第18話 魔女の森

 目を開けると、そこは森の外の草原だった。森の範囲は広くて、目の前から横にずっと向こうまで続いている。ここが、魔女の森……。


 僕が呆けてる間に満里奈さんが配信を始める準備をする。僕もそれを見てはっとして配信機材の調整をした。配信が始まると、あっという間に同接五百人に達する。


『おはよう、JACKの仇』


『今日は美海ちゃんいないのー?』


『一緒に井上満里奈が配信してるし、奥に見えるのがそうだろうね』


 みんな好き勝手コメントしている。僕のことについてはあまり言及はない。まあ、前回が散々だったから無理もないか。


「みなさんおはようございます。今日、僕はコメントにもあったように井上満里奈さんと魔女の森に来ました。まだ中には入ってません」


『魔女の森か。Aランクダンジョンじゃん。大丈夫?』


『満里奈さんに迷惑かけたら承知しないぞ』


『まあまあ、美海ちゃんとのダンジョンのときに最後は頑張ってたんだし、なによりかわいいから様子見ようぜ』


 あ、僕を擁護してくれる人いた。なんだかそれだけでその人のことが好きになってしまいそう。こっそり心の中でありがとうを言って、カメラを森に向ける。


「Aランクダンジョンなんですね……。足を引っ張らないように頑張ります。準備は万端なので、このまま森に進みます。満里奈さん、そっち準備いいですか?」


「こっちもオープニングトーク終わったとこ! さ、いこっか!」


 満里奈さんは手にメリケンサックをつけて相手を殴り殺す気満々だ。殺る気の満里奈さんに若干引きつつ、僕たちは森の中に入っていった。


 入ったばかりの部分は本当にただの森で、誰かが住んだりトラップが仕掛けてある気配もない。リンゴなど現代でも見たことがある果物が実っている木もあり、食べ物には困らなさそうだ。


 進んでいくと、小さな小屋が見えてきた。僕たちに緊張が走る。ここは魔女の森。小屋があるということは、そこには魔女がいるということだ。戦闘になるかもしれない。僕は【剣錬成】でエクスカリバーを生み出しておく。


 満里奈さんが木造建築の扉の脇に陣取る。そしてそっとガラスの窓から家の中を覗いて、驚いた顔をする。僕はなるべく気配を消して満里奈さんに近寄って小声で声をかけた。


「どうしたんですか」


「中で人が倒れてる」


「えっ」


 もしかして、魔女にやられた? 世の中にはダンジョン攻略を配信しないで攻略する人もいる。そういう人だったら大変だ。満里奈さんがゆっくり扉を開ける。そして僕が中を見て、驚く。


 小さな女の子が床に腹をつける形で大の字になって倒れていた。黄緑の長い髪の毛がふんわりと床に散らばっている。僕と満里奈さんは顔を見合わせた。武装していないし、どう見てもダンジョン攻略者には見えない。


 僕が行こうとするのを満里奈さんが肩に手を乗せて止め、女の子に緊張した様子で歩いていく。そしてその脇に片膝をつくと、女の子の体を揺さぶる。


「ねえ、起きて。なにがあったの」


「……いた」


「え?」


「おなか……すいた……」


 可愛らしい声で紡がれたのは、空腹の言葉。改めて周囲を見回してみると、家の中に食べ物らしきものがない。魔女の森でどうやって食べ物を手に入れるのかはわからないけど、このままではなんの手がかりもなくこの子が死んでしまう。


「僕、すぐそこのリンゴとってきます!」


「お願い」


 僕は急いで小屋を出て通り道にあったリンゴの木からリンゴを二個もぎ取り、すぐ戻った。女の子は満里奈さんの手によって起き上がらせていて、女の子は目を覚ました様子だけどくらくらしている。


「大丈夫? これ、リンゴ。水で洗ってなくてごめん」


 女の子の緑の目がリンゴを捉えたと思ったら、ものすごいスピードで動いてリンゴをむしゃむしゃを食べ始めた。本当に、飢え死に寸前だったのかもしれない。でも、魔女が敵であるはずの魔女の森でこの子が孤立しているんだろう。


