第15話 一緒にお風呂

 あわわ、と僕がおののいていると、美海ちゃんはお風呂に悠然と入ってきた。そしてはらりとタオルを脱ぐのを見て、僕は慌てて顔を逸らした。見てはいけない。見てはいけない……っ!


「どうしたの?」


「どうしたもこうしたもないよ! 僕元男だよ!? お、女の子の裸なんて……!」


「今は女の子同士だからいいじゃない。これも親睦を深めるためよ」


 一体僕は今何を言われているんだ。まったく理解ができない。体は確かに女の子だけど、心はまだ男だっていうのに……!


 幸い体はどこも反応してない。そうでなくちゃ困る。頭を洗っている美海ちゃんの隙をついてお風呂に入浴剤を入れる。しゅわしゅわと音を立ててお風呂が濁っていく。これなら大丈夫。


 あとは全裸の美海ちゃんをなるべく見ないようにしてお湯につかる。浮いてくるおっぱいを押さえながら待っていると、ちゃぷんと音を立てて美海ちゃんが湯船に浸かった。やっと顔を前に向けると、シャワーであったまったからかほんのり頬を赤くした美海ちゃんが目の前にいた。


 向かい合ってお風呂に浸かったところで、僕はくらりとする。ちょっと湯船に浸かりすぎてのぼせちゃったかな。早めに出ないと。


「ああ、あったかい。夏の終わりだから暑いけど、汗を流すのは気持ちいいわね」


「その、僕のぼせそうだからお風呂あがっていい?」


「だめ。ちょっと付き合って」


 それもそうか。入ってきたからってあがったらそっけないと思われても仕方ない。ここは少し我慢して話に付き合おう。


「美海ちゃん」


「ん?」


「ダンジョン、楽しかった?」


 僕の質問に美海ちゃんは目を丸くしてから、ふふ、と妖艶に笑う。


「楽しかったどころの騒ぎじゃないわ。楽しかったし、一緒に探検できて嬉しかったし、なにより最後はかっこよくて改めて好きだなあ、って思ったわ」


「あ、ありがとう。僕も友達として美海ちゃんのこと好きだよ」


「もう、そこはなにも言わずに僕も好きだよ、っていうところでしょ」


「あはは」


 笑って流すしかできない。今まで女の子と話すといえばクラスの女子の事務連絡と家族の母さんと里奈くらいしかいなかったから。こうしてゆったり話してると本当に心まで女の子になってしまった気分だ。


「それにしてもリオ、本当に肌が綺麗ね。頬を触ってもいい?」


「え? うん」


 入浴剤で濁った湯船から腕を出して少し近づいて僕の頬に触れる。ふにふにと軽く揉まれて、くすぐったくて笑うと美海ちゃんも笑顔になる。


「本当にすべすべ。今はお湯で濡れているからというのもあるでしょうけど、肌が綺麗なのはリナ? って子のおかげ?」


「うん、妹。天才で僕より先に大学卒業しちゃったんだ。それで研究所に勤めてる。あ、学校では薬のことなりゆきで離したけど、怪しげな研究所に勤めてるってのは秘密でお願い」


「わかったわ」


 珍しく真面目に美海ちゃんが頷くものだから、珍しいこともあるんだな、と僕は思った。今日で僕の貞操を狙う何かだと思っていたから、真剣に答えられると逆に後で「約束したんだからキスくらいはいいわよね?」とか言われそうで怖い。


「今回は真面目なんだね」


「わたしだってしていいことと悪いことの区別くらいつくわ。お父様が知っていたということは秘匿性が高いことだということだし、それならわたしも口をつぐむのみよ」


「一緒にお風呂入ろうとするのに?」


「同性だからいいじゃない」


 うーん、わかってるんだかわかってないんだか。でも隠してくれるのに協力してくれるなら心強いことに変わりはない。


 本格的に頭がくらくらしてきた。裸を見られるのは恥ずかしいけど、そろそろあがらないと倒れてしまう。


 体を両手で隠して立ち上がる。すると美海ちゃんは唇を尖らせた。


「むう。もうあがっちゃうの?」


「もう本当にのぼせそうなんだ。ごめんね」


「それなら仕方ないわね。着替えたらまだリビングにいるだろうお母様に話しかけて今日の部屋を聞いてみて。大丈夫、お手伝いさんがいつも綺麗にしてくれてるから」


 さすがお金持ち、お手伝いさんなんて雇ってるのか。それよりも、隠してるとはいえ裸を見られるのは恥ずかしいから早く出よう。脱衣所に出てタオルを使って体と髪を拭き、パジャマに着替えるも、おそらく美海ちゃんのものなのだろう。胸の部分がぱつぱつだ。


 リビングに行くと誠二郎さんとハンナさんがワインで晩酌をしていて、僕の姿を見たハンナさんが申し訳なさそうな顔をした。


「あら、胸のサイズが合わなかったのね。取り寄せさせましょうか?」


「い、いえ、大丈夫です! 美海ちゃんから部屋に案内してもらえるって聞いたんですけど……」


「もちろんよ。トイレのすぐ近くの客間があなたの部屋。案内するわ。セイジロウ、ちょっといってくる」


「ああ、待ってるよ」


 誠二郎さんが快く送り出してくれて、ハンナさんについて一階を歩いていくと、曲がり角のすぐ近くにトイレがあった。その隣に通される。


 立派な部屋だ。僕の部屋より一回りは大きい。ベッドもセミダブルの大きさで、本当にこんな立派なベッドを独り占めしていいのかと思ってしまう。ペットボトルの水とポットにコーヒーセットも置いてあって至れり尽くせりだ。ホテルかな?


「こんなにいい部屋、使っていいんですか?」


「もちろんよ。セイジロウの仕事相手が泊まっていくけど、評判はいいわ」


 それはそうだろうな。そこらへんのホテルよりもいい部屋だし。ありがたく使わせてもらうとしよう。


「それじゃあ、お言葉に甘えて。おやすみなさい」


「おやすみ、リオちゃん」


 ハンナさんが手を振ってドアを閉める。僕は電気をつけずにベッドにぼすっと体を預けた。


 今日のダンジョンは最後怖かった。二時間以上歩き通しで疲れたのもあるし、フィールド型のダンジョンにはしばらく行きたくない。今さらになってふくらはぎが悲鳴をあげているのを感じる。


 もそもそと布団とベッドの間に入り、枕に頭を乗せて息を吐く。すると眠気があっという間にやってきて、僕はスマホをバッグから取り出し里奈に明日の呼び出しのチャットを打つと眠りに入った。


 翌朝、着替えはないので昨日着た服を着まわして石田さんに車に乗せられて石上邸を出る。美海ちゃんは僕が乗った車が見えなくなるまで、手を振ってくれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る