第2話 もう二度と

 「────だ、大丈夫……ですか? 急に黙っちゃったけど」

 「は?」

 死んだと思ったら、目の前に数字の羅列が飛び込んできた。私より背の高い板に四桁の数字が並んでいる。私の他にも大勢の人々が、数字が掲示されたボードの前で群がっている。冷たい風が首筋に鳥肌を立たせる。なんだ、これは?

 「え、えー……なんなの? もしかしてあたし、変な人に話しかけちゃったのかな……」

 私に話しかけていたらしい女の子。彼女は一枚の紙きれを私へ差し出していた。そこにも四桁の数字が書かれていた。

 「とにかく、これ。落としましたよ。大丈夫大丈夫、きっと受かってる!」

 「……ソラ?」

 彼女は「へ?」と素っ頓狂な声を出した。

 「い、いきなり呼び捨て? ていうか名前言ったっけ────」

 「ソラぁっ!」

 「ひぃっ!?」

 私は耐えきれなくなってソラに抱き着いた。間違いない。ふんわりとした綿あめみたいな甘い匂いも、高校デビューと称してブリーチした白い金髪も、左目にある泣きボクロも、上品な猫みたいな大きな釣り目も、ぷるんとした形の良い唇も、思ったことがすぐ口に出ちゃう悪癖も、全部、全部私の記憶にあるソラだ。

 「よかった、もう会えないかと思って、私ホントに謝りたくてっ! ソラ、私、今さら遅いかもしれないけど、ソラのこと────」

 「なっ、何言ってんの、ヘンタイ!」

 謝ろうとしたらソラに突き飛ばされてしまった。私はよろめいて近くにいる人にぶつかってしまった。

 ソラは自分を自分で抱きしめながら、本気で軽蔑した目を私に向けてくる。

 「も、もしかしてあたしのファンですか!? 悪いけど、今プライベートだから! そういうの受け付けてないんで!」

 「な、なんで? ソラ。私だよ、ミギワ────」

 「だから知らないって! もう!」

 取り付く島もない。ソラはぷいっと前を向いてしまう。そしてボードと自分の紙きれをじろじろ眺め比べて、「あっ、あった」と呟いた。そしてさっさと踵を返してしまった。

 「そ、ソラ! 待って!」

 その呼びかけに足も止めず、ソラは行ってしまった。私はぽつん、と取り残されてしまった。

 「なんで……」

 私は項垂れた。どうして……。私はただ、ソラと再会できて嬉しかっただけなのに……。

 そこで、ふと疑問に思う。私は死んだはずでは? なんで動けて喋れてるんだ? ソラも死んだはずなのに、どうして話せているんだ?

 ここは死後の世界? それにしては現実感がありすぎるというか、そういえばソラが少し若かったような────

 「やったぁ、受かった!」

 人込みの中から声が聞こえる。受かった? 何に? 私は自分の手の中にある紙切れに目を落とした。この数字に見覚えがあった。

 そうだ、これは私の高校受験の合格発表だ! 稲妻に打たれたように身体が震え、封じ込めていた記憶が紐解かれた。

 思い出す。ソラとの出会いは、まさにこの合格発表の場だった。私が受験票を落としてしまって、それをソラに拾ってもらって、高校に入ったら二人とも受かってしかも同じクラスになってて、それで友達になったんだ。

 ポケットにスマホが入っていた。びっくりした。これ、iPhone6だ! 日付は二月十四日……二〇十六年。私は今、十五歳。死んだ時は二十五歳だったから、十年前……。

 「十年前ぇ!?」

 思わず叫んでしまった。だからか分からないが、私の周りにいる人々が少し距離を取った気がする。私を見る視線が、まるで電車で騒いでいる変な人を見るものと同じに感じる。

 これは夢? でも夢にしては都合が悪すぎるというか、たぶんソラに嫌われたというか、第一印象最悪というか、夢だったら夢であってくれた方がいい。試しに頬を思い切り抓ってみたらめちゃくちゃ痛かった。スマホが震えて、もしかしたらソラ!? と思ったけどそもそも連絡先を交換してないし、連絡をしたのは母親で、「結果はどうだった?」だった。

 ボードを見ると、私の数字をすぐに見つけた。もちろん合格していた。

 これは、『史実』といえば史実通りだろう。つまり私は────タイムスリップしている、ということだ。

 この時、私の頭の中には「なぜ」も「どうやって」も無かった。ただ、もう一度ソラに会える、ソラとやり直せる、今度こそ、今度こそ……それしか無かった。

 そうだ。これはきっと、神様がくれたチャンスなんだ。私の一度目の人生は間違っていたから、やり直す機会をくれたんだ。

 十年後、ソラが死なないように。私が後悔をしないように。

 私はもう二度と、あの手を拒んだりはしない。

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