第24話 勇者との出会い

 ぞろぞろと新入生が校内に入っていく。

 その流れに混じって歩いていると、横から声がかけられた。


「久しぶりですわね、エルヴィン」

「――」


 えっ、誰!?


 緩いウェーブの髪の毛に、鋭く冷たい瞳。首には美しい宝石のついたネックレス。

 ええと……あっ、思い出した。悪役令嬢ラウラだ。


 7年ぶりくらいにゲームオリジナルのビジュアルを見たから、一瞬思い出せなかったわ。


 しかし懐かしいな。

 そうそう、ラウラはこうでなくっちゃな!

 でもなにか、雰囲気が違うような?


「エルヴィン? ……エル、くん」

「ん、すまない。考え事をしていた」


 おっ、口から『ごめんね』が出た!

 同格以上が相手だと、謝罪の言葉がすんなり出てくるんだな。


「何を考えていたのかしら?」

「ああ。少し見ないうちに、ラウラが(プロデニのビジュと同じように)綺麗になったと思ってな」

「なっ――!」


 途端に、ラウラの顔が真っ赤になった。


「こ、こんな場所で、いきなり何を言い出すんですの!? で、でも確かに、久しぶりですわね。最後に会ったのは、アロマオイルを売りに来た時だったかしら?」


 ということは、中等部以降は顔を合わせてすらないのか。

 そりゃ見違えるわ。


「そういうエルヴィンも、見ないあいだにと……殿方らしく――」

「エル、ヴィン……? あーっ!」


 髪の毛をクルクルするラウラを眺めていると、背後で声が上がった。

 今度はなんだ?


 振り返ると、こちらも見覚えのある少女がいた。

 金色の髪に、あどけない顔立ち。ラウラよりも身長は低いが、存在感が非常に強い。


 ――聖女ニーナが、俺を見て目を丸くしていた。

 素早く接近し、顔をぐいっと近づけてくる。


「エルヴィン! エルヴィン・ファンケルベルク!」

「そ、そうだが……なんだ?」


 一瞬、刺されるかと思って焦ったァ!

 聖女って、敵方の副大将みたいなもんだからな。


 でも、どうもそんな雰囲気はない。

 もしかすると、入学当初は敵対関係にはないのか?


「エルヴィン、なんですのこの小娘は?」

「聖女ニーナだ」

「あっ……知ってて、くれたんだ」


 それまでの勢いはどこへやら。

 二歩、後ろに下がって床をつま先で軽く蹴る。


「ああ、私も知っていますわ。たしか……『危険な黒幕狂気の聖女』だったかしら?」

「『奇跡を振りまく郷里の聖女』! どういう言い間違いしてんのよ!? わざと? わざとなの!?」

「ごめんなさいね。ずいぶんと昔に聞いたきりだから、忘れていたの」

「ずいぶんと昔……」


 言葉がグサッとクリティカルヒットする音が聞こえた気がする。

 確かに、最近聖女の話は聞かないな。


「聖女って干されるのか?」

「グハッ!」

「聖女なんて教会のお飾りですわよ?」

「ゴホッ!」

「世知辛いな……」


 ラウラとのひそひそ話が、見事にニーナの心を抉ってしまった。

 カクテルパーティ効果がキマってんなぁ。

 俺たちの声よりも、むしろ新入生の雑踏の方が大きいくらいなのにな。


 ちなみに、聖女ニーナは聖皇国セラフィスの特使としてアドレア王国に滞在している。

 扱いは公爵と同等なので、俺を呼び捨てにしても形式的には問題ない。


「そういえば、エルヴィンも新入生なの?」

「ああ」

「そっか。それは……よかった」


 ニーナがほんのり頬を赤らめたて、笑った。

 これは、なかなかの破壊力……。

 精神力が万を越えてる俺じゃなかったらイチコロだったね。


「なにをデレデレしているんですの?」


 おいラウラ。俺の脇腹をつねるな。

 地味に痛いから。


 よし、それじゃあ入学式に行きますか。

 ……あれっ。

 なんか忘れてる気が……?


 その時だった。

 忘れ物が、音を立ててやってきた。


「おいおい、ニーナちゃん。オレを置いてどこに行ってんだよぉ」


 鼻にかかったような男の声が、耳に粘っこく響いた。

 その男が、ニーナの肩に腕を回し、顔を寄せた。


 まるで恋人の距離。

 だが俺はニーナが一瞬だけ、『おえっ』っていう顔をしたのを見逃さなかった。


「行くなら行くって、言ってくれないとさぁ」

「ご、ごめんなさい」


 みるみる顔が近づいていく。

 うわ、きもっ!

 サブイボがやばいッ!


 マジ誰だよこいつ!

 ――って、まあ、聞くまでもないな。


 プロミネント・デスティニーにおいて、プレイヤーが操る主役。

 予言の勇者アベルだ。


 コイツが現われた瞬間、俺の中で何かが崩れ落ちる音が聞こえた気がした。


 エルヴィン側からは、勇者(じぶん)ってこう見えてたの?

 まじで?

 うわっ、ショックぅ……。


 いやでも、さすがにここまで酷くなかった、はず。

 だってこいつ、顔ひん曲がってるもん。

 なんかこう……殴ったら気持ちよさそうな形だ。


「あれあれあれれぇ? もしかしてお前、エルヴィン?」


 名前を呼ばれるだけで、ぞわぞわする。

 将来こいつに処刑台に送られるかもしれないって危機感から……じゃないな、うん。


「そうだが、なんだ?」

「ふぅん。なんか、むかつく顔してんな」


 お前がなッ!!


 ああ、不安だ……。

 気づかぬうちに俺の拳がコイツの顔面にめり込んでないか、不安でたまらない。


 エルヴィンが勇者に嫌がらせした理由が、少しだけわかった気がする。


「それに、オレのことを見下してやがる」


 俺は悪くないぞ。

 見下されるようなことやる奴が悪い。


 ちなみにコイツも俺を呼び捨てにしているが、ニーナと同じ理由で問題ない。

 ただコイツには名前で呼ばれたくないな。

 なにかが穢されそうだ。


「そっちは……」

「初めまして、勇者様。ラウラ・ヴァルトナーでございます」

「へぇ、ふぅん……」


 おい、ドコ見てんだよ。

 しかも、なげぇよ! ガン見すんな!

 せめてチラ見にしとけよ!!


 女性の体を見る男って、周りから見るとこんなにキモいのか……。

 俺は嫌われたくないから、ちゃんと反面教師にしないとな。


「いいな。でも…………ないんだろ? つまんねぇの」

「えっ?」


 とても、大事な言葉を聞いた気がした。

 ただそれは、雑踏にかき消されて、うまく聞き取れなかった。


 もう一度尋ねようとしたけど、


「ニーナちゃん、行こうぜ」

「えっ、あ、はい」


 勇者が聖女の肩を抱いたまま離れていった。


 ニーナがなにか言いたげに、チラチラこちらを見ている。

 でもすぐにその姿を見えなくなった。


「……かわいそうだな」

「それは、どっちの話ですの?」

「どっちもだよ」


 エルヴィンルートでシナリオライターが見てほしい部分が、少しだけわかった気がする。

 でもそれは、このルートに突入するまで勇者として頑張ってきた俺や、その他の多くのプレイヤーを糾弾する内容に思えて、少し、胃が重たい。


「わたくしは、聖女が可哀想でなりませんわね。いくら教会の命令とはいえ、あんなうつけ者に付き従わなければならないなんて」

「そうだな」


 そして、あんな勇者に殺される未来だけは、マジで絶対にごめんだわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る