第5話 父母の残滓

 ステータスアップのために立てた計画だけど、初日で心が折れそうだ。

 でもまだ、やるべきことが1つ残ってる。


 魔法だ。

 この世界には、魔法がある。


 魔法がある!!(重要なことなので二回ry)


 やっほう!

 さっそく魔法の勉強だ。


 学校ではまだ、魔法を教えてくれない。

 体が出来上がってないとか、そういうことではなく、単純に危ないからだ。

 そりゃそうだ。


 魔法は扱いを間違えると、簡単に怪我をする。

 最悪、人が死ぬ。

 だから、多少自制心が育った中等部からじゃなきゃ、公共機関としては魔法を教えられないんだろう。


 あくまで公共機関としては、だ。

 貴族のように個人的に教師を雇えば、初等部であっても魔法の勉強が出来る。


 うちも貴族だけど、いまのところ魔法の教師は雇っていない。

 そもそも、そういう話が出る前に両親、死んじゃったしな……。


 今年度の予算は既に決定済み。

 なので、新たに教師を雇うお金はない。


 つまり、独学しかない。


「かなり効率が落ちるが、仕方ない」


 家の書斎から、魔法にまつわる本を探す。

 すると、俺の手でも取りやすい位置に、初心者向けの魔法学の本が並んでいた。


『初心者でもわかる! 魔法の使い方』

『魔力基礎~簡単レッスン集~』

『手軽に属性と性質を知る方法』


 すべて真新しい。

 奥付を見ると、ここ数年の間に出版したもののようだ。


 子どもでも手に取りやすい場所にある、子どもでも読みやすい本。

 ――ああ。これ、両親がエルヴィンのために用意した本だ。


 うちの子がこっそり書斎に入って、この本を手に取ってくれればいいな。

 そんなことを思いながら、本を買ったに違いない。


 二人の悪戯心というか、願いというか……。

 家族の愛が感じられて、鼻がツンとする。


 どんな人、だったんだろうな。

 二人とのエピソードを思い出そうとしても、なかなか難しい。

 だって真っ先に浮かぶのは死に様なんだもん。

 それくらい二人の死は、エルヴィンにとって衝撃的だったんだ。


 ……少しだけ、二人の人となりが知りたくなった。

 まず父の執務室に入る。

 執務机に、来客用のソファとテーブル。

 たぶん、当時のまま。掃除だけはきちんとされていて、ほこりっぽさを感じない。


 インクと革と紙の臭い。

 少し、父の笑顔が脳裏をよぎった……気がする。

 でも、それ以上はなにも思い出せない。


 次に俺は、母の部屋に向かった。

 ここも当時のまま残されていた。

 天蓋付きのベッドに、化粧台と、大きな箪笥が三つ。

 化粧台の上にはまだ、母が使っていただろう化粧品が並んでいた。


 まるで時間が止まったみたいだ。

 ここにいると後ろの扉が開いて、「何やってるのエルヴィン?」って、母の優しい声が聞こえて来そうで……。


 もう少しで思い出しそうなんだけど、心の殻がかなり固い。

 一旦諦めて、俺は化粧台に近づく。


「……よしよし。化粧品はあるが、化粧水はないな」


 くくく。

 これで、俺の作った化粧水の爆売れは決定だな。


 化粧品の中に、ひときわ豪華なコンパクトがあった。

 金と宝石で装飾されていて、外側だけで相当なお値段になりそうだ。


 コンパクトを開くと、パフと、使いかけのファンデーションが見えた。

 このファンデーション、かなり白いな……。


「…………」


 本来はやらなくていいことだけど……これも何かの縁だ。

 俺はコンパクトをこっそりポケットに忍ばせた。


 本を抱えて、部屋に戻る。

 その頃には教師を雇うなんてことは、選択肢からすっかり除外されていた。


 本を読みながら、書かれていることを実戦する。

 まずは、魔力を感じること。


 おへその下あたりに、通称〝魔力袋〟がある。

 そこに蓄えられた魔力を、目を瞑って探る。


「……これ、か?」


 試してみると、すぐにそれは見つかった。


 本には『この魔力を感じるだけで、数ヶ月かかかりますが、諦めてはいけません』と書かれている。


 これだけ早く魔力を見つけられたのは、日本人として生きてきた経験があるからだろう。

 元々ない感覚があったら、誰だって気づける。


 逆に、既にあるものを感じ取るのは難しい。

 血流を感じ取ってください、って言われてもまあ難しいよね。

 でもゾンビが生き返ったら、たぶん『おー血が流れてる!』ってすぐ血流を理解するよ。


 だからまあ、数ヶ月かかるというのは本当なんだろう。


 魔力を感じ取ったら、次は魔力の移動だ。

 魔力袋から少しだけ魔力を抜き出して、その塊を全身移動させる。


 ……なにこれむずい。

 魔力、めっちゃ重いし、無理に動かそうとするとすぐ消える。


「まあでも、すぐに出来たらありがたみがないよな」


 技術は一日にしてならず!

 勇者と出会うまでにまだ7年あるんだ。

 焦らず、じっくり取り組もう。


【知力+1UP】



 トレーニングを開始してから三日目の朝だった。

 いつもはノックで目覚めを確認するはずのハンナが、大慌てで部屋に飛び込んできた。


「大変ですエルヴィン様! 異常事態です!!」

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