第16話 同居
我が家に送り届けられて石田さんに感謝を言い、戻っていくのを見送ってから家に入る。リビングに里奈がいて、買ってきたらしいお菓子を食べている。チャットにはお説教とは書かなかったから、遊びに来た気分なんだろう。
部屋に行ってちょっと汗臭い服を脱いで洗濯物に出し、普段着に着替える。スカートは股がスースーするので普段着の下はジャージだ。クーラーが効いているリビングに向かうと、里奈が顔を上げてにぱっと笑う。
「研究所勤めの妹を呼び出すなんて、休日出勤があったらどうなってたかわかってるの? お兄ちゃん」
「研究所比較的ホワイトなんでしょ? とにかく、今日はお説教」
「なんで!?」
「スカート履いてると下からパンツ見えるの言わなかっただろ! おかげで恥ずかしい思いしたんだからな! だいたい里奈はいっつも……」
僕がお説教を開始すると、家のインターホンが鳴った。こんなときに誰だろう? あ、もしかして。
僕はハンカチを収納していた棚から尚也さんのハンカチを取り出して玄関に向かう。そして防犯用のカメラを見ると、案の定ラフな格好をした尚也さんが立っていた。拒む理由もないので玄関の鍵を開ける。
扉を開くと、やっぱり悔しいほどイケメンな尚也さんがそこにいて、僕は憧れの眼差しを向けながらお辞儀をする。
「おはようございます」
「いいよ、お辞儀なんて。同業者なんだから気楽にいこ。今日は妹さんいないの?」
「来てるんですけど、立て込んでて。これ、ハンカチ。あのときはありがとうございました」
綺麗な白色のハンカチを両手で差し出すと、尚也さんは笑顔でそれを受け取ってくれた。
「ハンカチ洗ってくれてありがと。ちょっと話がしたいんだけど、あがっていいかな?」
「なにかありましたか?」
「うん。俺も昨日の配信見てたけど、疑問に思ったこととかいろいろ聞きたくて。今後のこともあるしね」
今後挑むダンジョンのことか。それとも、新しく仲間を紹介してくれるのかな?
わからないけど、先輩である尚也さんの話は聞いて損はない。先日いい茶葉を買ったから気に入ってくれるといいけど。家に上げてリビングに案内すると、里奈が尚也さんを見て色めき立つ。
「じゃ、JACKさん!? どうしてここに!?」
「や、里奈ちゃん。お邪魔するよ。昨日の理央と美海の配信見てて思ったことがあったから来てみただけ。悪いけど、二人にしてもらえるかな? 話は聞いちゃだめだよ」
「は、はい……!」
突然のイケメン登場に里奈の理解が追いついてないみたいだった。里奈、面食いだもんな。小さいときも近所のかっこいいお兄さんに告白して振られて泣いてたっけ。
里奈はお菓子を持って、まだ残ってる自分の部屋に上がっていった。里奈の部屋は二階。これなら内緒話も聞かれる心配がない。
尚也さんは里奈の気配が二階に行ったのを確認すると、僕を見た。どこに座ったらいいか、ということだろう。僕が視線でテーブルを指すと手前の椅子に座った。僕は一応の家主として奥側に座る。
「ここに来たのはハンカチを返してもらうためでもあるけど、このままスキル開花を続けると体に負担がかかると思って来たんだ」
「負担?」
スキル開花すると体に負担がかかるというのは初めて聞く話だな。思えば、数時間歩いたとしても昨晩は異様に眠かった。それがスキル開花の影響なのだとしたら、ちょっと怖い話である。
「スキル開花ってのは、そうぽんぽんとできるものじゃない。【天使化】レベルのレア度の高いスキルになればなおさらだ。昨日体が重かったり頭痛がしたんじゃないかい?」
「確かに、昨日は疲れ果てて寝ました」
「やっぱりか……。ここで提案なんだけど、これからダンジョンに潜るときは俺含め美海や俺の仲間と一緒にダンジョンに潜ったほうがいい。理央はダンジョン慣れしてないし、あの様子だとBランクモンスターを倒すのがやっとだ。俺もS級配信者としてサポートできると思うし、これも理央を守るためなんだ」
なんだか僕、守られてる?
