第3話・不釣り合いな二人

 尾張南高校普通課二年四組、本田類。

 昨年2020年十二月に中途入学という形で入学。自らその身分を明かすことはついぞなかったが、周りからはヨーロッパ系の帰化人ではないかと噂されていた。というのも親が相当な金持ちであるらしく、名古屋郊外に二百坪もある大邸宅に住んでいるそうだ。

 男性の友人に恵まれる一方、煤や油で汚れた手で机に触ったことがきっかけでクラスの女子からは嫌われがちであった。

 なにかと二年五組の鈴原香蓮に執着しており、話しかけてはそっけない態度をとられたり、メールで粘着しては女子から強い態度で当たられることがしばしばであった。

 そしてこの男は、先週にも鈴原香蓮を誘って玉砕している。

 それが恋慕によるものなのか、はたまたその他何かの打算的試みがあったのかはわからない。

「ねえって聞いてるんだけど。」

 類はそう急かしてくる。

「……赤髪の青年にここを言われてきた。あなた、どういうつもり?」

 そう聞きかえす。

「ああ、そうだね。ボクがなんでこんなことをしているか、君にはわからないよね。」

 言動から悪気や申し訳無さが感じられない。

 というか、さっき「もう少ししたら連れてこようと思ってたのに」とか言っていたか。ということは、香蓮などハナからどうでもよく、もっぱら目的は私だったのか。

「でも大丈夫だ。ボクは君たちを傷つけようなんて気持ちは一ミリも無いんだ。」

「こんなことしておいて、よく調子に乗ったことが言えるわね。」

 類を睨みつける。しかし、ルイは何も気にせずに会話を続ける。

「ボクの要望は1つ。君。大和めぐみに手伝ってもらいたいことがあるんだ。」

 私に手伝ってもらいたいこと。こんなことまでして私にお願いしたいことってなんなんだ。ロクでもないことであるのは容易に想像がつくが。

 しかし、それは私が思っているよりもぶっ飛んだことであった。

「ボクはなりたいんだ!王様に!」

 いったい何を言ってるんだこいつは。

「天皇の位の簒奪でもしようってわけ?」

「そうじゃない。」

 類はテンポを1つおいて、自分語りを始める。

「ボクの本当の名前はルイ!日本語だとカタカナでルイ、フランス語だとlouisだ!」

 混乱する私を尻目に続ける。

「みんなは覚えている全名をボクは覚えちゃいない!けれど、太陽王と呼ばれた十四世!十字軍の英雄九世!ボクはきっとそんな偉大な国王だったんだ!」

「……前々からへんなやつだとは思ってたけど、まさかここまでイカれたやつだったとはね。」

「何を言っている。本当のことだ。」

 まあ、本人がこう言うのだから今は本当ということにしておこう。っていうか、”みんな”ってことは仲間がいるのか。まずいな、隙を見て携帯で警察に助けを求めなければ。

 よくよく考えてみれば、最初から一人で突撃せずに警察にでも通報すればよかった。何も考えずに突っ込むところは、前回から何も学んでいないことに気付かされた。

 そう考えながらポケットからスマホを取り出して通報しようとする。

「そうはさせないよ!」

 ルイがそう言い放った瞬間、右手に閃光が通り過ぎるのと同時に右手に痛みが走る。それはまるで沸騰した湯に一瞬だけ手を突っ込んだような痛みだった。手から離れたスマホが前方数メートルまで滑っていく。何をされたか全く分からなかった。

 ルイの方を見る。彼は手には何も持っておらず、強いて言うならば手でピストルの形を作っていた。とりあえず、そう簡単に応援を呼ばせてはくれないことは理解できた。

「痛かったかい?威力は調整したつもりだったんだけどね。大丈夫。言うことを聞いてくれれば、これ以上痛いようにはしないさ。ただ、ボクの少しのお願いを聞いて欲しいだけさ。」

