第11話 悪魔と天使

 中にはリビングデッドが跋扈ばっこしていた。動きが遅い個体が多いので僕でも首を刈ったり手足を切ったりして封じることができた。


 それにしても、美海ちゃんはすごい。僕が一体倒している間に最初のレーザーで十何体も倒している。実力の差、埋めたい。切実に。


 リビングデッドの集団を処理して一息つく。コメント欄は僕と美海ちゃんを称賛する声でいっぱいだ。僕、あんまり倒してないんだけどな。それでも応援してくれるのは嬉しいので素直に受け取ることにする。


「……ふう。片付いたわね」


「トラップを応用して誘導したりしたからね。それにしても美海ちゃん、強すぎない?」


「仮にもチャンネル百万人ですもの。みんなの期待を背負う身としてはこれくらい当然よ。リオ、怪我はない? 治癒師ほどじゃないけど簡単なヒールくらいなら使えるから」


 美海ちゃんが気を使って申し出てくれる。こんなかわいい子に介抱されるなんて元男としては嬉しくてたまらないけど、さっきコメントで見た「女の子しか好きになれない」発言で下心とかを疑ってしまう。


「かすり傷だから大丈夫だよ」


「だめ。リオの綺麗な肌が傷つくなんて。見せて」


「あっ……」


 ぴら、と軽くスカートをめくられる。混戦のときに油断していてまだ倒しきれていなかったリビングデッドに内股をひっかかれた。それでもとっさに避けたから大怪我にならずかすり傷で済んだんだ。


 で、でも女の子に内股を見られるなんて……。リスナーも「うおおおお」とか言ってないで美海ちゃんを止めて!


 美海ちゃんがそっと傷に手をかざす。僕の白くなった肌にできた傷が塞がっていく感覚がする。み、美海ちゃん。なんだか息が荒いけど、怖いからやめてもらえないかな。とは言えなかった。


 傷が塞がってもスカートを上げて僕の内股を見ている美海ちゃんに、さすがにこれ以上はリビングデッドも来るかもしれないし、と思って声をかける。


「あの、美海ちゃん」


「はっ。……ごめんなさい。理央の足が綺麗だからつい……」


「……女の子、好きなの?」


「え? ええ。男の子は残念だけど興味ないわ。でもリオみたいにかわいい子だったら、チャンスがあったかもね」


 やっぱり、女の子が好きなんだ。本能的に恐怖を感じる。男のときだったらそっかあ、で済んでたけど、いざ当事者になってみないとわからない怖さがある。で、でも。美海ちゃんとなら……いや、だめだめ。女の子同士は禁断なんだから。


 だいいち、僕が守ってもらってるのがいけないんだ。早く強くなって美海ちゃんを守れるくらいにならないと元男のメンツが立たない。もう、美海ちゃん強すぎだよ!


 僕たちは途中にある部屋にトラップを解除しながら入り、宝箱がないか探しながら進んだ。いい装備とかあるかもしれないし、お宝も眠っているかもしれないからだ。


 でもそのほとんどがミミックで、僕が襲われるよりも早く美海ちゃんが処理してしまう。目の前で塵になって消えていくミミックに同情しちゃうよ。魔法を撃つ速度が尋常じゃない。


 本来魔法は詠唱するものだけど、規格外の魔力の持ち主なんかは魔法名を唱えるだけで発動出来てしまったりする。美海ちゃんが凄腕の【魔術】使いなのはもう十分に堪能した。


 僕たちは時々いるアンデッドを倒しながら進み、階段を下りたりしてどんどん奥に進んでいく。部屋も覗きながら進んでいくと、開けた場所に出た。そこには角を生やした、肌色が悪い長身痩躯の、コウモリの翼を生やした男性。


 僕はその姿を見ただけで冷や汗が出た。この人は誰だろう。人間ではないのは確かだけど。心なしか、隣の美海ちゃんも若干緊張している気がする。ここ中級者向けじゃなかったの!?


「魔族ね。ここが最奥?」


「そうだ。正確には、我が主が眠るこの奥の部屋が最奥だがな。今主はお休み中だ、邪魔をされては困る。私の名前はオニフス。執事、と言ったらいいのかな? それに私は魔族ではない。悪魔だ」


「……表層が中級者向けってだけで、本命のダンジョンは上級者向けだったのね」


 そりゃ悪魔が相手じゃ上級者向けにもなる。僕の知る限りでも悪魔は最低ランクでもA級以上ある場合が多い。それで負けてダンジョンの入り口に戻された人を何人も見てきた。


 S級配信者の美海ちゃんでも若干緊張するくらいだから、それなりの実力があるということだろう。僕は恐怖と緊張でかちこちだ。今動かれたら倒される自信しかない。


 オニフスは僕を見てにやりと笑う。そう思ったときには背後に回られてナイフで背中を浅く斬りつけられていた。


「うわあああ!」


「リオ!」


 背中に強烈な痛みとかすかに血の臭いがする。僕が痛みにうずくまると、オニフスはふっと笑って僕を見下したような目で見た。


「そちらの女はその程度、もう片方はどうかな?」


「くっ……! 『アルテミス』!」


 美海ちゃんの周りに淡い桃色の小さな玉が無数に展開され、それはオニフスに向かってビームを放った。オニフスはそれを走って避けると大きくジャンプして空中に魔法陣を作ってそれを蹴って加速する。


 その速度は美海ちゃんが魔法を展開するより早く、さすがに美海ちゃんはその場から避けた。その場にクレーターができて、うずくまっていた僕は倒れそうになるのを必死でこらえた。


「そちらの女は多少はやるようだ。だが、こうすればどうかな?」


「リオ!」


 オニフスは大鎌を生みだし、僕の背後に回ると大鎌を首に突き付けた。美海ちゃんが叫ぶ声が聞こえる。つぷ、と鋭い大鎌は僕の首の皮膚を切り、そこから血が流れるのを感じた。


「動くな。動けばこの女の首をはねる」


「やってみなさい。そうした瞬間にあなたの頭をぶち抜いてやるわ」


 ちょっと、僕の首がはねるとか物騒なこと言ってますけど!?


