第25話 戦いの終わり

 マリアが舌なめずりをして僕たち四人を見る。そして目をつけたのが尚也さんだった。近づいていくのを見て、僕はオルガを地面に横にさせてからなんとか立ち上がる。


「あれ、動いていいの? この男がどうなっても知らないなら、うちに攻撃すればいい」


「僕はどうなっても構わない。でもマリア、お前だけは……!」


「勇ましいことだね。【罰】のせいで重力にからめとられて動けないって言うのに、ねえ!」


 マリアの足が尚也さんの頭を踏みつける。尚也さんの頭が石畳を砕きながら沈んでいく。このままでは頭蓋骨が割れてしまう。


「理央、今はこいつの言うことを聞くんだ! 好機は必ずくる!」


「おや。転生して全盛期に力がもどっているうちにそんな口がきけるとはね。よっぽど死にたいらしい」


「やめて! 望みは……望みはなんだ!」


 望み。その言葉にマリアはぴくりと反応した。そして横目で僕を見て、狂った笑みを浮かべる。


「そうだね。お前が持ってるその剣……模倣品だがエクスカリバーだ。うちもその力、ほしいねえ」


「どうすればいい」


「簡単さ。見せしめに人間どもに処刑を見せながらうちに食われろ。生きて帰れると思わないように。うちの胃袋は特別製でね。魔晄炉なんだ。うちに食われたら最後、魂も一緒に消化してしまう」


 要するに、僕を食べてさらに強くなりたいってことか。満里奈さんを殺したって聞いたときから思っていたけど、マリアは強さに貪欲だ。自分の娘の血肉を食べて道具としか思ってないような行動をする。


 ここで、ぼくが犠牲になれば。オルガも、尚也さんも、美海ちゃんも無事でいられる。それなら僕が喜んで犠牲になろう。


「……わかった」


「リオ!?」


「……物分かりがいい子は嫌いじゃないよ。さあ、その剣を捨ててこっちに来て。忠誠を誓うんだよ。『僕はあなたのものです』って靴にキスをして」


 本当なら、これは相当の屈辱なんだろう。それでも、三人が無事なら。死ぬのは怖い。でも、大切な仲間が死ぬほうがもっと怖い。オルガはきっと、こんな気持ちで僕を助けてくれたと思うから。


 エクスカリバーを消滅させてマリアの目の前に行く。マリアがにたあ、と笑みを浮かべた。口からよだれが垂れている。本能的な嫌悪感が背中を這いのぼった。


「どれ。味見でもしようか」


「いっ……!」


 ぶち、と音を立てて僕の右人差し指をマリアがかじり切った。圧倒的な激痛と流れる血が石畳を汚していく。もごもごとマリアは僕の指をウィンナーを食べるかのように咀嚼すると飲みこむ。そしてにっこりと笑顔を浮かべた。


「お前、本当は男なんだね」


 僕は答えなかった。マリアはそれに気分を害したようでもなく、スカートから靴を履いた足を差し出した。


「さあ、キスをするんだよ。忠実な力として使ってやるんだから、当然だろう」


「お母様……!」


「オルガは黙ってな」


 僕はひざまずく。そしてその足にキスをしようとしたとき、体がどくんと鼓動を刻んだ。とたんに僕は口から大量の血を吐き、めまいに襲われる。僕の様子がおかしくなったのをマリアが怪訝そうにしている気配がする。


「ダメよ、リオ!」


「……そこの魔法使い。どういうことか説明……」


 マリアの左腰から右肩までが切り裂かれる。ぱぱっ、と僕の体に血がついた。わからない。でも、目の前のしょうじょを■■たい。そんな衝動にかられて、ぼくは鋭い爪でしょうじょをズタズタに切り裂く。じぶんの体もズタズタになるけど、痛みはほとんど感じなかった。


「ぐっ……!? くそ、狂ったか!」


 くるった? だれが?