「……で、王様になるって言ったて、私にお願いすることがあるのか。」

 そう聞くと、待ってましたと言わんばかりにこちらに目を輝かせてくる。

「そう、ボクはもう一度、この身でなりたいんだ、国王に!」

「けど、それをするためにはまずは”ゲーム”に勝たなければならないんだ。」

 ゲーム?ゲームとはなんだろうか。無人島でデスゲームにでも参加しろってことだろうか。

「……で、私に世界征服でも手伝えって?」

「そうじゃない。僕を邪魔するヤツらがいるから、僕と一緒にそいつらと戦って欲しいだけなんだ。」

「そもそもあなたはなんなの?ゲームってなに?敵って誰?」

「それはまだ言えない。けど、僕の願いを聞いても聞かなくてもいずれそれは分かるさ。」

 話が読めない。何かすら分からない敵と戦うために、私の友達を誘拐して半ば強制的に協力させる?こいつは交渉のやり方すら知らないのだろうか。そんな体たらくでよく王様になろうとかほざいたものだ。

「で、協力してくれるかい?協力してくれるなら痛いようにはしないさ。」

「既にこんな酷い目に遭わされて協力するとでも?」

 そう言い放つと、ルイはつまらなさそうな顔をした。そりゃそうだ。せっかく長々と話したのに、それが無に帰したんだから。

 ムスッとした顔を直し、仕切り直して話を振ってくる。

「けどね、ボクが君の友達を人質にとっていることを忘れているのかい?」

 そんなことはよくわかってる。動けない香蓮を抱えてここから素早く退く方法なんてさっきから足りない脳みそをフル回転させて考えている。けれどよくよく考えたら今香蓮は私のそばにいるよな……。これって人質として成立してないような気がするのは私だけだろうか。

 ルイもそれに気がついたようで、私のそばに倒れている香蓮を一度見た後にきれいな二度見をし、ようやく自分の失態に気がついたらしい。

 顔に焦りの表情が浮かんでいるのが丸わかりだ。けれども、ルイは「コホン」と咳を一息ついて、話始める。

「け、けどね。君もその子を抱えてここから逃げるなんてことはできないだろう?」

 それは確かにそうだ。ここにはバカが一人だけじゃなくて二人いたようだ。外は人通りが少なかったし、ここから大声で呼んでも助けは来ないだろう。

 となると、香蓮を抱えた状態で逃げるのはやはり難しい。香蓮が目を覚ますと良いのだが……話でもして時間を稼ぐか?と思ったが、どうやらそんな時間もなかったようだ。

「ええい、とにかくだ。君が快諾しないなら手段はただ一つ。力ずくでこっちの要求を呑んでもらう!」

 ルイが片手で空を払うと、何もなかった空間にメロンぐらいの大きさのガラス球が数個姿を表した。それは鈍く光りながら上空に昇っていく。それと同時に物陰から煌々と光る同じくメロン大のいくつかのガラス球が姿を表す。

 私の目が確かなら、それは確かに浮いているように見えた。糸?それともドローンかなにかか?上空を見ても種も仕掛けもない。

「これは君が採った選択だからね。後悔しないでよ。」

 ルイはそう言うと、手をピストルの形にしてこちらに向ける。さっきと同じだ。私はとっさに近くのドラム缶の山の中に香蓮を抱えたまま逃げ込む。

 それと同時に、私と香蓮がいたところにさっきと同じ閃光が走る。着弾点は蒸気を上げて少し黒く焦げていた。当たればさっきのように軽い火傷では済まされない。

 あれは一体なんなんだ。手品の類のようには見えないし、彼はなにか武器を持っているようには見えない。それとも超能力かなにかなのか?いや、まさか。アニメや漫画じゃあるまいし、そんなはずはない。

