第26話 お店に入れない!?

「なんでだッ! なんでどの店にも入れねぇんだよクソが!!!」


 勇者アベルは怒りにまかせて地面の石を蹴飛ばした。

 入学式を終えたあと、彼はデートと称してニーナを街に連れだした。


 じっくり時間をかけて好感度を上げ、恋人同士になってから……とは思うが、逸る気持ちが抑えられない。


 それもこれも、聖女ニーナが美しすぎるのがいけないんだ。


(良い女すぎるだろニーナ)


 早く恋人関係になりたいが、どれだけ近づいても彼女は受け入れてくれる気配が感じられない。

 肩を抱いても、顔を近づけても、唇の距離は縮まらない。

 むしろ近づけば近づくほど、離れていく気がする。


 彼女が付き添い人になると決まってからずっと悶々としているが、もう限界だ。


(デートでコース料理を食べて、酒を飲ませて酔っ払わせて、宿を借りて……ぐふふ)


 そんなプランを企てていたのだが……。


「金ならある!」

「申し訳ありません、満席でございます」

「今入ってる客をたたき出せッ!!」

「ちょ、ちょっとアベル、落ち着いて!」


 金貨袋を叩きつけようとしたところで、ニーナに取り押さえられた。

 もし彼女がいなければ、今頃店員の顔は原型を失っていたに違いない。


 次の店もダメ。その次の店もダメ……。

 高級店ばかりか、大衆食堂でさえ断られたアベルは、もう我慢ならなかった。


「なんで入れねぇんだよ!! さっきの店なんて、いっぱい席空いてたじゃねぇかよ!!」

「まあまあ、そういう日もあるよ」

「オレは勇者だぞ! オレが来ただけでも、有り難いと思えよ!!」

「あー」


 それは無理じゃない?

 なんとか微笑みを浮かべるニーナは、内心ため息を吐いた。


 こんな男を店にいれたら、とんでもない目に遭うに決まってる。

 もしアベルがなにもしなくとも、周囲からはならず者を入れた店という、屈辱的な評価を受ける。

 高級店ならば、即刻格下げだ。


 なんでアタシはこんな馬鹿のお守りをせねばならんのだ……。

 いくら教皇の命令とはいえ、少しキツイ。


「くそっ! これはきっと、エルヴィンの仕業だ!」

「なんでそこで彼の名前が出てくるのよ」

「だって、あいつは悪役貴族なんだぞ!? オレを王国から追い出すために、こうやって嫌がらせをしているんだ。そうに決まってる! ただの貴族ごときが、勇者のオレをこんな目に遭わせやがって。絶対ぶっ殺してやる!」


 結局、勇者はどこの店にも入れずに、入学祝いのお食事会はお開きとなった。

 徒労とはまさにこのことだ。


 長時間連れ回されて、さすがにお腹が減った。

 試しに勇者を弾いた店に入ると、すんなり中に通されて、ついつい笑ってしまった。


「デスヨネー」


 だって自分が店員なら、あんな危険人物店に入れたくないもん。


「せめて、もう少しまともならなぁ……」


 7年前、危険な魔法から救ってくれたあの少年のように、自らを犠牲にして他人を救おうとする、そんな心意気があれば少しは見直すのだが。


 ぱらぱらと人が座っている大広間を過ぎて、ニーナは奥の部屋に案内された。

 店のわりに、ずいぶん良い個室だ。

 表を知らなければ、高級レストランかと見まごう内装である。


 その個室には既に一人、少年が座っていた。


「む? ニーナか」

「エ――」


 エルヴィン!?

 かつて、自分の命を救った少年が唐突に現われ、ニーナはパニックに陥った。


「な……なんで、アンタがここにいるのよ?」

「ふむ……」


 それはこっちの台詞なんだが?

 突然、俺がいる個室にニーナが現われて、心臓ばっくばくだ。


『ワレ悪ヲ殲滅ス! キエェェエ!』とか言いながら、ナイフを腰だめに構えて突っ込んでこないよね?


 それとなく観察するが、特に敵対心のようなものは感じられない。


 視線を彷徨わせながら、「へぇ、こんなところでご飯食べてるんだ。いいところだね」なんて言いながら、前髪をなでつけている。

 むぅ? どこか、借りてきた猫みたいだな。


「……まず、座ったらどうだ?」

「う、うん」


 おい待て。何故俺の横に座る!?

 こういう場合、前に座るもんだろ!


「……」

「……」


 やべぇ。沈黙が重い。


 ってか誰だよニーナをここに通した奴は!


 ちなみにこの店は、俺の行きつけだ。

 基本的に夜ご飯は外で食べていて、ここが特にお気に入りの店になっている。


 ファンケルベルクの料理人?

 たくさんいるぞ。

〝ヤる〟のは違う料理だけどなッ!


 この店のなにがいいって、味が普通なところだ。

 毎日食べるなら、きらびやかな味じゃなくて、やっぱ家庭的な料理がいい。


 残念なところは、ここがファンケルベルクの傘下だってことだ。

 元々この個室は……まあ、イケナイ取引をするためのものだったんだ。

 それが気づいたら俺専用の個室に変わってた。


 誰が気を利かせたのかねぇ。

 まあ、開けた場所だといきなり襲われる可能性とかあるしな。

 俺みたいな(店からすりゃ)腫れ物を扱うには、個室の方がなにかと楽なんだろ。


 ニーナをここに招いた奴は、こいつが聖女であり俺の学友だって知ってて送り込んだはずだ。

 だが、何故そんなことをしたのかさっぱりわからん。


「……とりあえず、注文したらどうだ?」

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