それにしても、圧勝でしたね。攻撃をかすらせることもありませんでしたね」

「……見てきたように言うな?」

「見てましたから」

「…………」


 えっ、あの場にいたの?

 忍び込んで?


 ファンケルベルクの筆頭使用人、すげぇな。

 全然気づかなかったわ。


「そういえば、何故攻撃されなかったんですか?」

「……触れたら壊れるぞ、あいつ」


 勇者のくせに、めっっっっっちゃくちゃ弱かった!


 なんだアイツ。

 これまでの人生、どんだけサボったらあんなに弱くなれるの!?


 正直、弱すぎて引いた。

 戦う価値もないって、格好付けや煽りの台詞じゃなくて、本当に実在する感覚なんだな……。


「あれでも一応は、聖皇国公認の勇者だ」

「見逃すのですか?」


 その時、ハンナの瞳から光が抜け落ちた。

 ぞっとする程深い闇。


 やばっ。

 そういえばこいつ、ファンケルベルク一筋だったっけ。


 家を馬鹿にされてんのに放置したなら、俺の背中に穴が空きかねんな……。


 あっという間に落命の危機。

 背中に冷たい汗が流れる。


 頭をフル回転させて、出て来た言い訳は。


「いや、泳がせる」

「……と、言いますと」

「今は弱すぎて話にならん」

「?」

「お前は、子犬に吠えられただけで消すのか?」

「なるほど、今はヤる気にならないと。よくわかりました」


 くっ、消すとかヤるとか、ファンケルベルク語かなんかなのか!?

 なんで穏便な言葉じゃ伝わらねぇんだよ……。




          ○




 この一件を境にして、勇者がプロデニの基本シナリオからはずれ――孤立していった。

 いやマジでどうなってんだ?


 シナリオはずれすぎだろ。

 プロデニ本編だと、結構取り巻きがいて、ワイワイ談笑してるシーンいっぱいあったぞ?


 なのに今の勇者くんときたら……。

 教室の中央にぽつんと一人座ってる。

 周りには誰もいない。


 近づいたら絡まれると思ってるんだろ、きっと。

 うん、俺でも思うよ。


 だってめっちゃ絡まれたし。

 いきなり決闘だ! とか言う奴の近くに寄りたい奇特な人なんてこの世におるんか?


 ――あ、いた。


 ニーナだけは勇者の近くにいるんだな。

 まあ……内心仕事仕事!とか思ってそうだが。


 あれで平常心を保ててる勇者がすご――。


「――ッ!!」


 勇者がギロッと俺を睨んだ。

 うん、全然平常心じゃないな。

 怖い怖い。

 俺も近づかないでおこーっと。


 三ヶ月もすると、もう勇者は空気になっていて、誰も動向を気にしなくなっていた。

 これっていじめに入るのか?

 危ない奴に近づかないって判断は、いじめになるのか?


 よくわからん。


 最近勇者がおとなしくて平穏が保たれてるが、時々怖くなる。

 どこかで暴発するんじゃないかって。

 あるいは、爆発する場所を待ってるのか……。




 入学して初めての訓練授業。

 はい、二人一組になって剣術のお稽古をしましょー、なんて緩い授業じゃなくて、ガチでぼこぼこになるまで殴り合う。


「どんな怪我をしても、国定回復士がいるから大丈夫だ」


 というのが、この授業担当の教師の言葉だ。


「でも、気を抜くなよ? 当たり所が悪けりゃ死ぬからな。実際、毎年何人かは死んでるからな。ハッハッハ!」


 何笑ってんだよ。

 事件だろ。

 まあ今年は国定回復士と一緒に、心強い仲間(?)もいる。


「アタシ、一応これでも聖女だし。心臓止まってなきゃ元通りに治せるわよ。みんな、心臓だけは止まらないように頑張ってね☆」


 いやその台詞はどうなんだ。

 逆にみんな腰引けてんぞ?


「念のため繰り返すが、この訓練ではファイアボールなどの放出系の魔法は一切禁止だ。あくまで肉体だけでぶつかり合ってもらう。追い込まれても魔法だけは絶対に使うなよ? 使ったら停学。最悪退学だからなッ!」


 人が集まってる中で素人が放出系の魔法なんて使ったら、どれだけ怪我人が出るかわからないからな。

 最悪、死人が出る。

 魔法はあくまで魔法の授業でしか使っちゃダメ、絶対。


 立てかけてある木剣を手に取る。

 さあて俺の相手は……って、まあ、探すまでもないか。


「よお、首洗って待ってたか?」


 初めから殺意マックス。

 殺る気十分のアベルくんが、俺の前に立ちはだかって顔を歪ませた。


 君のその顔、完全悪役なんだけど……。

 絶対俺とポジション変えたほうがいいよ。


 勇者と俺がやるってことになった途端に、みんなが一気に壁際に引っ込んだ。

 いいぞやれやれ、って感じじゃなくて、巻き込まれないように逃げただけだ。


「裏でクラスメイトを操ってオレを孤立させてんだろ?」

「……そんなことをして、俺に何の得がある?」

「裏でオレを嗤ってたんだろ!!」


 えっ、嗤うためだけに、クラスメイトを操ったって?

 やらねぇよそんなこと。

 手間に対してリターンが釣り合ってないだろ。


「今日、ここで叩き潰してやる」

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