第2話・事変

 噂が鳴りを潜めたころ、香蓮や数名の友だちと電車で数駅先のここらで最も大きなショッピングモールにいた。

 私が覚えている最も昔からあったショッピングモールだが、ここら一体の再開発プロジェクトの一環として誕生したものらしい。数年前までは敷地面積日本一位のショッピングモールであったが、栃木だったか埼玉だったかにできた同社のショッピングモールに抜かれたしまった。

 ここへ来ることとなった経緯だが、「ダスニーの新しい映画が今週の金曜から上映されるから、土日に観に行こうよ」と二日前に誘われたのだ。ショッピングモール自体は別の友だちと先月に行ったので断ろうと思ったのだが、その映画が少し気になっていたのと、香蓮の誘いだから受けた。

 香蓮以外にも三人の同行者がいる。

「ごめーん!映画のチケットの機械の使い方よくわからなかったからめぐちゃんやってくんない?」

 そう声を掛けてきたのは瀬田凛。私とはあまり仲がいいというわけではないが、香蓮の友達だ。

 というのも、最近まで小笠原だったか奄美だったかに住んでいたが進学を期に愛知に来たらしく、私が知らないのも無理はない。香蓮ともクラスが別であったが、通っている塾でできた友達らしい。私はあまり関わったことがないが、よくネイルをつけてきては先生に叱られているのを見る印象しかない。これは補足だが、壊滅的な機械音痴。香蓮によると、一緒にあそでいると10回はスマホの使い方を聞いてくるらしい。

 凛に頼まれた五人分のチケットを買い終わったが、下の場所に戻っても残りの二人がいない。ふとポップコーン売り場の方を見ると、一組のカップルがいちゃついていた。どうやら何かアラカルトを頼もうとしているらしい。

「二人とも。映画の上映が始まるのはまだ2時間後だから、今頼んでも意味ないよ。」

「そうなの?だってさ若菜。やめとこうか。」

「そうだね、ハンナくん。」

 どうやら人と話すときでも腕組は忘れないらしい。そんな二人はカップルで、女の方は倉本若菜。香蓮ほど古い友達というわけではないが、それでも小学以来の友達だ。香蓮とは違い、常に隣に良い男がいる。小学六年生のころから取っ替え引っ替えで彼氏がいるが、大抵が半年ももたない。香蓮とは違う、本当の意味での魔性の女ということだ。

 男のことは荊棘ハンナ。女っぽい名前だが男だ。私から聞いたわけではないが、どこかの国と日本人のハーフらしい。

 彼はすごく良いやつで、以前に私が話したときも相談を真摯に受け止めてくれた。彼の気の良さは若菜との交際期間に現れている。高校へ入学したばかりの時に付き合い始めた二人だが、いつもの若菜なら半年経たないうちに振るのに、あと少しで交際期間が一年に到達しようとしている。

 余談だが、ハンナの方は私に興味があるらしい。好きだなんだの性的な興味でないことは確かだが、私の懐に入り込もうとしてくる感覚がある。悪い人ではないが、すこし不気味がってしまうのも無理はない……と思う。

 

 一度映画館を跡にし、今はモール内の服屋で香蓮とヨニクロで服を見ているところだった。まだ前回服を買いにきてから一ヶ月も経っていなかったので、くたびれかけている肌着の替えだけを買い物かごに入れて香蓮と合流した。

 香蓮は夏モノの服を見て、「うーん、どっちがいいだろう」と悩んでいた。ただ、香蓮と中学の頃から何回もこうやって服を見に来ているのだが、春終わりや夏に来るといつも思うところがある。

「香蓮。またそうやって露出度高い服ばっか選んで。」

「だってしょうがないじゃん。こういう服しかしっくりこないんだもん!」

 そう。彼女、鈴原香蓮は露出狂……というわけではないが、好き好んで露出の多い服ばかりを選ぶ傾向がある。さすがに冬は露出が減るが、それ以外の季節で彼女が持っているのは基本的にヘソ出しだの、肩出しだの、下着が見えるかどうかのギリギリなレベルでのショートパンツだのそういう服ばかりだ。そして今日の格好も例に漏れず、色こそ地味だが身長を八センチは盛ってるんじゃないかというレベルの高いハイヒールに、脇腹を露出させた服装だ。