 あっという間にリンゴ二個を食べ終えて落ち着いた女の子が改めて僕たちを見て、ぎょっとして後ずさる。特に満里奈さんのメリケンサックを見て怯えた表情を見せた。


「だ、ダンジョン攻略者!? う、うち悪い魔女じゃないよ! 人間を倒すのは徒党を組んでいる魔女たちで……!」


「徒党を組んでいる魔女?」


 そこでコメントのつっこみが入る。


『当たり引いたみたいだな。魔女は群れる習性を持ってる。迎合できない魔女はこうやって一人で生きていくのを余儀なくされるのさ』


『子供すら魔法で作る連中だからな。母性とかそういうのは持ち合わせてないんだよ』


「子供を魔法で……?」


『そう。男がいないから種の存続のために子供を二人の魔法使いが魔法をかけ合わせて子供を作る。こいつは産まれたてなんでしょ』


 七、八歳くらいの女の子に見えるけど、これで産まれたてなんて。魔女っていうのは不思議な習性を持ってるんだなあ。人間からすれば魔法で子供を作るなんて……いや、これ以上はやめよう。


 そのとき、かたん、と部屋の奥の扉から音がした。僕がそちらを向くと、女の子は怯えた表情でそちらを見た。


「なっ、なに!?」


「大丈夫だよ。家具かなにかが鳴っただけだって。それより、きみの名前は?」


「う、うち? うちはマリア。先々週産まれたばっかり。でも、お母さんたちのいうこと聞かなくてここに捨てられたの。小屋は魔法で作った」


「子供なのに立派ね……。よしよし」


 満里奈さんが頭を撫でると、マリアちゃんは気持ちよさそうに目を細めた。そして僕たちの配信機材を指さす。


「これなに?」


「これは……」


「えいっ」


 マリアが人差し指を立てて一回転させると、僕と満里奈さんの配信機材が煙をあげてショートした。これ、五万もするんだぞ!?


 しゅうしゅうと音をあげて地面に落ちていく配信機材を見てからマリアを見ると、マリアは楽しそうに笑っていた。


「だって気味が悪いんだもん。ねえ、こんな機械より楽しいことして遊ぼうよ! 食べ物も獲らなきゃいけないし」


「あのね、これすっごく高いの。修理すれば直るだろうけど……。配信できないんじゃ意味ないし、森に入ったばかりだから今から帰ればまだ……」


「ぶー、帰るっていうの? それだったら、集落の魔女をけしかけてもいいんだよ?」


 さっきのコメントを信じるなら、集落の魔女をけしかけられたら多勢に無勢で僕たちに勝ち目はあんまりないような。ここはうまく取り入って、ダンジョンボスだろう集落の長を倒す必要がある。


「満里奈さん、どう思います? ……満里奈さん?」


 満里奈さんはぼーっとしていて答えない。目の前で手を振っても反応しなかった。不思議に思っていると、マリアちゃんが声をかける。


「お姉ちゃん?」


「……えっ? ああ、ごめんごめん。考え事してた。集落の魔女をけしかけられたら【対魔力】がない私たちに勝ち目はないわ。今はこの子の指示に従いましょう」


「うんうん! 悪いようにはしないから安心して! 鬼ごっこして遊ぼ! 鬼はお姉ちゃんね!」


「えっ、僕?」


 僕が自分を指さすと、マリアちゃんは頷いた。


「お姉ちゃんからは特別な気配がするから」


「わかるの?」


「むう。うちだって魔女だよ? 本物じゃないことくらい最初からわかってたよ。もう一人のお姉ちゃんも逃げてね。そうだ! 名前教えて!」


 マリアが目を輝かせて言うものだから、僕と満里奈さんは顔を見合わせてから名乗る。


「私は満里奈よ」


「僕は理央」


「マリナとリオね。リオ、十秒数えて! その間にうちとマリナは逃げるから!」


「わかった。いーち……」


 僕が数え始めたと同時に、マリアが先頭になって逃げていく。満里奈さんも小屋の外に出ていった。僕は十数えたと同時に、小屋の外に出る。その瞬間周囲の光景がぐにゃりと曲がり、黒いとんがり帽子とマント、服を着た様々な女性たちが行きかう町の中にいた。


 ここ……どこ……?

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