第17話 お姉さんとダンジョンへ

 それから一週間は何事もなく過ごしていた。学校では相変わらず美海ちゃんの距離が近いけどだんだん慣れてきて、愛でてくれるのは恥ずかしいけどそれを受け入れられるようになってきた。


 夜、僕の家に着替えを持ってやってくる尚也さんは紳士だ。僕の嫌がることはしないし、したとしてもすぐに謝ってくれる。一緒の部屋で布団を敷いて寝る尚也さんは保護者として心強く感じた。


 美海ちゃんとの配信はクラス中に広まっており、女子連中が熱く語ってくれるのは嬉しいが、みんなパンツのことには触れないでいてくれた。助かる。【天使化】を習得した僕のあだ名は『天使ちゃん』になり、ますます恥ずかしさに拍車をかけている。


 お昼休みは美海ちゃんと二人きりで。これがクラスの暗黙の了解になっていた。席をくっつけて、美海ちゃんが自分のお弁当のおかずをあーんしてくるのをみんなこっそり見ている。気付いているのか、わざと見せつけているのか美海ちゃんのことだからわからない。


 時は十月。涼しくなって、衣替えとなった。半袖ですらっとしたボディラインが見える美海ちゃんも美しかったけど、ブレザー姿の美海ちゃんもこれはこれでまたいい。こんな子に好かれているなんて、まるで夢のようだ。


 それに、尚也さんから十月に入ったら配信してもいいんじゃないかという許可は出ている。前日に配信予定のお知らせを出しておいた。今回はどんなダンジョンなんだろう。


 新しい人を紹介してくれるらしく、僕は日曜日の朝から気合を入れて化粧水とムダ毛の処理に励んでいた。インターホンが鳴る。来た!


「はーい!」


 洗面台は玄関から奥に続く廊下の突き当りの左にある。ぱたぱたと玄関に出て鍵を開けてドアを開くと、大人の色気漂う黒髪美人なお姉さんがそこに立っていた。後ろから尚也さんも出てきて、背後で謎の美女に向かって手を上げるのを感じた。


「満里奈姐さんおっす。今日は来てくれてありがとな」


「……この子が今日一緒に行く子?」


 満里奈と呼ばれた美女の艶っぽい声に思わずどきっとする。美人は声までいいのほんとずるい。


「ああ。名前は天内あまない理央。十六歳になってまだ三週間くらいかな? 妹分としてぜひかわいがってやってほしいんだ」


 満里奈さんは無表情で僕を見下ろす。身長が高いのと、美人の無表情って案外怖いので委縮してしまう。お、怒らせちゃったかな。顔が気に食わないとか……。


 すると、次の瞬間笑顔になって僕に抱きついてきた。え、え?


「かわいいー! 人形みたいね! 理央ちゃん、よろしくね! こんなかわいい子と同居なんて、変なことしてないでしょうね尚也」


「あっ、あの!」


「ああ、姐さんは【対魔力】持ってないからモロに効くと思うぞ。そんでもって実力はあるけど愛が重い。【対魔力】自体持ってる人間が少ないからな。頑張れ」


 そんな、綺麗なお姉さんに好かれるのは嬉しいけど美海ちゃんと同じルートなの!?


 それに満里奈さんも僕に負けず劣らず大きい。むにゅむにゅとブラジャー越しのおっぱいの感触がしてかあっと顔に熱が集まる。手をわたわたさせていると、それに気がついたのか満里奈さんがやっと体を離してくれた。


「ごめんなさい。かわいい子だからついつい抱きしめちゃって……。私は井上満里奈。尚也と同じく会社員しながらダンジョン配信してるの。スキルは【イリュージョン】と【怪力】よ。主に前衛になるわね」


 ああ、だから革製の鎧一式が入った袋を手に持っているのか。重そうだ。革とベルトが分厚くて頑丈そう。他にも力を感じるピアスに指輪をしている。これも美海ちゃんと同じくドロップで得たものだろう。