「かくれんぼかい?隠れるにしてももう少しうまく隠れてよ。」

 カツカツと音を建てながらこちらへ歩みを進めてくる。ガラス球から溢れる光が暗闇をうっすら照らす。

 どうする。相手は訳の分からない術を使ってくる。そしてそれを喰らえばただではすまない。助けも呼べない。そしてこちらには相手に渡したらまずい人質が一人。四面楚歌とはこのことか。

 とりあえず、ルイの裏をとってどうにか入り口から逃げる。幸い、ルイは入り口の方から離れており、そちらはおろそかになっていた。

 香蓮を背負い直し、粗大ごみの山を縫うようにルイの視線に映らないように逃げる。幸い、ルイは私の後ろをゆっくり追いかけているようで、先回りなどはしてこない。

 遠回りをしつつも、出口まであと一歩のところまで来た。あとすこしであいつから逃げられる。けれど、あちらのほうが一枚上手だった。

「逃げようったって無駄だよ。」

 ルイがそう言った瞬間、私の真上をあっという間に閃光が駆ける。そしてその光は狭い路地裏の、建物の間に掛けてあった薄い木の板に当たり、熱と衝撃でその形を保てなくなった板は、その上に乗っていた粗大ごみと一緒に私の目の前に落ちてきた。それは見事と言わんばかりに私の退路を塞いだ。

 私はその瞬間にルイの次の一手を読むことができた。いや、読んでしまった。そしてそれは見事的中する。

 体ごと勢いよく後ろを振り向く。ルイは手をピストルの形にしていた。閃光が腹に飛び込んでくる。思わず腹を抱え、背負っていた香蓮が背中から滑り落ちる。

 その閃光は想像を絶する威力だった。食らった部分の服は焼け焦げ、腹の表面は爛れ、その割れ目からかろうじて真っ赤になって形を保った真皮がこちらを覗いていた。実際にされたことがないので分からないが、例えるならば腹の部分だけじっくりバーナーで炙られたされたかのような痛みだった。

 香蓮は背中から滑り落ち、私は思わず右手で腹を抱えながら地面に突っ伏す。

「彼女を置いて逃げれば、さっきの退路を防ぐのに間に合っただろうにね。そこまで他人に尽くせる様には惚れ惚れするよ。」

 そうやって私を嘲笑するように私の目と鼻の先に立って見下してきた。

「これでわかったでしょ。君は僕には敵わない。今のも君を殺さないようにしたんだからね。」

 ニタニタと笑いながら勝ち誇ったような顔をしている。

「君もわかってると思うけど、もう君には協力するっていう選択肢しか残ってないんだ。もし君が同調してくれなくて『敵』に周るようなら、ここで……。」

 そう言ってルイは私の横腹に蹴りを入れた。蹴り自体はそこまで強くないが、傷口に響く。

「始末しなきゃいけないんだよね。」

 私は香蓮から引き剥がされたが、ルイは私にしか興味が無いらしい。人質を有効に使うという考えは無いようだ。

 蹴りの威力から考えるに、力はそこまで強くない。何か武器を持って近付けばまだやり合える。ルイは一年のころ行われた高校一年生男子の腕相撲大会でも下から3番目だったはずだ。

 上空を見ると、外から何かが降りてきた。さっき浮かんだガラス球が、煌々と光を放ちながら降りてくる。そしてまた交代で、無色透明のガラス球が空へ登っていく。

 おそらくだが、あの光線はあのガラス球から発射される。そしてガラス球から発射される光線は、太陽の光がエネルギー源だ。そしてここは路地裏で、日も浅いので日光が入ってこない。だからルイは一々ガラス球を上空に上げては降ろしてを繰り返している。やはり頭脳はそこまでらしい。

 そんなことを考えているうちに、ルイが一歩ずつこっちに歩み寄ってくる。近くに落ちてた細長い角材を握りしめ、腹綿が捻れるような痛みを抑えながらルイへ一気に距離を詰める。