「いつも思うけど、なんでそんなに露出コーデにこだわるの?」

「だって、みんなが『香蓮ちゃん可愛いから肌出しとけばモテる』って言うから……。」

 確かに中学の頃から香蓮はモテないことを気にしてばかりいるイメージだ。だけど、彼女は無防備な性格だし、そんな格好ばかりしてたら悪い男にひょいひょいと着いて行ってしまいそうで心配だ。中学のとき、男子がプライベートで露出の多い格好をしていた香蓮を盗撮してその写真が男子の間でばら撒かれたとき、裏で元凶である盗撮男を〆たのは記憶に新しい。

「あのね。確かにそうすればモテるかもしれないけど、それで寄って来るのが悪い男ばかりだと意味ないんじゃないかな。」

「大丈夫だって前々から言ってるじゃん。大丈夫だよめぐちゃん、安心して。私はそんな悪い男に着いていくほど無防備な女じゃないんだから。」

 本当だろうか。ドラマでクズ男に依存したヒロインが嬲られるシーンがお気に入りだと言っていた人間が、本当にそうならずに済むのだろうか。心配で仕方がなかったが、とりあえずその場は「分かったよ。その代わりちゃんと気をつけてね」とだけ言って、Lサイズの白い無地の肌着を精算に通した。香蓮には「もう、昔っから心配性なんだから」と言って茶化された。

 その後は香蓮とは離れて他の友だちとカバンを見たり、興味本位で靴下屋に入ってみたり、イロモノばかりが置いてあるおかしな雑貨屋に入ったりした。特別なにか買ったわけでは無いが、映画上映までの二時間ほどを楽しく過ごせたと思う。

 映画上映の十五分ほど前、私達四人は映画館前のポップコーン売り場に集まっ……四人?五人だったはずだ。誰が欠けているのか見渡してみると、いないのは香蓮だった。お手洗いか何かだろうか。そうやって香蓮と一緒に行動していた瀬田ちゃんに声をかける。

「香蓮はどこだろう。一緒に行動してたんだよね?」

「おかしいな。三十分ぐらい前にめぐちゃんたちのところへ行ってるって言ってたんだけどな。そっちは見てないの?」

 いや、見てない。第一、私は服屋で別れたあとはずっと別行動だった。他の面々にも目を合わせてみるが、何も知らなさそうだ。

「まあメッセージだけ送って席で待ってようよ。きっとお手洗いか、時間を忘れて物色でもしてるんだよ。」

 それもそうだ、とスマホを取り出してメッセージを送ろうとしたその時、館内全体へ向けた放送があった。

「本日はガオンモールにお越しいただきありがとうございます。大変申し訳ありませんが、館内にて重大なトラブルが発生しました。いますぐに屋外への避難をしてください。焦らず、ゆっくりと避難してください。お支払いが済んでいるサービスのご予約をされていたお客様にはレシートや引換券と交換で後日払いもどしを……。」

 そう清澄な声で繰り返し放送していた。

「おいおい、休日が台無しじゃねーかよ」

「えっ、なになに?」

 などと、困惑が広がる。周囲がざわつき始めた。

「えっと……とりあえず、外に出ようか。香蓮にはメッセージだけ送って外で合流しよう。そうしよう。」

 そうやって出入り口から外へ出ることをを示すと、不安を顔に出しながらも承諾してくれた。こういうときは、変に慌てたり逆張った行動をしてはいけない。この間の1件で私は学習した……つもりだ。

 外へ出ると、群衆と説明に追われる職員で溢れていた。その中には何人か警察もいた。やはり、事件なんだろうか。ちらっと、この間聞き取りにきた女の警察の人もいた気がした。ああ、そうだ。チケット代はどうやって返してもらうんだろうか。オンラインで予約したからそれで返してもらうんだろうか。

 最近、おかしなことに巻き込まれ過ぎではないだろうか。運が悪い。何か変なものでも取り憑いているのだろうか。

 それはそうと、まずは香蓮を探さないとな。あれ以来連絡どころか既読の1つもない。少し心配だ。

 そこで香蓮を散開して探すこととなった。私はモールの外側を右廻り、左廻りが瀬田ちゃん。そしてぶらぶらと散策しながら探すのが若菜ちゃんとハンナの二人で役割を分けて探した。

