第28話 戦いのゴングは観覧席で?

 ラウラ(意訳)「なんとか回避した方がいいんじゃなくて?」

 ニーナ(意訳)「一発殴ったらおとなしくならないかしら?」


 よし、ニーナ案を採用だ!

 うん、まあさすがに簡単に勝てるとは思ってない。

 なんせ勇者だしな。


 才能は折り紙付……というか開発の手かみのかごがたっぷり入ってる。

 いくらステータスをがっちり固めたからって、そう簡単に勝てるとは思っていない。


 反面、入学当初の勇者と戦って、今の自分の力がどれくらい通用するかを見てみたい気持ちもある。


「ふん、怯えて声も出ないか」

「……」


 うん、マジで殴ったら黙らないかな?

 機械じゃないから無理か……。




 訓練室で、俺はアベルと向かい合う。

 ここには訓練用の武器が並べられているが、アイツが手にしているのは真剣だ。


 マジもんの決闘かよ……。

 殺す気まんまんじゃねぇか。


 さすがに真剣相手に木剣は分が悪すぎる。

 俺も真剣を使用させてもらう……が、やりにくいなあ。


 勇者に傷を付ければ聖皇国と外交問題になる。

 かといって手抜けば、こちらが殺られる――かもしれない。


 いや実力がよくわからんから、なんとも言えんが……。

 さて、どうしたもんかな。


 剣を抜いて作戦を考える。

 すると、目の前の勇者がぷるぷる震えだした。


 みるみる殺気が強くなっていく。

 いや、なんだよこの情緒不安定モンスター。

 飼い主がいるならなんとかしてくれ!


「貴様ァ、今すぐその剣を返せ!」

「……は?」

「それは、オレの剣だぁぁぁ!!」


 次の瞬間、勇者が俺に斬りかかった。

 おいちょっと待て。

 まだ開始の合図も出てねぇぞ!


 慌てて回避。

 すぐさま体勢を立て直す。


「今すぐ返すならば、貴様の命だけで許してやろう!」

「これは我が家の刀剣だ」

「返さんと言うなら、ファンケルベルクごと潰す!」

「少しは話を聞けッ!」


 次から次に、攻撃が繰り出される。

 それをギリギリで躱す。

 紙一重。

 急所に向けた攻撃さえ、手加減がない。


 うわーマジで殺しに来てんな。

 めっちゃ怖いんだが?


 剣をゆらゆら揺らしながら、打開策を探る。

 何度目になるか。

 勇者の攻撃を躱した時だった。


「何をやっているんだ!」


 教師が割って入った。

 おお、救いの神よ!


「新入生にはまだ訓練室の使用許可が下りていない。勝手な行動は慎みなさい!」

「……ちっ。命拾いしたな」


 ふむ。

 教師には噛みつかない程度の理性はあるのか。


 肩を怒らせながら訓練室を出て行く勇者を見送り、俺はやっと剣を鞘に戻したのだった。




          ○




 エルヴィンと勇者の決闘が繰り広げられる中、ラウラは――なんの因果か聖女とともに観戦していた。


「これは、酷いですわね」

「あちゃあ。ここまで一方的になるとは思わなかったなあ」


 酷い、一方的、というのは決闘についてだ。

 現在、エルヴィンにも勇者にも決定打が入っていない。

 だがどちらが勝っているかは火を見るより明らかだ。


 勇者の攻撃はすべて回避されている。

 しかも、すべてが紙一重で、だ。


 完全に攻撃が見切られている。

 おまけに勇者は自らの攻撃を制御出来ていない。

 振り切った後、剣の重さに負けてよろめいている。


 対してエルヴィンは、切っ先をゆらゆらさせて、一切攻撃の素振りを見せない。

 ――が、その切っ先は勇者の急所にことごとく向かっている。

 下手に踏み込めば、勇者は致命傷を負うに違いない。


 まさか、エルヴィンがここまで強いとは……。

 彼はきっと、史上最高の公爵になるだろう。


 これまで抱いてきた淡いものが確かな色として、今まさに胸に焼き付いて熱を発する。

 心拍数が上がり、呼吸が乱れる。


 その横で、同じような視線で見つめる瞳。

 ニーナは7年前を思い出しながら、ぎゅっと強く


(ああ、やっぱり、すごく強かったんだ)


 そうだよね。


(なのに、武力を誇らず最後までアベルとの衝突を躱そうとしていた)


 うんうん。

 そうでなくちゃね。


 予言の勇者は、アベルで間違いない。

 でも自分にとっての勇者は、アベルではない。


 彼のように金に物をいわせ高級レストランに行こうとしたり、言うことを聞かなかったら無理矢理引っ張っていく人じゃない。

 他人のものを自分のものだと言い張ったり、罪もないものに罪をなすりつけたりする人じゃない。


 何気ない話題で笑って、食事だって庶民的なものを食べる。

 話をきちんと聞いてくれて、無礼な人間が相手でも暴力的にならない。


 そして――他人を守る為に命をかけられる人こそ、自分にとっての勇者だ。


「すごく……良くってよ……」

「うん、良いね」


 ん?

 うん?


 この時、頬を赤らめた二人の視線がぱちりとぶつかった。


 む?

 むむむ?


 もしかして……。

 別のゴングが鳴ろうかというその時だった。

 教師が訓練室に飛び込んで、戦いを終結させたのだった。

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