第4話 仕込みとトレーニング

「ユルゲン。少し寄りたいところがある」

「どちらに向かいますか?」

「市場へ」

「承知いたしました」


 市場につくと、ユルゲンを伴って出店を回る。

 少し回ると、狙いの品が見つかった。


「三つほしい」

「こちら、ですか?」

「ああ」

「ええと……なににされるンで?」

「少しな」


 ユルゲンが初めて、困惑の表情を浮かべた。

 たしかに、公爵家の子息にコレがほしいと言われても困るだろう。

 だが俺にはこれが必要なのだ。


 人の頭ほどあるそれを三つ購入して家へ。

 ユルゲンに自室まで運んで貰い、部屋に鍵をかける。


 さて、ここから一仕事だ。


 購入したのは、日本でいうところのヤシの実だ。

 見た目は同じだが、はたして中身も同じかどうか……。


 ヤシから中身――成分の抽出を行う。

 やり方はわかる。

 なぜなら中学生の時に、いろいろと試したからだ。


 ほら、毒々しい薬品を作るマッドな科学者って憧れるだろ?

 ……いや、そうでもないか。

 まあ、中学生男子ってのは格好いいものに憧れる病にかかるもんだ。

 そして俺はもれなく病気に罹患した。


 学校からビーカーとかフラスコとかこっそりくすねてさ。

 そのへんで摘んできた雑草から、成分を抽出して、よくわからない液体とか作ったなぁ……。


 良い香りの液体が出来た時、調子にのって火であぶったら三日間くらい寝込んだな。

 これ絶対いつか死ぬ、って正気に戻って以来、マッドサイエンティストには憧れてない。


 まあ、そんなわけで、石けんを作るなんてお茶の子さいさいなわけだ。

 ひとまずビーカーとかフラスコの代用品を探す。


 机の上のランプとか、棚に収納されたカトラリーとか、使えそうなものが一通り揃ってる。

 さすがは公爵家、といったところか。


「よし出来た」


 さくっと石けんが完成。

 後ほど性能試験をするとして、本当の目的は次の工程だ。


 石けんの製造過程で出た廃液からグリセリンを抽出。

 それを純水と混ぜて、瓶に詰める。


「よし、完成だ」


 本当にこれでいいのか? って不安になるくらい、化粧水作りは簡単だ。

 だって、水にグリセリン5%を混ぜるだけなんだもん。


 よくこんなものに、何千円とか何万円とか、お金をかけるよなあ……。

 市販品に入ってるのはグリセリンだけじゃないんだろうけどさ。


「さて、あとは性能試験だが……」


 自分の体で試すのは、少し怖い。

 大した設備のない異世界で作った、っていうのもそうだし、そもそも使った実はヤシと同じなのかっていう疑問もある。

 自分の腕前が衰えている可能性も否定出来ない。


 これで化粧水を肌に付けた途端、爛れたら目も当てられない。


「さてどうする――」

「エルヴィン様。夕食の準備が整いました」

「……ふむ」


 くっくっく。

 タイミング良く試験体いけにえが見つかったぞ。


 どうせハンナは最終的に俺を裏切るし、モルモットになってもらっても……いや、これが原因で離反とかだったらシャレにならんな。


 でも……まあ、ここは彼女に泣いて貰おう。

 俺は自分が可愛いからな!


 扉の鍵を開けて、ハンナを招き入れる。


「丁度良かった。ハンナ、これを」

「これは、なんでしょうか?」

「石けんと化粧水だ。一週間ほど、これを試してくれないか」


 使い方を説明する。

 石けんで顔を洗ったあと、化粧水をたっぷり顔につける。

 やり方はこれだけだが、注意点もしっかり伝える。


「これは、人によっては肌に合わないこともある。もしなにか肌に異常が出たら、すぐに使用を中断して、俺に報告するように」

「承知しました」


 ふふふ。

 念のため、保険をかけておいたぞ。


 これは俺が悪いんじゃないよ! 肌との相性が悪かったんだよ!

 こう言っておけば、もしハンナに異常が出ても、俺の責任にはなるまい!


 くっくっく……。


 すまないハンナ。しかしこれも世のため人のため、俺のためなんだ。

 そのために、踏み台になってくれ!


 ハーッハッハッハ!


 こうして、俺のお金儲け大作戦は第一歩を踏み出したのだった。




          ○




 金策は一歩進んだので、次は力だ。

 レベルを上げて物理で殴れば、みたいな言葉があるけど、このゲームは基礎値が低ければレベルを上げても成長しない。


 だからレベルを上げる前に基礎の底上げだ。


 朝、少し早く起きて庭で木刀を振る。

 訓練方法は、ゲームで少しはかじっている。


 VRで自分が動かした通りの軌道を再現する。

 全力でやったら、体重差で木刀に振り回される。

 だから初めは眠くなるくらいゆっくりやる。


 百回ほど木刀を振ったら、腕がパンパンになった。

 9歳児だし、トレーニングなんてほとんどしてなかっただろうから、仕方ない。


【腕力+1UP】


 訓練が終わったら、次は学校。

 今日から馬車通学をやめ、ランニングで登下校だ。


 学校まで二キロの道のり。

 背中に授業道具を背負って走るのは、なかなかしんどい。


「はあ……はあ……!」


 だが、走らなければ走れない!

 初めは苦しいが、いつかは楽に走れるようになるはずだ。


【体力+1UP】


 学校ではぼっち。

 ふっ、ガキどもに煩わされずに学業に専念できるから有り難い。


【精神力+1UP】


 ……ぐっ!

 寂しくなんかないやい!


 学校が終わると、ランニングで帰宅。

 疲れた……。めっちゃしんどい!


 ステータスアップのために立てた計画だけど、初日で心が折れそうだ。

 でもまだ、やるべきことが1つ残ってる。

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