 私は右廻りの役割になった。まず群衆の中を遠目で眺める。あの中にいる可能性もあるが、香蓮のことだからよほどわかりやすいところにいるだろう。

 次に自販機や椅子が置いてあるモールの裏の入口。ショッピングに疲れたらここで一息、という用途で設けられた場所だ。最寄り駅もここから出るのが一番近い。外の空気を吸うならここだが、ここにも香蓮はいなかった。

 その後も近くのカフェやコンビニ、ベンチなど足を休められそうな場所を粗方探したが、香蓮の姿は見当たらず、ついには先に合流していた右廻り組と散策組出会ってしまった。スマホで連絡はとっていたが、やはりあっちも見つからなかったようだ。

 結局四人ともさっきの出口の前で香蓮が見つかることなく集まってしまった。

「香蓮、どうしたんだろう。まさか、勝手に一人で先に帰ったのかな……。」

「いや、香蓮はそんな子じゃないはずだ。きっと、なにか仕方がない理由があるんだよ。」

 すると、四人のうちの一人。瀬田ちゃんが口を開いた。

「……もしかしてだけど、さっきの避難勧告……えっと、その。事件かなにかと香蓮ちゃんがいないのって関係があるんじゃ……。」

 一瞬で場が凍りついた。私もその可能性は考えていた。けれどもしなにかあったのでは、ただごとではない。きっと違う、と信じていたかった。

 しかし、こうして指摘されるとその可能性が高いように感じる。

「めぐみちゃん、顔……。」

 顔になにかついてるのか。おそるおそる頬を指で触れると、指先がびっしょりと濡れた。冷や汗だ。今、私は思った以上に焦燥に駆られている。

「い、いやでもさ。まだその事と――。」

 「香蓮が関係あるとは限らないし」と続けていた気がする。しかし、居ても立ってもいられなかった私は一人でその場を駆け出した。スマホでみんなには今すぐにその場を離れて家に帰るようにお願いした。

 本当なら私も帰るべきだろうが、香蓮の身になにかあったかと思うと生きた心地がしない。みんなにも手伝ってもらうべきかもしれないが、もし危険だったらみんなの身を危険に晒すことになる。そんな真似は私にはできない。

 しかし、関連があるとするならばなんだろうか。他所の強盗犯が紛れ込んで、香蓮を誘拐して立て籠もっているのだろうか。いや、そんなことを考えていてもしょうがない。私はまっすぐ、正面口の近くにいた警官めがけて一直線に走っていった。

 もうショッピングモール前の人だかりは霧散していた。ショッピングモール左出入り口の前に女性のお巡りさんがいたが、その近くにはさっきはいなかった銃で武装した人の姿もあった。そこめがけて走り込んだ。

「こら、近づくんじゃんないよ。」

 男性の警官に呼び止められた。

「あの、わたしっ……の……。」

 息が切れて言葉がでない。こんなに全力で走ったのはいつぶりだろうか。

「そんなに急いでどうしました?なにかありまし……。あれ。あなたは、この前の。」

 女警さんが声をかけてきた。息を切らせながらも、続けようとするお巡りさんの言葉に割って入る。

「ふっ……はっ……急用です。もしかしたら私の友達が大変なことになっているかもしれません。」

「……!詳しく聞かせて頂戴。」

 ショッピングモールの中でなにがあったのか、香蓮がいなくなったことと関係があるのか、関係があるならば彼女は無事なのか。いくつかのことを脅迫紛れに質問した。後から思うと、急なこととはいえ礼がなっていなかったと思う。

 女警さんは目を見開いて上官らしい男性に駆けていって、何かを耳打ちしている。近寄って聞きたいところだが、間にバリケードテープがあるため近寄れない。

 そして帰ってきた女警さんが言った答えは「答えられない」という言葉だった。女警さんは「先に帰ってしまったんじゃないか」だとか「きっと近くにいたんじゃないか」などと陳列していたが、その言葉と表情には曇りがあった。

 「もしいつになっても見つからなかったときにために、電話番号を……。」

 これだけ話を逸らされては、本当は言わなければならないがなにかがあって言えない。そんなことを訴えている気さえした。

 体を百八十度回転させて駆ける。何かがあった。それが確信に変わった。きっと、誰が被害に遭ったことはわかっているが、それが誰かわかっていない。けれど、私がその候補の名前を挙げた。事実確認が済んでおらず、被害者は香蓮で確定させるにはまだ時期尚早。だから黙った。

