第23話 護りの魔法

 魔女たちが目を逸らす。それでも僕は目の前で起きたことが信じられなくて、まっすぐにそれを見た。オルガの肉を食べた?


 その意味がわからない。オルガがさっき自分はマリアの魔力から生まれてきたと言っていた。その体を食べて、魔力を補給しているのか。なんて、動物的で野蛮な……。


 オルガの腕の肉を食べたマリアの傷がみるみるうちに治っていく。それでも完全にとはいかず、腕がひしゃげたままだ。マリアははあ、はあ、と白い息を吐いて立ち上がる。


「そこをどけ。人間たちを駆逐する作戦を立てる。オルガ、お前は同行しなくていい。必要なときに呼ぶから、また血肉を捧げること。……人間たち、必ず殺してやる」


「はい、お母様……」


 魔女たちが道を開けたのを見て僕もバレないように道を開ける。マリアは自分のことで精一杯なのだろう。変装しているのもあるが、僕にかけらも感心を持たずに町の奥にあるひときわ大きな屋敷に向かっていった。


「……オルガ!」


 僕はマリアの姿が遠くまで行ったのを確認してから開いた道を通ってオルガに駆け寄る。オルガの怪我はひどかった。抉り取られた肉は断面がズタズタで、血管が切れているのだろう、出血もひどい。


 このままでは死んでしまう。魔女たちに助けを求めようとした僕の肩を、オルガは怪我をしていないほうの手でぐっと掴む。


「待って。大丈夫だから」


「大丈夫って……! そんなひどい怪我……!」


「見てて」


 オルガが痛みに震える声を息を吸うことで整えると、みるみる傷が塞がっていく。オルガは治癒魔法を使ったようには見えなかった。自然治癒? それにしては速度が速すぎる。


 みるみるうちに傷が塞がっていく。僕は奇跡を見ているような気持だった。だって、普通はこんな怪我は死ぬか治癒魔法かスキルを使って治すレベルのものだ。長であるマリアがS級であるように、オルガもまたS級なのだろうか。そうじゃなきゃこの治癒力は説明がつかない。


 白い腕が元に戻る。血で濡れてはいるが、怪我は完治したようだ。それを見ていた魔女たちの痛い視線が突き刺さって、僕は振り返る。みんな一様にオルガを化け物を見るような目で見ていた。中には嫌悪感を隠しもしない人もいる。


 僕は反論しようとして、オルガに止められる。


「いいの、やめなさい」


「でも……!」


「お母様の魔力で構成されているこの肉体は、いつか食いつくされるか魔力に戻されてお母様の体に戻る運命だから。今は、あなたの仲間を心配しなさい」


 そうだ。僕は美海ちゃんと尚也さんの心配をしなきゃ。それでも、助けてくれたオルガが苦しんでる姿を見て見捨てられるほど僕は残酷じゃない。


「配給の準備はできているのでしょう? 皆がお腹を空かせてはいけないわ。早く準備して」


「は、はい……!」


 指示を出された魔女は設営中だった配給の場所に向かう。オルガは青い顔をしてふらふらと立ち上がる。とっさに手を貸すと、オルガは僕を見て笑った。


「やっぱり、優しいのね」


「配給、早くもらって家に戻ろう。屋敷に行くことないんでしょ?」


「そうね、今のお母様は気が立っているから……。あんなに追い詰められたお母様は初めて見た。結界があるとしても、ここが見つかるのは時間の問題ね」


 それは、オルガとのお別れが近くなったということ。マリアは殺されてしまえばいい。でも、オルガは……。


 僕は配給が仕上がっていくのを見ながら悩んだ。マリアは憎い。オルガがいなければ無謀だとわかっていても突撃していただろうな。満里奈さんを殺した罪をこれでもかと味わわせてやりたい。


 でも、オルガは違う。敵対関係ではあるけど、僕を助けてくれた。僕が無茶をせず生きていられるのもオルガのおかげだ。でも、美海ちゃんと尚也さんは確実にここを見つけるだろう。そのとき、僕はどうなってしまうのだろうか。