 会社員ってことは、尚也さんより年上かな。僕も満里奈お姉さんって呼んだほうがいいか。


「満里奈お姉さん」


「うっ……」


「わー! ティッシュ、ティッシュ取ってきます!」


「姐さん、美海と違って同性愛者じゃないでしょ。名前呼ばれたくらいで鼻血出さないの。ほら」


 尚也さんがポケットに入れていたティッシュを渡すと、満里奈さんは「ありがと」と言ってティッシュで鼻を押さえた。だ、大丈夫かな。


「でも、破壊力が強すぎた。こんな子にお姉さんなんて言われたらそりゃ鼻血も出るわよ」


「いや、出ないのが普通だからね? でも、俺も【対魔力】なかったら鼻血出してたかもな」


「尚也さんまで!?」


 つっこみが追いつかない。僕より大人の二人が揃って鼻血出してたら地獄絵図だよ。さすがの僕も引いちゃうよ。


 鼻血が落ち着いてきたのか、ちょっと赤くなったティッシュを尚也さんに渡して満里奈さんがようやく僕を離してくれる。


「ごめんなさいね。理央ちゃんがかわいいものだからつい……。今回行くダンジョンは森よ。名前は魔女の森。モンスターじゃなくて人が相手だから攻撃しにくいと思うけど、そこは任せて。お姉さんが全員ぶっ飛ばすから、後方から援護してくれれば」


「魔女……」


 魔女も一応人間に害をなす存在としてダンジョンに出現することもあると配信チャットで見たことがあるけど、魔女がメインのダンジョンなんて初めてだ。全員【対魔力】を持っていそうだし、【魅惑】による誘惑は効かないものと考えたほうがいいのかも。


 それにしても、魔女かあ。人を斬るのは抵抗がある。でも、やらなきゃやられる世界なんだ、ダンジョンは。気を引き締めていかないと。


「魔女は言葉が使えるから、騙されてトラップにかからせられることもあるかもしれない。でも大丈夫。お姉さんが守るからね」


「ありがとうございます!」


「話はまとまった? 留守は任されたから、行ってきて。場所は海の近くだったな」


「電車で行くから大丈夫よ。一緒にデートしながら行きましょうね」


 こんな大人のお姉さんとデート……。美海ちゃんとの二人きりのダンジョン探索はもちろん楽しかったし刺激的だったけど、満里奈さんに言われるとなんだかいけないことをしているようでどきどきしてくる。


「それじゃ尚也、理央ちゃん借りてくわよ」


「はいはい。変なことしちゃだめだよ姐さん」


「わかってる……けど、手を繋ぐくらいはいいわよね」


 きゅ、と手を握られて、僕はどきっとする。満里奈さんからは香水もしてないのにいい匂いがした。これがフェロモンってやつなのかな。会社ではモテるんだろうなあ。


 今回は満里奈さんと僕とで配信することになり、僕は一旦家に入って配信機材を袋に入れて出かけた。


 僕たちは徒歩で駅に向かい、海の最寄りの駅までキャッシュレスで料金を支払って電車に乗る。満里奈さんが美人だからか、僕の【魅惑】のせいなのか、主に男性からの視線が痛い。都市部を抜けるとだんだん人が減っていって、海の最寄り駅に着くころには人はまばらになっていた。


 電車で移動すること一時間半。そこから徒歩三十分で砂浜が見えてきた。波返し護岸のところにダンジョンへ続くドアがあり、ちょっと冷たい磯風が気持ちいい。


「髪が痛んじゃうわ。さ、鎧着るから待っててね」


「後ろ向いてたほうがいいですか?」


「服の上から着るタイプだから大丈夫。理央ちゃんを守るために念入りに着なきゃね」


「袋は……」


「邪魔になるからここに置いていきましょう。ダンジョンボス攻略が難しそうなら帰ればいいからね」


 やっぱり今回もダンジョンボス攻略が目的か……。美海ちゃんとの配信が終わったあと【天使化】と【罰】について調べたけど、どっちも強力なレアスキルらしい。【天使化】は見ればわかるけど、【罰】は対象者を傷つけたモンスターや人型にダメージを反射する代物らしい。


 これを使って、【剣錬成】も併せて満里奈さんの助けにならなきゃ。満里奈さんの準備ができたようなので、二人でドアを開けて光が溢れるドアの中に入っていった。

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