 ぼくはあなたを■■たいだけ。そこに、狂ったも狂ってないも存在しない。


 ばっと距離を取ったしょうじょを追いかける。体に毛が生えて、傷が治っていくのを感じる。まほうが飛んでくるけど、今のぼくは速い。あくびが出るほど遅い魔法を避けて肩に噛みつく。


「このっ、獣に堕ちたか!」


 ケモノ? ぼくが?


 ううん、きっとそれは正しい。このしょうじょを■■たくてたまらない。そうじゃないと……なんだっけ。忘れた。とにかく、このしょうじょが■ねばいいんだ。


「がるるるる……!」


「獣風情が、このうちを倒せるなどと……!」


 そうか、一人だからこのしょうじょは油断してるんだ。なら、仲間を呼べばいい。死に伏した、今は亡き獣たちを。


 遠吠えをする。するとなにもなかった空間から狼たちがぞろぞろと現れた。みんな、青く光る目をしている。恨みつらみ苦しみ妬み憎悪すべてを含んだ目をして。しょうじょは囲まれて焦ったのか魔法を使おうとくちを開くけど、ぼくが喉元に噛みついて止める。


「がっ、ぁ……! 離せ、やめろ、亡霊ども! このうちが誰かわかって……!」


「ぐるるるぁ!」


「っ、痛い! 離せ! オルガ、うちを助けろ!」


 しょうじょがたいせつなひとに呼びかける。でも、たいせつなひとは目を伏せて上半身を起こすだけだった。


「なぜだオルガ、育ててやった恩を忘れたのか! 悠久の時を過ごし、人間たちの魔力を与えたこのうちを……! ああああ! 痛い! 痛い! おのれ亡霊ど……も……!」


 ぶしゅ。僕が喉元を食いちぎったことでしょうじょは言葉をなくした。それを見て噛みついていた仲間たちがその肉体を食べ始める。ぼくはいい。仲間たちの喉が潤えばそれでいいから。


 つぎつぎと狼たちが我先にとしょうじょの亡骸に群がっていく。そして骨すらなくなったとき、遠吠えをあげて青い炎になって消えていく。ああ、よかった。みんなおなかいっぱいになったんだね。


 つぎは……。このひとたち? でも、このひとたちもたいせつな……。


「リナ!」


 そのこえは、確かにぼくに届いた。そうだ、この人たちもたいせつなひとだ。■■ない。ぼくのたいせつなひとが泣いている。泣かないで。もう、こわいひとはいないから。


 毛がどんどん消えて、いしきがせい常に戻っていく。あれ、僕、いったいなにをして……。


 そうだ、オルガは、尚也さんと美海ちゃんは!?


「リオ!」


 振り返ると、美海ちゃんが抱き着いてくる。ぐすぐすと泣いていて、まるで怖いものでも見たようだ。なにがあったんだろう。いつの間にかマリアがいなくなっている。誰が倒したんだろう。マリアがいた布巾にイヤリングが落ちている。


 僕がそれを拾うと、脳裏に文章が現れた。


『憎悪の魔女、マリアリリーを倒した証。人間を殺しては魔力を奪い業を重ねてきた悪辣あくらつの女。その発狂した姿を倒した者に贈られるイヤリング。幾年を重ねて魔の境地を見出していたマリアリリーは強力な魔女だが孤独。ゆえに、娘を作った。そして百を超える魔女を統べる存在となった。自分を崇拝する魔女を従え、虚構の安寧を得たマリアリリーは人間を殺すことを主目的にしている。娘もまたその考えに従い、ここからは閲覧権限がありません」


 閲覧権限がない?


 これから読み取れるのは、かつてはオルガもマリアと同じく行動していたんだろうということだけ。どうして閲覧権限がないのかはわからない。でも、オルガが本当にマリアと同じく行動していたのなら、助けてくれたのはなんでだろう。


 重力から解放されて起き上がった尚也さんも僕たちを抱きかかえるようにして抱きしめてくれる。そうだ、僕は勝ったんだ、マリアに。


 そのことを真っ先に報告したいと思ってオルガのほうを見ると、金色の粉が空中に舞いながら姿が半透明になっているオルガの姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る