第14話 悪役貴族は仇も華麗に葬り去る
悪鬼羅刹を思わせる男の表情に、俺の〝顔が引きつった〟。
こえぇ!
死神たちとの同居生活で耐性が出来たといっても、やっぱ怖いもんは怖い。
俺は慌てて、魔法を発動。
待機状態にあった〝陰〟が、一気に男に絡みついた。
「なな、なんだこれは!?」
「俺の魔法だ。下手に動かなければ、命までは取らん」
「ヒッ……」
完全に動きを封じられた上、いつでも命は取れると暗に脅された男は、すっかり顔から血の気が引いてしまった。
そりゃそうか。
そもそも平民が貴族に牙を剥いたら極刑だ。
その場で切り捨てられても仕方ない。
すぐに殺されないだけ、有り難いくらいだ。
おっと、顔がまだ〝引きつってる〟な。
頬を少し揉んで……と、これでよし。
「俺も貴様に用があったのだ」
「……なん、だと? どういうことだ?」
「これについてだ」
俺は鞄から、華美な装飾が施されたコンパクトを取り出した。
それは、母上の部屋から持ち出したもの。
母上が、亡くなる最後の日も使用していた、美しくなる魔法の粉――ファンデーションだ。
「それは、俺の……」
「そうだ。貴様が作っていたファンデーションだ。これは俺の母上も使っていた。使用すると顔が白くなるし、毛穴が消える。美しくなれると、母上は気に入って使っていたようだ」
「そ、そうか。じゃ、じゃあ何故俺の店を潰した!?」
「毒だからだよ」
「――!?」
「もしかして、気づかなかったのか? それとも、気づいていたのに、あえて無視をしていたのか?」
尋ねると、男の目が少し泳いだ。
これは知っていたな。
きっと、何度もクレームが入っていたはずだ。
これを使うと体調が悪くなるとか、子どもが死んでしまったとか。
それも一件や二件じゃない。大量に、だ。
それを、この男は握りつぶした。
王国で一番売れている化粧品だということ、貴族のご婦人たちにも人気だということ、そして背後にヴァルトナーがついているということ。
それらの状況が、彼を傲慢にした。
こいつは他人の命を捨てて、大金を選んだのだ。
「このファンデーションを使っていた母上は、二年前に死んだよ。そこから俺は、なにが母の命を奪った原因か調べた。その結果、こいつに行き当たったというわけだ」
「何を馬鹿げたことを。ど、毒なんて売るはず、ないだろ……」
「初めは、何も気づかなかったのだろうな。だが、これは毒だ。実際、俺はこれを餌に混ぜて実験をした。結果、餌を食った魔物は見事に死んだぞ」
まあ、正確には成分を抽出して、濃縮したものを使ったんだがな。
俺のレベルが4に上がったのは、その実験の副産物だ。
「このファンデーションが、俺の母上の命を奪ったんだ。これで、貴様の店を潰した理由が理解出来たか?」
かつての日本でもあった、有名な話だ。
白粉を使って気分が悪くなる者がたくさん出た。
乳母が白粉を使っていたせいで、乳飲み子が死亡したなんてこともあった。
それら異変の原因は、白粉に入った鉛だった。
使った者が皆、鉛中毒になったんだ。
豪華なコンパクトに入った
炎色反応じゃ同系色になる元素が多すぎて特定出来ないし、鉛を確認する試薬なんてもんはこっちの世界にないからな。
だが、毒が入っていたのは間違いない。
その毒で、母上が亡くなったことも……。
母上の最後の姿を思い出すと、俺の中でむくりと、何かが目覚める気配を感じた。
それは一気に全身を駆け巡る。
熱くなった血液が頭に上った時、俺の体は勝手に動いていた。
「貴様は自身の商品に致命的な欠陥があることを知りながら、金を稼ぐために見て見ぬ振りをした。その結果、俺の母上だけでなく、多くの子どもたちの命を奪った。貴様は――王国のゴミだ」
「ち、ちが……俺は……知らない……なにも知らないッ!」
「このゴミを掃除しようにも、これまでファンケルベルクは一切手が出せなかった。なぜだかわかるか?」
「ヴァ、ヴァルトナーが、守っていたから……」
「くっくっく……。貴様から後ろ盾を引き剥がすのに、なかなか苦労したぞ? ヴァルトナーはああ見えて、義理堅いからな」
正確には、金のなる木は枯れるまでへし折らない。
一年前。
俺はエレン婦人と交渉の末、このファンデーションの流通封鎖を勝ち取った。
俺が化粧品を持ち込んでも、それだけではエレン婦人は頷かなかった。
最終的に頷かせたのは、ファンケルベルク流の――脅迫だ。
『これが毒だって気づいてますよね?』
『ならエレンさんは、どうして今、この〝アドレアいち〟と言われるファンデーションを使用されていないんですか?』
『知っていて、俺の母上に忠告をしなかった――見殺しにした』
あとは、両家がぶつかって国が不安定になる可能性をほのめかしながら、この男を守るにはデメリットが大きくないかと、丁寧に〝オハナシ〟させてもらった。
そうしたら、あっさり折れた。
まあ、仕方ないよな。
誰だって、他人を守るよりも、自分が一番可愛いもん。
他人の命を守るためにとんでもない対価を支払うくらいなら、さっさと切り捨てたほうがいい。
「ヴァルトナーの後ろ盾さえなくなれば、あとはファンケルベルクの出番だ」
この男をこちら側に引きずり込む。
じゃなきゃ、手を出せないからな。
俺は手を胸に当て、慇懃に頭を下げる。
「ようこそ、我々の領域へ」
「や、やめてくれ! ま、まだ死にたくないッ!!」
「ほう? 他人を殺害しようとしといて、自分は生きながらえたいと? 汚物に勝るクズの言葉は、聞くに堪えんな」
影を操り、口を塞ぐ。
少しずつ影の中に埋まる。
ガクガクと震える男の瞳から、ボロボロと涙が流れ落ちる。
「――ッ! ――ッ!!」
「醜いな。生きる価値もない」
「~~~~~ッ!!」
「これまで自分の商品で殺してきた者に懺悔をしながら――去ね」
「――」
影はあっという間に男をすべて飲み込んだ。
これで、復讐――母上の仇討ちが終了だ。
ふぅ、と少し力が抜ける。
体に自由が戻った。
さっきのあれは、エルヴィンの魂……だったのかもな。
直接面識のない母上の仇討ちに対して、あそこまで感情を高ぶらせるのはおかしいもんな。
「エルヴィン様、その……大丈夫でしょうか?」
「……ああ」
ハンナが近づいて来て、俺は少し頭が痛い。
そうだ、今度はこっちがあるんだ……。
正直、めちゃくちゃめんどくさい。
――が、今後のためにもやるしかないな。
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