第24話 化け物

 こうなったら、マリアだけを倒してオルガを助ける方向に僕は動く。【剣錬成】でエクスカリバーを生み出して構えると、【俊敏】強化の指輪でさらに速く動けるようになった体でジャンプする。それを援護するように美海ちゃんが魔法を放つ。


 魔法をオルガが相殺して、僕の斬撃はマリアの瞬間移動魔法でかわされて背後に回られる。【剣術】スキルで瞬時に反応して体をよじり、背後にいるマリアめがけて剣を振ったけど見えない壁に弾かれて僕は体勢を崩して地面に落ちていく。


 ぶつかる、と思った瞬間体がふわりと軽くなり、着地できた。尚也さんがウィンクしてくる。そういえば尚也さんの能力は【重力操作】だったっけ。おかげで助かった。すぐさま尚也さんが二人を見上げ、手をかざす。さっきよりもより強力な重力が二人を襲った。


 さすがにさっきの今では回復しきっていないらしく、二人は重力に逆らえずにどんどん高度を下げていく。そこに美海ちゃんの火炎魔法も襲いかかって、マリアがたまらず水魔法を繰り出す。


 二つはぶつかって境目が煮立って蒸発する。消耗しているからか、マリアの水魔法がやや押され気味になる。それを見たオルガが美海ちゃんに向かって魔法の槍を放つ。僕はエクスカリバーでそれを叩き落とすと、オルガに声を張り上げる。


「オルガ、やめてよ!」


「私はお母様のしもべ。敵対する者はすべて排除する」


「オルガ!」


「しつこい!」


 オルガが悲鳴にも似た声をあげて氷の槍を生み出し、美海ちゃんと尚也さんの足を止める。しかし尚也さんが重力をかけてすぐに氷を砕いた。


 苛烈な攻撃は続く。マリアが腕を上げて人差し指の上に黒い魔力で形成された重力球を作り出した。そのあまりの力に僕たちは立っているのもやっとだ。マリアがその狂気に染まった顔に笑顔を浮かべる。


「うちに本気を出させたのは褒めてあげる。これは餞別せんべつ。ぐちゃぐちゃに潰れちゃえ!」


「くっそ……!」


 マリアは高笑いをあげながら地面に降り立ったオルガの背中から重力球を落とす。潰される。僕は、もうだめだと目を閉じた。


 そのとき、体の中についた小さな火種が燃え盛り、僕の体が発光する。重力球は光に呑まれて消えた。重力球が消えたことによって、僕たちを押さえつけていた重力も消え去り、僕は淡く発光する自分の体を見下ろした。


「それは、オルガの護りの魔法……! オルガ、おまえ!」


「……お母様、私たちは人間を殺しすぎました。リナを殺すのは、私にはできない」


「この裏切り者がああああ!」


 マリアが発狂してオルガの頭を蹴る。オルガは抵抗する暇もなく蹴飛ばされ、石畳の上に倒れた。頭を打ったのだろう。気絶したのか動かない。


「オルガ!」


「どういうこと? リオ」


 オルガに気を取られているうちにいつの間にか美海ちゃんが斜め後ろに立っていた。きっと笑ってるんだろうけど、その笑顔を見る勇気は僕にはない。振り返ったら戦ってる場合じゃなくなりそうだからだ。


「それはあとで話すよ。今は、マリアを倒すことを優先しなくちゃ」


「そうだ。今は配信もしてない。敵陣営にいたってことを隠せる。あのガキを倒すことを優先しろ、美海」


「言われなくても」


 僕の背後で二人が構える。僕は【天使化】を発動し、同時発動する【罰】を感じる。マリアの魔法を食らっても、ダメージを反射してマリアに罰が下る。


「天使化か……。厄介なスキルを持ってるんだね。でも、Sランクスキルは反動も大きい。いつまでもつかな? きひひ。プロミネンス!」


 周囲の石畳をひっくり返すほどの威力の炎が地面から噴き出す。その炎は僕たちの周りをぐるぐると地面に潜ったり出たりを繰り返して様子を見ているようだった。その隙に美海ちゃんがレーザーをマリアに向けるも、見えない壁に阻まれる。


「くっ……。こっちも大魔法使うわよ! アクアバッシュ!」


 そう唱えた瞬間、石畳の間から水が湧き出てきて、濁流となってマリアを狙う。これはさすがに危険と判断したのか、マリアは瞬間移動魔法でそれを避けた。アクアバッシュはマリアの脇を通りすぎたと思ったら、戻ってきて背後を狙う。