 しかし、私の中では事件と香蓮の関連性の紐づけが終わっていた。「待ちなさい!」と呼び止められた気がしたが、全力でゆく宛もなく駆ける。

 どこにいるかというアテも、理由も、ましてや勘すらない。

 もう私にはどうしようもない状況かもしれないことを内心理解していたが、だからといって体が止まらない。私の不安な気持ちの暴発を抑えるために、「もしかしたら」という感情を頼りにひた走る。

 香蓮に「もし」があってはいけない。焦燥感に駆られながら、私は息を切らせた。


 すでに夕刻に差し掛かっている街中を駆ける。香蓮の姿どころか、心当たりすらつかない。途中で自転車に乗り換えて探し続けた。

 気のせいか、いつもよりパトカーの数が多い気がする。そして、私はそれが気のせいではないことを知っている。

 昔一緒に遊んだ公園、一緒に通った小学校やピアノ教室の前を通り過ぎる度に焦燥感が増すのを感じる。すでに二時間は探しているだろうか。一向に見つからないが、心は折れる気がしない。もしここで探さなかったら、後で必ず後悔する。そんな予感がする。

 自分が砂漠に落ちている針を探すような行為をしているのは自覚しているけれど、私にはそれをするしか方法がない。

 探し始めてから三時間が経った。時刻は五時を過ぎ、太陽は地平線の向こうへ消える準備をしていた。

 ガタン、と自販機の受け取り口にジュースが落ちる。

 街の中心の駅から離れた、来たところもないような通りの、裏路地の入り口で一息休む。安置してあったコンクリートの塊に腰掛けると、この三時間の疲れが津波のように迫ってきた。

 何気なくスマホを開くと、親から夕飯に関する連絡や、ショッピングモールで別れた友達からの連絡が溜まっていた。

 ニュースアプリでは先程のショピングモールでの避難勧告に関する報道がされていた。香蓮の名前や、被害者に関する報道はそこにはなかった。コメント欄では立て籠もり説やテロ説などがあったが、そこの住人は無責任なことに状況説明をしない警察に対する非難ばかりしていた。こんなものを見ていても仕方がない、とスマホを閉じる。

 しばらくはグビグビとジュースを飲んでいたが、飲み終わる頃には頭を抱えてしまっていた。

 いつか悪い男に良いようにされてしまうのではないだろうかと心配していたが、私が想定していた有事というのはこんなに重大なものではなかった。

 それではなんだ。ショッピングモールでの立て籠もり犯か?それにしては避難勧告は穏やかすぎた。緊急性は低いが、避難しなければならないこと。ましてや数時間経ってもなお、状況説明が成されないほど情報が秘匿されなければならない事柄。

 何が起こったか考えてみたが、私のちっぽけな脳みそでは答えらしきものにたどり着くことはできなかった。

 待て。第一、まだ香蓮と事件が関係あると確定したわけじゃない。案外、あそこのあたりのトイレで寝てしまってしまっているだけかもしれない。きっとそうだ。

 そうやって私の理性に語りかけても、意識が、魂がそれを否定している。

 万が一にもその可能性が存在する限り、それが現実になったときに私はなにもしてなければ必ず後悔する。もしなにもなければ、あとから「めぐちゃんったら。あいかわらず心配性なんだから」と笑われるだけで良いのだ。

 考えていると、私が香蓮と一緒に行動していたら防げたのではないだろうか、みんなで一緒になって行動していたら、自由行動にせずに規定の時間ギリギリに映画館に来ていたら。

 なぜ香蓮が狙われたのだろうか、私でない理由はなんだったんだ。何かしなければならないとは言っても、何をするのが正解なんだろうか。もしかしたらどこか見落としているのではないだろうか。香蓮の身になにがあったのだろうか。香蓮は無事なのだろうか。もしかしたら、香蓮はすでに……。