「なっ……!」

 咄嗟に腕でガードされたが、ルイはよろめき、尻もちを付いた。その隙に物陰へ隠れる。香蓮はそのままだ。

「くっ、何クソ!」

 ルイはガタン、ガタンとゴミの山に足を突っ込みながら私を必死に探している。やはり、私を捕らえることに躍起になっているらしい。

 幸いなことに、光線で負傷したのと同時に傷が焼かれたため、出血は大して無い。

「そこか!」

 ルイはガラス球に命じ、物陰から姿を表した物を撃ち抜いた。しかし、それは私がゴミ山から拾って投げたガラケーだった。

 相手の球は有限ではない。しかし、日光でエネルギーを補充しているのが本当なのだとすれば、そのチャージに時間がかかるはずだ。なら、チャージが終わるまでに全て使わせてしまえばいい。

 角材を捨て、手頃な鉄パイプを握りしめる。ゴミ山の影を走り抜ける。ちらりと覗いたときに見えた残りの残弾数は七発。体を少し晒すと、面白いぐらいに反応して無駄撃ちしてくれる。残り五発。

「ちょっ!」

 落ちていた壺を物陰越しに投げつけ、距離を詰めるフリをする。案の定、焦ってよく狙わずに三発も無駄撃ちしてくれた。残り二発。

 しかしここまでずる賢く立ち回っているとあちらも警戒するようで、なかなか無駄撃ちしてくれなくなった。時刻は午後六時手前頃。いつまで香蓮に興味を示さず、私を拘束することに躍起になっていてくれるかわからない。何か良い案は無いかと思うと、ゴミ山の中に足付きのキレイな化粧鏡が姿を見せた。左手で持ってみると、片手で持てるほどの重量だった。あいつの攻撃が光に由来するものなら、これで跳ね返すことができないだろうか。

「何をしている。はやく出てこい!」

 ルイはそう急かすが、距離を詰められたくないのかなかなかこちらに寄ってこない。いける。

 右手に鉄パイプ、左手に姿鏡を盾代わりにもって一気に距離を詰める。ルイは咄嗟にガラス球に命じ、私へ向けて光線を放ってきた。

 姿鏡を構えると、見事企んだ通りに光線は反射され、明後日の方向に飛んでいった。残り数歩。あっちのガラス球は残り一個しか無い。空中で光を補充してるガラス球もまだ光が鈍い。いける。

 しかし、そんな淡い希望は叶わなかった。ルイが軽く握った拳を上へ上げ、そして俯く。拳の指の隙間からは小さいが煌々と光を放ったガラス球が姿を見せた。

「フラッシュ!」

 そうルイが叫んだ瞬間、路地裏にまばゆい閃光が放たれる。しまった、そういう使い方もあるのか。目を潰された。眼の前が真っ白になっている。どうなった?

 辛うじて目が見えるようになった時には既に手遅れだった。

 最後のガラス球を鷲掴みにしたルイは、私のみぞおちにめがけてゼロ距離で光線を放ってきた。そして、さっきとは比にならないほど重い蹴りを左脇腹にかまされた。経験はないが、まるで原付きバイクかなにかに撥ねられたような重さだった。

 右のゴミ山へめがけて体ごと突っ込んだ。やられてはいけない血管をやられた気がした。朦朧として痛みが曖昧になっていて、かつて無いほど出血しているのがわかる。

「君みたいな経験の浅いやつは、ああやって格闘で誘えば乗ってきてくれるんだよね。第一、格闘に自身がないやつがこんな狭い裏路地に誘い込むわけないでしょ。元々『あいつら』に渡る前だったら殺しておいたほうがこっちの得だったし、これで良かったんだ。」