「ふん。シールド」


 青い光の盾がアクアバッシュをせき止める。そして消えたのを確認してから、マリアの姿が五つに分かれる。


「……分身。からのプロミネンスよ、幾重にも重なり襲いかかれ!」


「みんな! 僕のそばに!」


「させるか! バークアウト!」


 黒く巨大な斬撃が僕がみんなのほうを向いたのをいいことに襲いかかってくる。同時にプロミネンスも襲いかかってきて、僕はありったけの力をこめて叫んだ。


「ジャッジメント!」


 空から超光速で光の柱が下りてくる。斬撃はその光に貫かれて焼失し、僕は翼で二人を護って炎を浴びた。天使化によって魔法に強くなっていても、マリアレベルの魔法使いの炎が幾重にも重なっては、護りの魔法をも貫通する。


「う、ああ……!」


 背中が焼けるのを感じながらも、僕は二人を護った。せめて、分身だけでもどうにかしないとこのままじゃ三人とも丸焦げだ。


「うあああああああっ!」


 マリアの叫び声がする。【罰】が発動したんだ。プロミネンスの勢いが弱くなったのを見計らって、翼で大きく風を起こして炎をかき消す。それと同時に、僕の口の端をつう、となにかが伝った。手でそれを掬うと、手のひらが真っ赤だった。これが、反動。


「リオっ!」


「大丈夫、僕はまだ、戦える」


 僕はよろよろと立ち上がってマリアのほうに振り返った。マリアは全身に大きくやけどをしていて、傷口から血が漏れ出ている。一矢報いただけ、よかった。


「この、この魔女たちを統べるうちが……! オルガ、オルガの血肉を食べないと」


「させるもんか!」


 僕は背中が痛むのを我慢して倒れているオルガに駆け寄る。それを見たマリアが高速で飛んでくるけど、先に到着したのは僕のほう。振り返ったときには目の前にいたマリアに向かって、僕は叫んだ。


「ホーリーソング!」


「なにを……歌? ぐ……ぎゃああああ!」


 マリアの耳と鼻の穴から血が大量に吹き出す。今ごろ聖なる歌を聞いて脳内を焼かれているだろう。耳を押さえて叫ぶマリアを確認して、僕はオルガを抱き起して揺する。


「オルガ! オルガ!」


 するとオルガはやっと気が付いてくれたらしい。うっすらと目を開けて、後頭部からうっすら血を流している痛みに顔をゆがめながらオルガは笑った。


「……バカね。私はあなたを殺そうとしてるのに」


「そんなの関係ない。オルガは、僕を助けてくれた」


「そんなの、気まぐれよ。お母様に殺される前に、逃げて」


「そうしたら、オルガは……!」


 殺されてしまうじゃないか。そう言う前に美海ちゃんの風魔法がマリアに迫る。僕はマリアのほうを振り返り、見てしまった。マリアが苦痛に喘ぎながらも、にやりと笑ったのを。


「美海ちゃん! 待って!」


「もう遅い!」


 マリアは強力な風魔法が向かってくるのに対して大口を開け、風魔法を口の中に吸いこんだ。莫大な魔力で構築された魔法を、ごく、ごく、と喉を鳴らして飲みこんでいく。化け物。その単語が頭に浮かんだ。


 魔力を得たからかマリアの全身のやけどは治っていき、みるみるうちに健康体に戻っていく。こいつはただのSランクじゃない。もっと上の、SSランクだ。じゃなきゃこんな芸当できるはずがない。


 風魔法を完全に飲みこんだマリアは汚らしくげっぷをして腹をぽんと叩いた。ありとあらゆる傷が完治し、感じる力も増したように感じる。


「なにもオルガなんて使わなくても、目の前に魔法使いがいるんだもん。その魔力を使えばよかった。こんな簡単なことにも気付かないなんて、うちも耄碌もうろくしたね」


「化け物……」


「なんとでも言うといいよ。さあ、どう食ってやろうか」


「いけない……! リナ、早く逃げて!」


「え……」


 僕がそう声を発した瞬間、翼が両方とも力づくでもがれたのを感じた。激痛が走り、僕は絶叫した。


「うまそうな翼じゃないか。【罰】で傷はつくけど、こうしてしまえば……」


 マリアは背中から血を垂れ流しながら、僕の二枚の翼を羽根ごと食べていく。はっとした尚也さんがマリアに重力をかけて、その瞬間膝から崩れ落ちる。両腕で起き上がろうとするけど、まるで【罰】で反射されたみたいに……。


「……ふう、おいしかった。なにも、【罰】はお前だけのものじゃないということさ。その力の発生源を取り入れてしまえばうちでも使える。ただそれだけのこと」


「この……!」


「いいのかい? うちも攻撃を受けるけど、【罰】によってお前がどうなってしまうかわからないよ、魔法使い?」


 美海ちゃんは使おうとしていた魔法を練り上げるのをやめた。美海ちゃんの魔法だ。反動がどんなものになるかわかったものじゃない。


「あははははは! もうオルガも必要ない! 始めよう! 殺戮のパーティーを!」


 マリアが空を見上げて両手を広げる。地獄は、まだ始まったばかりだ。

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