 考えが堂々巡りに。負のスパイラルに堕ちていく。

 気がつけば私は顔を手で覆い、天を仰いでいた。私の脳内は星の数ほどの思考で埋め尽くされ、一周回って真っ白になってしまっている。

 どうすれば。どうすれば。時間が経てば経つほど事態は刻一刻と悪化している気がする。

 自分の無力さが恨めしい。普段から心配だけしておいて、いざというときに何もできない。そんな自分の無力さに絶望していた。

「お困りかい?」

 突如、裏路地の向こうから男の声が聞こえた。暗闇の向こうから下半身だけが見え、そこまで背が高くない人であることが分かる。

「……あなたには関係のない、そのうえどうしようもないことです。」

 気がつけば、私はその男の優しさを半ば突き放す形で拒否してしまっていた。自暴自棄になっている。

「君がなにで困っているかは知っているさ。友達の行方がわからない。そうだろう?」

 私は顔を上げて彼の方を見る。

「何か知っているんですか!?」

「ああ。堀田のフランソワ精肉店とその裏の廃工場の間の裏路地。そこへ行くといいさ。」

 私は一路の希望を見出したと同時に、なぜこの男はそんなことを知っているのだろうか。まずをもって、この男を信頼しても良いのだろうか。

「あなたは誰なんですか?警察の方ですか?」

 そう問うと、暗闇から返事が返ってきた。その時、傾いた太陽が裏路地を明るく照らした。

「いずれ。いや、すぐにでも分かるだろう。」

 そう返して男は更に深い暗闇の先へと消えてしまった。

 一瞬差し込んだ光に写った男の顔は、真紅の髪を纏った青年であることがわかった。



 そこから十五分ぐらいが経ったあと、私はフランソワ精肉店のすぐそこまでにきていた。

 結論から言えば、私はあの男の言うことを信じることにした。それ以外に何かをすれば良いというアテがなく、最後の一縷の望みに賭けた形となる。

 あの後男の後を追ったが、男は文字通り暗闇に「消えて」しまっていた。最近、不可解なことが多すぎる気がするのは気のせいではないはずだ。

 精肉店前のガードレールに自転車を立て掛けるようにして停める。このあたりは車や人の通りが少ない。付近の店はテナント募集だらけで、不気味なぐらいがらんとしていた。まるでその地図の上だけ穴が空いているようだった。

 フランソワ精肉店は店主の不在で閉まっていた。向かって右側にあった裏路地に入る。パイプや電線が壁面に張り巡らされた狭い路地を進む。

 数メートル後の突き当りを左に曲がる。しかし、その先に道は続いていなかった。

 そこにはコンクリート壁の狭い路地の終わりがあるだけで、何もなかった。

 最後の望みが消えてしまった。あの男が嘘を吐いたのだろうか。

 潰えた望みに縋るように壁にもたれかかった。壁はひんやり、そうしてつるつると……。ん?つるつる?

 確かにコンクリート壁にもたれかかったが、見た目に反してガラスのようになめらかだった。それだけでなく、壁面の配線やパイプも全て印刷されたかのように平面だった。

 そのうえ、上を見るとその壁は建物の途中で途切れており、向こうには広い空間が広がっているようだった。

 わざわざここまで偽装して隠したい「何か」がそこにある。そう確信した。

 迷いなく近くに落ちていた鉄パイプを手に取り、壁を叩き割る。すると、壁はガラス片となってすぐに粉々になった。

 そして予想通り、その先には広い空間がひろがっていた。大体、裏路地がこんな短く終わるわけがないのだ。空間は教室二つ分ぐらいの広間だった。裏路地の広間は埃臭く、違法に投棄されたであろう冷蔵庫や自転車がそこら中に散らばってゴミ山を形成していた。

 鉄パイプを手に持ったまま、恐る恐るその先へ進む。そしてその広間の真ん中へ来た頃、衝撃の光景が目に入ってくる。広間の最奥に香蓮が倒れていたのだ。

「香蓮ッ!」

 急いで香蓮へ駆け寄って、肩をゆすりながら声を掛ける。肩は温かかった。よかった。生きてる。息もちゃんとしてる。

 ひとまずほっとしたが、なんでこんなところに。ショッピングモールからはここまで歩いて一時間ぐらいかかる。やはり、誰かに連れ去られてきたんだろうか。

「あれ?なんで君がここにいるんだい?もう少ししたら連れてこようと思ってたのに。」

 突然、後ろから声がした。しまった、犯人がいる可能性を失念していた。

「ねえ。なんで分かったの?もしかして誰かに入れ知恵された?」

 ばっと後ろを振り返る。そしてその衝撃に思わず息を呑む。

 そこにいたのは青色のパーカーに黒のカーゴパンツ。頭は栗色のショートヘアーで、目は綺麗な青色。そしてお世辞にも力強いとは言い難いひ弱そうな男……。いや。私たちのクラスメイトであった本田類の姿であった。

 この一連の騒動の首謀者は、想像していたものより最悪なものであったのだ。

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