青い鳥症候群【KAC2024第六回:トリあえず】

青月 巓(あおつき てん)

青い鳥症候群

 俺はこんなところで燻ってる人間じゃない。そんな事を思いながら、日々キーボードを叩いている。二十九にもなって定職にもつかず、実家で暮らしながら小説家を目指すその姿は、側から見れば滑稽でしかないだろう。

「ふう……」

 キーボードを打つ手が止まった。文章が進まないわけではない。ただ、なんとなく止めてしまったのだ。

 今の俺はなんなのか、などと厨二病的な自問自答をこの前友人に投げかけたことを思い出した。

 辛辣ながら心の奥底から会話できるネットの友人は、それは「青い鳥症候群だ」と教えてきた。

 青い鳥症候群。自分には能力があると思い、まだ見つかっていないだけだと思い込むもの。

「ははは、ははははは!」

 乾いた笑いが部屋にこだまする。言い得て妙だ。まさに今の俺の現状を表していると言っても過言ではない。だが、一つだけ気がかりなことがある。

 チルチルとミチルは、世界を旅して回った最後に自分たちの家の中で青い鳥を見つけたはずだ。つまり、この症候群が名前の通りであるならば身近に青い鳥は存在するはずなのである。

 ……これが間違いであることもわかっている。ただ、そう思い込むことも重要だ。

 じゃあ俺にとっての青い鳥はなんなのだろうか。

 親? いや、親は違う。俺も、親も、俺が親に迷惑をかけていることを快くは思っていない。

 読者? 確かに自作の小説が読まれることはこの上ない快楽ではある。だけれどもそれは言い換えてしまえば直接的な快楽でしかない。青い鳥の幸福はもっと広範囲に包まれるものだ。

 では少し趣向を変えて、日本に生まれたこの事実が青い鳥ということだろうか。いや、それはない。日本に生まれたことが青い鳥であるならば、日本人の自殺者数はこんなに多くもない。それに、日本に生まれただけで俺にとっての青い鳥が羽ばたいてきているとは思えない。 

 目の前にあるものを一つ一つ青い鳥に見立てて行っては、片っ端から否定していく。

 ただ、一つだけを除いて。

「これに意味を見出すの、マジでバカのやることだと思ってたんだけどな」

 いつの日か、何かに使った残りの紐だ。おおよそ五メートル以上は残っているそれを俺は指でつまむと、部屋の扉のドアノブに引っ掛けた。

 そのままゆっくりとドアノブの真下に座り、輪になった紐に首を通してみる。

 今、このまま脱力しても死ぬ事はない。固定もしていない紐はスムーズにドアノブから滑り落ちるだけだろう。

 それに、そこから見える景色も変わらない。至って普通の自室だ。

 だが、形而上的な死の通路だけが見えた気がした。その先がどうなっているかはわからない。ただ快楽を受動的に享受するだけの生きている屍に成り果てる天国に行く道なのか、飽きることのない生の実感を四六時中矯正させてくる地獄なのかはわからない。

 ただ一つわかることは、その先に青い鳥は飛んでいないということだけだった。

「ふっ……」

 漏れるような笑いとともに紐から首を外し、ドアノブから紐を取る。部屋にあったゴミ箱にそれを投げ入れると、またパソコンに向かった。

『今日の更新はお休みです。予定がないので青い鳥症でもとりあえず探してみようかと思ったんですが、残念ながらトリ会えず。なんちゃって』

 エンターキーを押し、近況を知らせるノートにそれを掲示する。まあ明日から頑張ればいいか。なんて思いながら。


※この作品はフィクションであり、自殺を助長するものではありません。

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