 そうか、ブラフだったのか。あんな細い体からどうやったらあんなパワーが出るんだろうか。

 私が想定より早く到着すること以外はすべてあいつの手のひらの上だったってのか。フラッシュの効果が薄まったが、それと同時に視界が暗くなっていく。

 結局あいつは何者なんだ。なんで私は訳の分からない理由で殺されなきゃいけないんだ。

 そしてなにより、香蓮はどうなるのか。まさか、このまま解放されるなんてことはないだろう。そうだったら願ったり叶ったりだったが、そんなわけないか。

 私が不甲斐ないばかりに、香蓮を危険な目に遭わせてしまった。ああ、私があのとき香蓮と一緒にいれば。後悔に浸っていると、よもやそんなことを考える余裕すらないぐらいに気が遠くなっていく。

 意識を失う頃には痛みはなかった。そこには、骸になっていく”私”が横たわっているだけだった。




  目が覚めると途方もなく広く、天と地の境目。地平線が無い真っ白な空間にいた。冷たく、冬の終わりに出た霧の日のような空気。

 これは夢か。そう思った瞬間、出血で気を失ったことを思い出した。ハッと目が覚める。それと同時に自分の腹や胸を触る。けれど、血は一滴も出ていないどころか、怪我すらなかった。

 となるとこれがあの世か、もしくはまだ死んでいなかったとしてこれはいわゆる走馬灯。いや、明晰夢というやつなのだろうか。

 手をついて立ち上がる。床は巨大な一枚の石英のようなで、少しひんやりとしていた。

 ここはどこだろうか。あの男は?香蓮はどうなった?しかし今の私にそれを知るすべはない。

「……来い。」

 どこからか声がした。けれど、耳で聞いたわけではない。脳みそに直接情報が流し込まれる。まるで強制的に他人の脳内を見せつけられているような不快な感覚。

 振り向くと、後ろには濃い霧がかかっていた。真っ白な空間で気付かなかったが、霧のグラデーションが一面を覆っていた。そこの向こうになにがあるか分からなかったが、誘われるようにその霧の中に歩みを進める。