 死んでもダンジョンの入り口に戻されるのはありがたいが、首をはねられたらトラウマになってダンジョンに潜れない自信がある。仇を取ると美海ちゃんは言いそうだけど、それなら今助けてほしい。


 ああ、中級者向けなんて言葉を真に受けなきゃよかった。僕も僕でこういう想定外のことが起きる前に美海ちゃんの美貌に浮かれて来なければよかったんだ。そうすれば怖い思いをしなくて済んだのに。


 膠着こうちゃく状態。その言葉がよく似合う。オニフスから、血の臭いがする。気分が悪い。もう、いいかな。死んでもダンジョンの入り口に戻れるんだし。なんだかなあ。こんなとき、悪魔の天敵の天使にでもなれたらよかったのに。


 そう諦めかけたとき、かあっと体が熱を持った。鼓動がどくどくと激しく鳴って、僕の体に力がみなぎり始める。


「な、なんだ!?」


 オニフスが驚愕の声をあげる。僕の背中の激痛が治っていく。オニフスが大鎌を離して後ろに飛びのいたと思ったら、僕の背中から翼が生えた。え、え?


「貴様、天使だったのか!」


「僕が、天使……? って、うわあああ! 翼生えてるううう!」


 確かにオニフスが言う通り、僕の背中には純白の翼が生えていた。急いでステータスを開くと、【天使化】【罰】のスキルが開花している。おいおいおい、とんでもすぎだろTS薬。


 でも、今なら対等に戦える気がした。びっくりしすぎてか頬を染めている美海ちゃんを見てから、オニフスを見る。


「今度は、こっちの番だ! ……天上におわす神よ、我が願いを聞き届けたまえ……」


「させるかぁっ!」


「こっちこそ、させるものですか!」


 なんて清らかな力だろう。僕が詠唱を始めると、焦ったようにオニフスが大鎌を持って走ってくるのを美海ちゃんが通せんぼしてアルテミスを一斉射撃する。その弾幕攻撃にたまらずオニフスがジャンプして避けた。


「神の御魂において、その力を我に貸し与えたもう。『ジャッジメント』!」


「ふざけるな、小娘二人風情にこの私が……ぐあああああ!」


 天上を突き破って降り注いだ光の柱に呑まれて、オニフスの体が溶けて消えていく。そして最後の絶叫を残して消え去ったと同時に、光の柱も消えた。ドロップはなし。まあ執事っていうくらいだから悪魔でも下級の存在なんだろう。


 その様子をアルテミスを解除しながら見ていた美海ちゃんが駆け寄ってきて僕を正面から抱きしめた。


「み、美海ちゃん!?」


「リオ、無事でよかった……! 天使様になったのも、薬の影響?」


「た、たぶん……。うわあ、この翼動かせるよ」


 開いたり閉じたりして確認していると、美海ちゃんがぎゅうっと力を強くして僕を抱きしめる。不安にさせちゃったかな、一度は死にかけたんだもんね。


「ああ、わたしの天使様……! こうして抱きしめているとあなたの胸の感触とかもわかって至福だわ……!」


「なっ……! 美海ちゃん、離れて!」


「いやよ! わたしのだもの!」


 リスナー助けて……!


 そう思って電子スクリーンを見て絶望する。コメントには「百合きたあああああ」とか「天使な理央ちゃんかわいいいいいい」とかいうコメントが一気に流れている。同接数も十万人を越えている。


 十万人にこの百合な様子を見られているのか……。と思わず遠い目になる。美海ちゃんは配信しているのをすっかり忘れているのか頬と体を摺り寄せてくるし、元男としてはラッキーなんだけど、なんだか納得いかない。


「美海ちゃん。ほんと、もう大丈夫だから。離して」


 僕が冷静な声で話しかけると、ようやく自分がなにをしてなにを口走ったのか思い出したらしい美海ちゃんが真っ赤になって離れる。ついさっきまで冷静だった人と同一人物とは思えない。


「ご、ごめんなさい! 天使なリオがかわいすぎて……。もう一回ハグしちゃだめ?」


「もう十分堪能したでしょ。おあずけ。めっ」


「ああ、そんなところもわたしの天使様だわ。天使になるスキルは初めて見たけど、こんなに素晴らしいものだったなんて。ねえ、学校でこっそりわたしの前だけで天使になってくれない?」


「だめだよ。ダンジョンの外ではむやみやたらにスキルを使えないことになってるんだから。天使化も解除するよ」


 僕が意識すると、翼は何枚かの羽根を残して消えた。美海ちゃんの口から「あああ……」と惜しむ声が出るけど、欲望まみれの目で見られるのはもう恥ずかしすぎて耐えられないのでやむを得ない。


 保護者枠だったはずの美海ちゃんがもう一度天使姿を見たいとぐずるのを宥めて、僕たちは最奥の部屋に向かった。

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