第31話 ネズミが気になる

 訓練室から出て教室に戻る途中。


 ――リィィン。


 風鈴の音?

 周りを見ても、特になにもない。


「どうしたの?」

「なにか、音が聞こえた気がしたんだが」


 ――リィン。

 やはり、聞こえる。


 だがラウラには聞こえていないようだ。

 目を瞑って耳を澄ましたまま、反応がない。


 空耳か?

 気にせず戻ろうと思うが、どうも引っかかる。


「すまないが、先に教室に戻ってくれ」

「わかったわ」


 ラウラと別れて、音の発生源を探す。

 普段なら無視するんだけど、何故か気になる。


 虫の知らせ、なんて経験は全くないけど、それにたぶん近い。

 もやもやして、どうにかしなきゃって思いがどんどん強くなっていく。


 中庭に出ると、ひときわ音が強くなった。

 どうやら発生源はここみたいだ。


 中庭の草むらに、うっすらと光るものがあった。


「……おいおい、まさかこれ」


 精霊王ルートに突入するための、イベントフラグじゃねぇかよ!

 なんで俺が呼ばれてんだよ。

 呼ぶ奴、間違ってるぞ!


 ――まあ、本来呼ばれる奴は気を失って、今頃保健室で寝てるだろうがな。


「俺が呼ばれたのはそのせいか?」


 ……見なかったことに出来ないかなあ。


 このイベントは、勇者が弱った精霊を発見して、魔力を与えて助けるというものだ。

 これにより、後々エルフの森で出会う精霊使いと仲が進展するようになる。


 もし俺がこのイベントを進めたら、本来勇者の仲間に入るはずの精霊使いはどうなるんだ?

 一応、仲間には入るが他人行儀になったりするんだろうか?


 迷っていると、どんどん鈴の音が小さくなっていく。

 このまま精霊を見殺しにするのは忍びない。


 ええい、ままよ!

 俺は精霊に駆け寄り、魔力を流し込む。


「おっ、ちゃんと吸収してるな」


 上手くいかなかったらどうしようかと思ったが、なんとかなってほっとする。

 しかし、


「……ん?」


 やけに魔力がちゅーちゅーされている。

 ちゅーちゅー、というか、ごくごくだ。


「待て待て待て。どこまで吸うつもりだ!?」


 今まで消耗したことがない程、魔力が急速に失われていく。

 体には異常がないが、健康に良いかどうかがわからん。


 そろそろ振りほどくかと考えていると、やっと精霊が俺の手から離れて舞い上がった。


「~~♪」


 浮かび上がったのは、原作通り草の精霊だ。

 見た目はまんま草。


 なにか意味があるのかと思えば、こいつとはこれっきりの関係。

 二度と出現しないし、精霊使いも使役することがない。


 まあ、草だしな。戦闘に出しても強いとは思えん。


 草……もとい精霊が元気いっぱい俺のまわりを飛び回る。

 そりゃそうだろう。あれだけ魔力を飲み干したんだからな。


 じとっと睨むと、草から少し慌てた雰囲気を感じた。


「~~♪」

「おい誤魔化すな」

「~~♪」

「まあ、いいけどな」

「~~~♪」

「おう。達者でな。気をつけて帰れよ」


 なんか言葉はわからんが、言いたいことがわかってしまった。


 精霊を見送って、立ち上がる。


 ……これ、周りからみれば盛大な独り言いってる危ない奴に見えてんじゃ。

 慌てて周りを見回すが、人の姿がなくほっと胸をなで下ろすのだった。



 家に戻ると、俺の机の上に大量の草があった。

 えっ、なにこの陰湿な嫌がらせ……。


 まあハンナがこんなことやるはずもなく、間違いなくあの草の精霊の悪戯だろう。

 掃いて捨ててもいいが、念のためなんて名前か確認しておく。


 書庫から薬草辞典を引っ張り出して調べる。

 すると、『目覚めの草』という名の薬草であることがわかった。


 そのまま食べると、非常に辛い。

 まさに目が覚めるほどの辛さとのこと。


 乾燥させてすりつぶせば、二日酔いを癒やす薬にもなる。

 他にも、様々な効果が記載されていた。


「ふむふむ……」


 なかなか面白い草だな。

 いろいろ試し甲斐がある。


 これは魔力を大量に注いだお礼として、受け取っておこう。




 しばらく後。

 俺はハンナたちトップ3人を部屋に呼び寄せ、エルヴィン謹製のお守りを渡す。


「これは?」

「お守りだ。これから先しばらくは、肌身離さず身につけておくように」

「承知しました」


 お守りには、毒や混乱などの状態異常を防ぐ力がある。

 プロデニでは、状態異常を防ぐアクセサリーは全ルートどこを通っても、1ルートにつき1つしか手に入らない。


 かなり希少アイテムで、状態異常の戦術的価値が高い設計になっている。

 そのせいで、何度汚染系モンスターに泣かされたことか……。


 まあ、完全耐性アイテムがたくさんあって毒(笑)になるより全然いいんだけどな。キュアなどの治療魔法もゴミ化せず、最後まで有用だったし。


 さておき、目覚めの草があるおかげで、状態異常に抵抗を付けられるアイテムが製作出来た。

 完全耐性は付かないが、ないよりマシだ。


「ところでエルヴィン様。あの勇者、残念ながら生き残ってしまったようですが……」

「……消すなよ?」

「…………」


 えっ、マジ?

 みたいな顔して愕然とするな。


「こっそり――」

「ダメだ」

「……」

「ふて腐れてもダメなものはダメだ」


 てか、なんでそんなに今すぐ消したいのかねぇ。

 ファンケルベルクだからか?


 うーん。

 血気盛んなのも、押さえ込むのに苦労するな。

 天井を見上げて、考える。


 ――お、そうだ。


「そんなに消したいのなら、ネズミにしておけ」


 少し前から、屋根裏からチューチュー聞こえるようになった。

 家の清掃や修繕はきっちりやってるが、いくら家が綺麗でもネズミは入り込むものらしい。


 俺の言葉に、カラスが首をかしげた。


「ええと……、どういうことでしょうか?」

「知らんのか?」


 僅かな変化も見逃しそうにないカラスが、ネズミに気づいてないとは思わなかった。

 見た目は完全に不審者だけど、人間らしいとこあんじゃん。


 ちょっとだけ嬉しくなって、ついつい得意げな口調になってしまう。


「以前より(屋根裏に)潜んでいるぞ」

「「「――ッ!?」」」


 三人が驚愕を浮かべる。

 えっ、みんな気づいてなかったの?


 まあ、忙しくてあんまり家にいないし、仕方ないか。


「妙なものをまき散らされても困る。力が有り余ってるなら、探し出して処理しておけ」

「……はい」


 納得してないのか?

 ハンナの顔が渋いな。


 やっぱ、ネズミなんかより勇者を消したのか。

 でも勇者はマジでまずいんだよ……。

 なにが起るかわからんから、方針だって立てづらい。

 だから有り余る殺意パッションはネズミに向けてくれ。


「それでは解散。皆、無理はするなよ」

「「「はっ!!」」」

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