昨日美海ちゃんとダンジョン行ったときもそうだけど、やたら僕が女の子になってから守られてるような。美海ちゃんも尚也さんも僕を守ってくれるのは嬉しいけど、なんだかお姫様扱いみたいで恥ずかしいような悔しいような。
でもダンジョン慣れしてないのは本当だし、せっかく開花したスキルを使わない手はない。せっかく増えた僕のチャンネルのリスナーにも楽しんでもらいたい。これが今は美海ちゃんや尚也さんのファンだとしても、僕のファンにもしてみたいし。
でも尚也さん、心配性だなあ。実力についてはぐうの音も出ないけど、僕だってレアスキルを獲得したからには活躍したい。守られて戦うのはなんだか違う気がする。
あ、ついでにチャンネル収益化しておこう。お金には困ってないけどお金はあったほうがいいからね。広告収入だけでももらえれば儲けものだ。
そんな不純な考えは置いておいて、僕は尚也さんを見る。
「ご厚意はありがたいです。でも、僕にも元男のプライドが……」
「これは実際に海外であった話なんだけど、スキル開花をぽんぽんして力を使っていたダンジョン配信者が倒れて、神経がやられて再起不能になったこともあるんだ。アンチが増えるかもしれないけど、俺は理央にはそうなってほしくない」
そこまで言われてしまうと……断りづらい。尚也さんの表情は真剣そのもので、本気で心配してくれているのがわかるから余計に。嫌われるより愛されているほうがいいけど、うーん。
「……わかりました。僕もまだまだ未熟な身。先輩方のお力を借りたいと思います」
「わかってくれて助かるよ」
「いえ、本気で心配してくれてるんだなーってわかるので。ご提案ありがとうございます」
「ダンジョン配信の予定は?」
そう聞かれて、そういえば僕のチャンネルは動かしてないことを思い出す。男だったときの黒歴史も流したいし、配信を積み重ねて見えないようにしてしまおう。男だったという証明のためにアーカイブは残して。
「あ、そうだ」
「どうしたの?」
「妹、ああ見えて研究者なんです。今後僕がスキル開花しても反動がこないような薬を作ってもらえないか聞いてみてもいいですか?」
「いいけど……。理央より年下にしか見えないよ? 働いてるの?」
尚也さんの疑問はもっともだ。僕だっていまだに十一歳で大学卒業しただなんて信じられないよ。でも頼みの綱は里奈しかいない。薬が完成するまでは尚也さんたちに守ってもらうとしても、僕自身の力でいつかダンジョン攻略したい。
「働いてます。時間はかかるかもしれないけど……その間、よろしくお願いします」
「ふむ。じゃあ、妹さんを交えて話をしたほうが早いかもね」
「はい。ちょっと待ってくださいね。里奈ー! 下りてきていいよー!」
僕は椅子から降りてリビングの扉を開けて二階に向かい声をあげる。それを聞きつけた里奈がぱたぱたと下りてきて、リビングに入ってきた。
「話は終わったの?」
「うん。里奈、頼みたいことがあるんだ」
里奈は頭に疑問符を浮かべている。突然のことだし無理もない。
「お兄ちゃん、ここ一か月で五つもスキル開花してるんだ」
「えっ……。それは危険だよお兄ちゃん! 確かにTS薬にはスキル開花を促す力があるけど、一か月に五つも開花したら体への負担が……」
「うん、できるだけ開花しないように頑張る。だから、スキル開花の反動を打ち消す薬って作れないかな?」
「同時進行で開発してたから八割がた形にはなってるけど……。お兄ちゃん、もしかして治験する気?」
里奈が心配そうに見上げてくる。僕はTS薬の実験体にされた。今さら形になってない薬を飲むのにためらいはない。それに、里奈なら頼めばできるだけ安全に作ってくれると思うから。
「TS薬飲ませた張本人が言うセリフじゃないね」
「うっ……。わかった、明日から急ピッチでそっちの薬の開発を進める。チームメンバーにも協力してもらう。だから、無理はしないでお兄ちゃん」
里奈の言葉に強く頷く。それを見ていた尚也さんが立ち上がって僕の隣に並んだ。
「薬はいつできそう?」
「わからないです……。薬の材料の入荷次第としか」
「じゃあ、その間体に異変がないか俺が毎晩確認するって言うのはどうかな」
「それは、どういう……」
なんだか嫌な予感がするのは僕だけだろうか。
「泊まっていくんだよ。俺、平日日中は働いてるけど理央もその間は学校に行ってるから誰かの目があるし安全だろ。でも、帰ってきてから反動が体に出るかもしれない。定時では上がれない仕事なんだけど、それでも七時には上がれるから寝食共にして体に異変がないか監視する。そうすれば解決だろ?」
それはそうだし、尚也さんは僕に手を出してくることはないだろうけど僕のために大丈夫なのかな。なんか、この過保護っぷりは美海ちゃんを思い出すぞ。
「えっ、じゃあお兄ちゃんJACKさんと一緒に暮らすの!?」
「まるで同棲みたいな言い方はやめなさい!」
「そうそう、大したことじゃないよ。薬ができたら俺も出ていくし」
にっこりと笑う尚也さんが怖い。え、本当に何もされないよね? 信じて大丈夫だよね?
「JACKさん、顔が怖いです……」
「あ、ごめんごめん。最初に同業者で理央を見つけたのが俺だからさ。そんな子の保護者ってなんか兄貴みたいだと思って」
尚也さん、疑っててすみませんでした。今日からついていきます。
「というわけでよろしくな、理央」
「よろしくお願いします」
「お兄ちゃん、ずるいー!」
里奈の叫びが家の中に響く。その後、僕の手料理でお昼を食べて里奈は急いで研究所に戻っていった。こうして、尚也さんとの期間限定の同居生活が始まるわけである。
尚也さんに料理とかお弁当作ってあげたら、喜ぶかな?
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