飲み会のチン事件

夕日ゆうや

とりあえず

「トリあえず、ビールで。あとトリ」

 俺達はそう言って注文を取ると、目の前にいるかわい子ちゃんに目を向ける。

 おおとりなぎ

 二十歳はたちの新人さん。

 髪は背中につくくらい長く黒い。

 幼さが残る顔立ちで、とても端正である。一つ一つのパーツが綺麗に整っているのだ。

 茶色い瞳がじわりとにじみ、彼女の脆さを醸し出している。

「鴻さんはまだ新人なんだから、ドンドン頼っていいんだよ」

 俺は優しい言葉を投げかける。

 こうすれば大抵の女は落ちる。

 俺の甘いマスクもあり、彼女は懐いてくれる。

 もともと年下の子との接点が多い職場でもあるし。

 やった人数は片手では収まらない。

「お待たせしました」

 目の前に運ばれてきたビール。それに鶏肉。

「これは?」

 鴻さんはきょとんとした顔でトリを見る。

 よく焼かれた鶏肉。その手元にはごまダレがある。

「本当はこのごまダレに絡めるのだけど……」

 俺はごまダレにトリあえず、レモンだけを搾り、口に運ぶ。

「うん。うまい」

 恐る恐る同じようにして食べる鴻さん。

「あ。おいしい。下味がしっかりしていますね」

「そうだろう。ここの鶏肉は別格さ」

 スマホが振動する。

 恐らく妻の加世子かよこだろう。

 今いいところなんだ。

 本当に空気が読めない奴だ。

 無視し、鴻さんとの会話を楽しむ。

 酔っ払ってきた鴻をリードしながら、ホテルへと向かう。

「とりあえず、やっとくか」

 ニタニタとした下卑た笑みを浮かべ、俺は手を出す。


 朝になる頃には鴻さんを家まで届ける。

 もう何も覚えてはいないだろう。

 今日も俺は別の彼女と飲み会だ。

 朝焼けに照らされた世界はこうも美しい。

 俺の華やかな人生を彩っているみたいだ。

 それくらい当たり前だが。

 あえて言ってみた。

 歩き出すと、後ろから駆け足で近寄ってくる音が一つ。

 振り向き顔を見やる。

「加世子?」

 その手に握られた何かが、俺の腹部をえぐる。

 痛みでうめき、全身から血の気が引いていく。

 立っている力もなくなり、その場で倒れ込む。

 俺は意識を手放す瞬間、加世子が泣いているのが見えた。

 あんなに美しかった加世子の顔が、今では怒りと憎悪と、悲しみでしわくちゃになっている。

 あれ? 俺の妻ってこんな顔していたっけ?


 自戒することもなく、男の人生は幕を閉じるのだった。

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飲み会のチン事件 夕日ゆうや @PT03wing

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