第13話 芽吹いた毒

 通学で走り続ければ、あっという間に2キロ程度の距離じゃ苦にならなくなる。

 少しずつ距離は伸びていき、今では片道5キロになった。


 学校からの帰り道、珍しくハンナが護衛について俺と一緒に走っている。


「エルヴィン様、学校はいかがですか?」

「相変わらずだ」


 ぼっちだよ! 悪いかよ!

 てか、なんで、誰一人として声をかけてくれないの?

 体育のとき、2人1組になってくださーいって言われるのが苦痛で仕方ないんだが!!


 誰も俺と一緒になってくれる奴がいなくて、仕方ないからって先生と組むんだぜ?

 なのに一部には3人で組んでる奴がいるんだぜ?


 だったらそのうち一人を俺によこせよ!

 ちくしょうっ!


「そういえば、ハンナが迎えに来るなんて珍しいな」

「ユルゲンに外せない仕事が入りましたので」

「ふむ」


 ここ一年、ずっとユルゲンと登下校をともにしていただけに、ハンナが隣にいるのが新鮮だ。


 時々、普通の美人メイドだと勘違いしそうになるが、こいつ、これでファンケルベルクの使用人筆頭なんだよなあ。


 彼女を筆頭に副長にユルゲンと、諜報担当のカラスがいる。

 カラスとは何度か顔を合わせたことがあるが、不審の塊みたいな奴だったな……。朝でも夜でも表あるいちゃいけないタイプだった。


 ハンナ、ユルゲン、カラスら執行部の下には、上・中・下級使用人と見習い併せて五十名控えている。

 さすが公爵家というべきか、かなりの大所帯だ。

 そして――さすがはファンケルベルク。みんな、血と死と暴力の香りを漂わせてやがる……こえぇよマジで。


 ハンナはそんな武闘派集団五十名をまとめ上げるトップである。

 腕っ節が立たないはずがない。


 いまも、俺が必死に走っている横で呼吸一つ乱してない。

 体力はかなりありそうだ。

 これだけ動けるってことは、戦闘力だってかなりなものに違いない。


 まあ俺もただ黙って走ってるわけじゃないけどな。

 身体強化を使いながら、魔力を陰に充填し続けて、コントロールを磨いている。


 1週間に1つの訓練しか出来なかったゲームと比べると、大幅効率アップだ。


 おかげで体力がゴリゴリ減る。

 一年走り続けて、まだ五キロしか走れないのはそのせいだ。


 さておき、ハンナには家にとっても国にとっても重要な仕事が任されている。

 ――貴族の暗殺だ。


 なんだかさらっと知っちゃってるけど、改めて考えるととんでもないな。


 専制君主制で恐怖政治ってやべぇところにしか思えないが、案外安定してるんだよな。

 そこまで恐ろしさも感じないし……。


 もしかして俺が実行側ファンケルベルクだからか?

 あー、だから友達ができないのか……。




 いつものように走りながら、家に向かっている途中のことだった。

 道の向こうに、男が一人佇んでいた。


 表情は見えないが、なにやら尋常な雰囲気じゃない。

 この一年、ユルゲンたちに囲まれていたからか、どうも荒事に対する感度が上がった気がする。


 といっても、中身が大人な小学生ばりに事件に遭遇してるわけじゃない。

 そういう意味では、むしろ経験は少ないほうだ。


 そうではなく、実際に荒事担当の大人の中に混ざって過ごすと、危険な空気が感じられるようになる。


 ようはあれだ。

 両親が喧嘩をしてる時って、無言でもなんかピリピリ感じるだろ?

 ああいうやつを、年中感じるんだよ。

 感じてるのは喧嘩の空気じゃなくて、血と死と暴力の香りだけどな!


 ほんとこれでまともな人間に育つわけねぇよな。

 悪役貴族が誕生するのも頷けるわ。


 速度を少し緩める。

 相手がこちらに気づき、顔を上げた。


「っ!」


 男の血走った目を見て、少し背筋が凍った。

 これは、相当キてるな……。

 まともな理性が残ってるとは思えない。


「エルヴィンは、おまえ……か?」

「……そうだが、貴様は誰だ?」

「く……くくく。見つけた。やっぱ、聞いた通りだったな」

「ん?」

「この、クソガキがぁぁぁぁ!」


 次の瞬間、男は懐から取り出した瓶を思い切り地面に叩きつけた。

 瓶が割れ、中身が周囲に飛び散る。


 割れたのは、俺が丹精込めて製造した化粧水だった。


「よくも俺の仕事を奪いやがったな!!」

「……なんの話だ?」

「ファンデーションだよ! お前だろ!? 裏から手を回して、俺の化粧品が売れないようにしたのは!!」

「売れなくなったのは、商品力がその程度だったからではないか?」

「俺の、ファンデーションは、アドレアいちだったんだぞ!! それをっ、それをっ、それをおおおお!!」


 男が何度も地団駄を踏む。

 まるで地面そこに、俺の頭があるかのようだ。


「は、はは……お前のせいで、俺の店は倒産だ。ヴァルトナーも手を引いた。これで満足か? はははははっ――畜生が!! お前がやったんだろ? お前が手を回して、俺の店を潰したんだ! 一体俺の店になんの恨みがあるってんだ!!」

「ほう? ヴァルトナーが手を引き、店が潰れたのか。なるほどなるほど。それは良かった」

「なん……だと? おいクソガキ、もう一度言ってみろ!」

「良かったと言ったのだ」


 男のこめかみに血管が浮かび上がる。

 びきびきと、血管が拡張する音が聞こえるようだ。


 そんな様子を見ても、ちっとも怖くない。

 俺は日々、死神たちと隣り合わせで飯を食ってるからな。


 それに――くっくっく。

 やっと、撒いた毒芽が実を付けたか。


「キ、キサマァァァァ!!」


 次の瞬間。

 男が暴発。

 懐からナイフを取り出して突っ込んできた。

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