 配給の野菜のスープとパンを受け取り、僕の仮住まいに戻ったオルガがテーブルの椅子に座って息をついた。歩くのもつらそうだったもんね。僕はその向かいに座り、配給を置いてからオルガの背中をさする。


「……ありがとう」


「これくらいしかできないけど」


「それでも、少し落ち着くわ。……お母様、たぶんあなたに気付いてる」


「えっ」


 そんなそぶりはなかったように見えたけど。親子だからわかることもあるのかもしれない。それだと、僕が殺されるのは時間の問題か。


 ダンジョンで初めて死ぬ恐怖。今まで簡単なところにしか行かなかったし、荒れ果てた荒野も半分以上は美海ちゃんがいてくれたおかげで攻略できたようなもの。五つスキルが新しく開花しているけど、どこまで戦えるかわからない。


 考える僕を見て、オルガは振り返った。そしてかがんでいた僕の唇に触れるだけのキスをする。その瞬間、なにかの力が体中を駆け巡るのを感じた。体が魔力に包まれる。というか、僕のファーストキス!


 思わず真っ赤になって口元を押さえる僕を見てオルガは笑った。


「キス、初めてだった? ごめんね、人間じゃなくて魔女で」


「それよりも、今のはいったい……?」


「護りの魔法。キスはついで。さっき助けてくれたお礼よ」


 お礼でキスをするなんて、魔女は変わってるなあ。でもこれ、美海ちゃんに知られたらお仕置きじゃ済まないんじゃ。そんなことを考えていると、オルガがにやりと笑う。


「思い人でもいるの?」


「そ、そういうわけじゃないけど。知られたらきっと、僕どうなるかわからないから……」


「あはは、それは楽しそうね。……来たわね」


「なにが……」


 僕が言いかけた瞬間、パリン、となにかが割れる音が聞こえた。結界が破られた。美海ちゃんと尚也さんがここを割り出したんだ。


 オルガが立ち上がる。そしてふらっとしたのを支える。その僕の手を、オルガは振り払った。


「オルガ……」


「これからは、あなたと私は敵同士。慣れあいはナシよ。……お母様のところへ行くわ。さよなら」


 瞬時に、その場からオルガの姿が消える。僕は拳を握りしめ、僕とわかるようにとんがり帽子を脱いで町の入口のほうへ向かった。そこでは美海ちゃんと尚也さんが戦っている。配信機材は持ってきていないようだ。


「美海ちゃん! 尚也さん!」


「リオ!」


「どけっ! 理央ちゃん、無事だったか!」


 見えない何かで魔女たちを吹き飛ばした尚也さんと美海ちゃんが駆け寄ってくる。二人とも浅いけど傷だらけで、マリアとの戦闘が激戦だったのが伺える。


「僕は無事です! でも、オルガが……!」


「そこまでだよ、人間たち」


「マリア……!」


 いつの間にか頭上にオルガと、その肩に乗ったマリアがいた。ひしゃげていた腕は元に戻っている。オルガは冷たい目をしていた。さっきまで僕に向けていた優しい目は、もうどこにもない。


 オルガと戦いたくない。でも、やらなくちゃ。オルガがくれた護りの魔法。それはきっと、僕を助けるためだから。


「よくもリオをさらってくれたわね。覚悟なさい」


 美海ちゃんが杖を構える。尚也さんがマリアたちに手を伸ばすと、バチン、と音を立ててなにかが弾かれる音がする。


「連れが補助か」


「オルガです。オルガは……」


「私はオルガ。このダンジョンの主にして王のマリア様のしもべ。いざ尋常に、勝負!」


 オルガの背後に魔法でゆがめられた空間から槍の形をした魔法が顔を覗かせる。射出された瞬間に美海ちゃんのレーザーが全弾撃ち落とし、煙が舞う。


 戦いの火蓋は、切って下ろされた。

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