 いったい何分歩いたか覚えていない。『私はこのまま歩みを進めなければならない』という義務感に追われるように歩き続けた。

 霧の中を進んでいると、ぼんやりと霧の奥に巨大な影を見た。その影に取り憑かれたように更に進む。

 その影の輪郭がある程度見えてきた時、目の前に透明な壁があることに気がついた。これより先には進めない。

「来たようですね。」

 また脳内に言葉を流し込まれた。けれど、不快な感覚はないうえ、なぜか目の前の大きな「影」が語りかけてきていることはわかった。

「あなたは誰?神様ってやつ?これが最後の審判?」

 影はだまったままだ。

「まさか、私の最期があんなだったとはね。畳の上で死ねなかったのは残念で仕方ないわ。」

「……まずは、自己紹介をしましょう。」

 私の自暴自棄の末に出てきた言葉を無視して語りかける。

「私の名前はデモクラス。神などではありません。」

「それじゃここはどこなのよ?」

 影は押し黙る。まるで本当のことを言いたくないように。

「……ここは私の精神世界とでも言いましょうか。しかし、今はそのようなことはどうでも良いのです。」

 となると、ここはあの世などではないということ。

「つまり、私は死んでないってこと?」

「そのとおりです。そして、あなたが今危機的な状況に追い込まれていることを私は知っている。」

「だったら早く返してください!私の友達が危ないんです!」

「落ち着くなさい。まずは1つづつ。」

 焦った私は影に鎮めさせられた。確かに、焦ってどうにかなる状況ではない。

「まずですが、私はあなたが死んだあの瞬間で蘇らせることができます。しかし、今蘇らせてもあの男にもう一度殺されるだけでしょう。」

 それもそうだ。光の速度であんな攻撃をなんの対策もなくびゅんびゅん繰り出されたら、勝てるものも勝てやしない。

「そこでです。」

 影は本題を切り始める。しかし、その話を始める前に気になることが1つ。あの瞬間で蘇らせることができるなら、時間をたっぷり使っても申し分ないだろう。

「あなたは誰なの?それが分からないと信用できないわ。」

「だから、私はデモク……」

「そうじゃなくて、あなたは何者なの?ってこと。」

 影はまた黙りこくった。わかることがあるとすれば、こっちもあまり信用されてない。もしくはあっちが私に言ったら信用されなくなってしまう秘密を隠しているかの二択だ。

「まずですが、私のすべてを明かすことはできません。けれど、今はとある”概念”であるとだけ言っておきましょう。」

 隠し事をしている。けれど、今の私にそれを指摘する余裕がない。私は帰らねばならない。

「概念ってどんな概念?生とか、死……みたいな?」

 軽く問いかけるが、それは無視された。

「そして私がいつから生きているのかは、私にもわかりません。私は数千年前……いや、もしくはもっと前からうっすらと意識が存在し、最近意識がはっきりしてきたのです。」

 数千年とか、急にスケールのでかい話が出てきたな。神話級の世界じゃないか。影は「まあ、概念に『いつから生きているか』というのも、おかしな話ですがね」と笑っている。

「けれど、私の命も終わりが近いです。……もっとも、あなたたち人間の寿命で考えると、ずっと、ずっと遠い未来の話ですが。」

 さっき、この影は自らを概念と称していた。となると、寿命が数千年あるのも納得だ。そもそも概念に寿命というものがあるのはちょっと違う気もするが。

「……で、だからなんなの?だから私の延命処置でもしろって話?」

「そうです。」

 おっと、予想が当たってしまった。あっちの話を乱してしまっただろうか。しかし、話が読めてきた。

「つまり、私を蘇らせる代わりに延命処置を手伝え、ってことでしょう?」

「そのとおりです。話が通じる相手で嬉しいですね。」

 褒められたが、まるで見下されているようで良い気はしない。

 「しかし」とまた1つテンポを置いて話し始める。

「先ほども言った通り、あの場で蘇らせてもあの男にもう一度殺されてしまうのがオチでしょう。」

 事実だが、いちいちむかつくことを言うものだ。もっとも、あの男をどうにかできない私の力に問題があるのだが。

「先程から『蘇らせる』とは言っていますが、厳密には蘇らせるのは副産物に過ぎません。」

「どういうこと?」

 言っている意味が分からない。まず、蘇らせるということそのものが超常的なものなのに、それが副産物に過ぎないとは何事なのだろうか。

「あなたに力を与えましょう。」

 力……というと、ルイが使っていたような力ということだろうか。

「力ってことは、ルイが使っていたようにあの光線を飛ばすやつ力を、私にもくれるってこと?」

「いいえ、違います。」

 こいつは私が知りたいことをいちいち焦らしてくる。しかし、今私と影の力関係ではあちらが上だ。会話の主導権をあちらに握られているのもしょうがないことなのだが。

「あの力は、その者の精神世界や生前の行いを具現化したものです。」

 つまり、あれはその人間によって変わってくる固有の超能力的存在で間違いなさそうだ。

「今は、私の力を与えましょう。しかし、いずれこの力はあなた自身のものとなるはずです。」

 やけに含みのある言葉だ。なぜこいつはすべてを明かさないのだろうか。この真っ白な空間には、私が苛立ってしている貧乏ゆすりの音だけが響いていた。

「第一ね。私はあなたをどうやって信頼すればいいのよ。いきなり理不尽に死んで、その直後に都合よく出てきて力を与えて蘇らせますって、いったいどうやって信じればいいのよ。」

「……最近の人間は、あまり信心深くないようですね。」

 あいつは自身を神とでも思っているかのように態度がでかい。ポジショントークこの上なしだ。

「あなたが、私のことを信頼せずに提案を断るというなら、そうですね……。あなたが何を信奉しているのかは知りえませんが、天国に行くか、地獄に行くか。もしかしたら、輪廻転生……。もしくは無に還るという考え方も」

