第23話 下準備、これにて終了!
『あまり深入りしない方がよろしいですよ』
首を突っ込むな。
商談を行いに来た、ファンケルベルクの家令ハンナが、そう言った。
『そういえば、先日までヴァルトナーの傘下にあった化粧品商ですけれど、エルヴィン様が手ずから〝お隠し〟になりました。文字通り、この世にはなにも――塵一つ残っておりません』
そこで、にこっと笑い、
『――ああはなりたくないですね』
その時の、ハンナの笑顔がいまでも脳裏にこびりついて離れない。
商談の日以来、エレンの心は完璧に折れてしまった。
完全な敗北だ。
もうヴァルトナー公爵家夫人としての矜持は貫けない。
「お母様、今度エルくんが新しい商品をお持ちになるそうですよ!」
しかしヴァルトナーには、まだ次がある。
自分はダメになってしまったが、娘がいる。
夫と自分。そして子孫へと続くこの家系を残せるかどうかは、この子にかかっている。
がしっ、とラウラの肩を掴み、エレンは顔を近づけた。
「ラウラ、この家はもう、ダメかもしれない」
「えっ、お母様、何を言っているのですか?」
「これは冗談じゃないのよ。このままでは、何もかも吸い尽くされて、ヴァルトナーが消えてしまうわ」
自分の力ではなにも出来ない。
でも、ラウラならばなんとかなるかもしれない。
なぜなら娘は、あの悪魔公と同い年かつ、幼なじみだからだ。
「ラウラ、あなただけが頼りよ! これから、私が持っているすべての技術を授けます。苦しくても、どうか、負けないで。ヴァルトナーの命運は、貴方にかかっているのだから!」
「私に……」
「そうよ」
頷き、エレンはラウラの首にネックレスをかけた。
これはヴァルトナー婦人が代々受け継いできた。
混乱や魅了などの精神異常を完全に防ぐ、魔道具だ。
危険な商談では時々、精神系の魔法や道具が使われることがある。
ネックレスは相手に操られずに、商談を正しく締結するために必要なアイテムだった。
これを渡すということは、代替りを意味する。
といっても、娘はまだまだ未熟。ヴァルトナーの顔としてはやっていけない。
しかし数年後はわからない。
高等学生になる頃には、立派な女主人になれる。
ラウラにはそれだけの才能がある。
いずれ娘をエルヴィンの元に送り込み、裏からコントロールするのだ!
こうして、ヴァルトナー令嬢ラウラはエレンによって厳しく育てられていく。
元々才覚があったからか、飲み込みが早く、あっという間に母のスキルを吸収していった。
いずれはエレンよりも優れた商人になるに違いない。
自分が男だったら、こんなに優れた娘は絶対に放っておかない――と思うのは親馬鹿だろうか?
エレンの狙い通り、ラウラは高等部への入学を前に、ヴァルトナーの顔役として独り立ちする。
しかしその先、当初の目論見通りラウラが動いてくれるかは……まだわからない。
○
中等部一年になる頃には、ステータスがずいぶんと伸びやすくなってきた。
どうやら体の成長に合わせてステータスの伸びも変わるらしい。
まあ、そりゃそうだな。
体が小さいままだと、強さにも限度はあるか。
――精神力以外はな!
なんで精神ばっかりこんな強いんだよ……。
これ以上上がっても、死にステータスになるだけだぞ。
遺跡開発計画も順調に進んでいる……はずだ。
なんか最近、やたら概算要求が値上がりしてんだよな。
ハンナに聞いても『なにか問題ありますか?』みたいな顔するし。
まあ、大量に資材を購入していれば、値段が上がるのは仕方ない、か。
いやでも限度ってもんがあるだろ……。
なんで当初年度予算十億のものに、二十億要求してんだよ!
ファンケルベルクの予算は流用出来ないし、かといって国債みたいなものはない。
俺は仕方なしに、虎の子だったアロマオイルを商品化することにした。
安全チェックが面倒でやるつもりはなかったんだが、四の五の言ってられん。
お金がなきゃ、遺跡の拠点化が出来ない。
拠点化が出来なきゃ、逃げ場がない!
花とか木のエキスからフレグランスを抽出する。
それをオイルで引き延ばして、丁度良い強さの香りに調整したものを、またまたヴァルトナーから卸すことにした。
エレンさんなら、頑張って売ってくれそうだからな。
多少顔が引きつってたけど……たぶん疲れてるんだろうな。
アロマオイルを発売したことで、予算不成立の危機を脱出。
そこから順調に、拠点建設が進んでいる……と思う。
この辺は、全部ハンナたちに任せてるからなあ。
今どうなってるのか、全くわからない。
建設途中がどうなってるか見に行きたい。
が、俺が行くことで妙なフラグを立てる可能性がある。
それに、建設現場を視察に行く時間的な余裕がない。
いやマジで忙しい。
ステータス底上げのトレーニングはもちろんだけど、化粧品とアロマオイル製造の手間がやばい。
これについては、俺以外に誰も製造出来ないのが痛い。
どうせあと数年の事業だからとか、勇者の処刑イベントを生き延びたらやめるからって思って、誰にも技術を教えてこなかったツケをいま盛大に支払ってる。
いやあ、マジで初等部四年の頭にレベル上げておいて良かったわ。
もし今レベリングしろって言われても、スケジュール的にかなり厳しかった。
誰かに製造を手伝わせたいが、仕事を教える時間的余裕がないっていう。
これが会社なら、わりとピンチだ。
あと少し。ここを乗り越えたら、楽になれる。
そう思って、睡眠を削って、若さに頼った結果、高等部への入学の日が来た。
準備は万端。
拠点もほぼほぼ完成したようだ。
ステータスも、現時点では完璧。
ハードモードの魔王くらいなら、素っ裸で殴り殺せるレベルだ。
こうして俺は、エルヴィン視点によるプロデニ本編を迎えたのだった。
○名前:エルヴィン・ファンケルベルク
○年齢:16歳 ○肩書き:貴族の当主
○レベル:51
○ステータス
筋力:8610 体力:9400
知力:8610 精神力:22600
○スキル
・大貴族の呪縛 ・剣術Ⅴ ・身体操作Ⅴ ・魔力操作Ⅵ
・強化魔法Ⅴ ・闇魔法Ⅶ ・威圧Ⅲ ・調合Ⅳ
○称号
・EXTRAの覇者
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大変長らくお待たせいたしました。
次回、いよいよ勇者登場です!
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