「分かった。分かったから!とりあえず、この場はあなたを信頼するわ。」

「わかりました。とりあえずの仮の決定でも、私を信頼してくれるのはありがたいことこの上ないです。」

 いちいち図々しいやつかと思ったら、今度は下手に出てきた。よくわからんやつだ。

「その代わりひとつ条件よ。」

 ひとつ条件を追加する。

「今後、また私の前に姿を表すことがあったら、あなたがいったい何者なのか、すこしずつでも良いから教えてちょうだい。それがあなたを信頼する条件よ。」

 こいつについて何もわからずに、結局良いようにされただけだと、私としてもその状況は許しがたい。あくまで、「対等な」関係を装わないと今後に支障が出る可能性すらある。

「わかりました。しかし、私があなたに直接何かを教えなくとも、私が何者なのか、あなたが乗せられた運命のレールをたどっていけば分かるでしょう。」

 まるで私自身に決定権が無いかのような言い方だ。今更何か言い返そうという気もないが、いちいち性に触る。

「……まあいいわ。けれど、今ここで教えて欲しいことが1つ。あなたを延命するとしも、いったい何をすればいいのよ。AEDでも持ってくればいいってわけでも無いでしょうに。」

「そうですね。そこの説明をしなければあなたは何もできないでしょう。」

 これでもし、「私の寿命を五十年伸ばすために、あなたの寿命を50年差し出せ」だなんて言われたらたまったものではない。しかし、影が持ち出してきた答えは、私のその真反対のものだった。

「生き延びてください。永遠に。」

「……永遠に?」

 言ってる意味が分からなかった。永遠ったって、人間には寿命に限りがある。そんなの不可能だろう。

「あのね……。人間には寿命ってものが」

「知ってます。しかし、私はあなたにそれを実現可能にする力を与えます。もしあなたが死んだ時に私の身は朽ち果てはじめ、最期には塵となって”歴史”となります。」

 含みのある言葉が多いが、わかったことはこの条件を呑めばこいつと私は一蓮托生となるということだ。なにより、いま起きていることよりもさらなる厄介事に巻き込まれる予感がする。

 ……決めた。いまの状況を鑑みるに、こうするしかない。

「わかった。受け入れよう。」

 私はこの条件を受けれることにした。面倒事に巻き込まれる予感しか無いが、こうするしか選択肢がなかった。

『わかりました。あなたを蘇らせましょう。……しかし、その前にやってもらいたいことが1つ。』

『――――――――――――――――――――――――――。』

 脳みその中に情報を流し込まれる。無意識に右手を曲げながら軽くあげ、左手を目の前の空に添える。

「私は――の義務を忠実に遂行し、全力を尽して――を維持、保護、擁護することを厳粛に誓います。」

 一部、自分が何を言っているかは分からなかったが、どうやらこれが儀式のようなものであることはわかった。

「良いでしょう。それでは、あなたを現世に返し、そして蘇らせ、力を与えましょう。」

 そういった瞬間、影の後ろから後光が差し始めた。それと同時に突風が吹き始め、吹き飛ばされないように見を屈める。

「私があなたを蘇らせることができるのは、これ一度きりです。蘇るのは、あくまで力を与える副次的な効果に過ぎません。」

 突風に寄って霧が晴れ始め、影の輪郭がくっきりし始める。後光が眩しくよく見えなかったが、また遠のき始める意識のさなかで、その姿がくっきり見えた。

「それと……。あなたが目を覚ましたとき、あなたのそばには頼りになる味方がいます。その者を助け、そして時には自分のために動いてもらってください。」

 大きく口を開け、カーテンのように翼を下ろした巨大な怪鳥の像。それが、その影の正体だった。

 ただでさえ今でも面倒事に巻き込まれてるのに、さらなる面倒事に巻き込まれる。そして、私が日頃過ごしていた”日常”が終わる気がした。

 日本中で連続する怪事件。あの男。あの超能力。そしてあの巨大な「像」。謎は深まるばかり。

 

 私は、事態の渦中に巻き込まれていくこととなる。

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