第7話 お嬢様
石上さんはさらさらの長い髪を揺らしながら僕の前に立つ。わずかに微笑みを浮かべる石上さんに僕はどきどきしていた。尚也さんは石上さんに一体なにを言ったんだろう。
「ナオヤはわたしに言ったわ。『あいつは今後絶対伸びる』って。私も【対魔力】持ちだけど、お人形さんみたいに綺麗でかわいいわね。ギャラハンを剣一本で倒したなんて信じられないくらい」
「他に何か言ってませんでしたか?」
「もう、十二日にわたしの配信にゲストとして登場してもらうんだから、他人行儀にならないで。ミナミでいいわ。敬語もいらない。同学年で同じクラスですもの」
「あ、う、うん……。美海ちゃん」
「ナオヤは……そうね。かわいい子だって言ってた。そして素晴らしい身体能力も持ち合わせていると。どうして今まで埋もれていたのかわからないとも言っていたわ。元男だそうだけど、わたしからすれば今のほうが素敵よ? 男の姿を見てないから主観が入っているけれど」
そんなふうに言ってたのか、尚也さんは。それにしても偶然にしては計らったようにここに転校してきたなあ。運命、なんてガラじゃないけど、元男としてはそういうのちょっとどきっとしてしまう。
「美海ちゃんは、この学校ににはたまたま……?」
「いいえ。ナオヤから話を聞いてわたしが急遽転校願いを出したの。お父様が取り次いでくれたので最初はばたばたしていたけどスムーズにいったわ」
お父様って……。まるでどこかのお嬢様みたいな言い方じゃないか。石上さんは頭に疑問符を浮かべる僕を見て笑う。
「イシガミ財閥。ドイツでは有名よ? 日本ではあまり聞くことはないだろうけど」
財閥。単語は知ってるけど、それがどういうものなのかはさっぱりだ。とにかくすごいんだろうけど、ちょっとピンとこない。
「お嬢様なの?」
「ええ。一応お嬢様、ってことになるわね。ここ日本に来るときもお父様お母様と一緒に広い家を買って住んだくらいだから、一般人ではないかも」
だからなんだか凛としていつつも冷たい感じがある表情をしているのか。僕に向けている笑顔は本物なのか、偽物なのか。本物だと信じたいけど。
「で、男のときはどんな姿だったの? 写真とか残ってない?」
「待って、えっと……。はい」
ポケットからスマホを取り出して写真を見せる。それを見た美海ちゃんはへえ、と僕を見ながら感心したように声を出した。
「普通の男の子だったのね。顔は今と少し面影があるけど」
「うっ、それコンプレックスだから言わないで」
「今は女の子になったから問題ないでしょう?」
「妹と同じようなことを言わないでください……」
やっぱりお嬢様ともなると浮世離れしてるんだな。天才すぎて何を考えているかわからない里奈と同じ発言が出てくるとは。逆に考えれば、同じ女の子だから同じ感想が出てくるのか?
僕が悩んでいると、スマホを美海ちゃんは返してくれた。手、綺麗だなあ。きっと毎日お手入れとか欠かさないんだろうな。……僕も真似したほうがいいんだろうか。でもなあ、抵抗感が。
そんなふうに葛藤しているのも知らず、美海ちゃんは僕の顔を覗きこんでくる。びっくりして後ずさった僕にころころと微笑む。
「そんなにびっくりしないで。ちょっと覗きこんだだけじゃない」
「うん、ごめん」
「謝るのもだめ」
「うーん?」
女の子って難しいな。クラスの女子とは違った感じがして少しやりにくい。ドイツという異国で育ったから、価値観が違うのかな。それとも、僕が子供なだけ?
美海ちゃんは僕から離れて前に立った。機嫌がいいのか、微笑んでいる。その笑みはどういう意味なんだろう。
「よかった」
「え?」
「元男と聞いていたから粗暴なのを想像していたけど、いい意味でおとなしくて善良。話していて楽だわ。それに……【魅惑】のせいかしら。話してみたらあなたがすごく素敵な人物に見えてきちゃった」
それは……告白では?
とは言えず、僕はごくりと唾を飲むしかできなかった。美海ちゃんのミステリアスな魅力にのめりこんでしまいそうだ。こんな子と十二日に一緒にダンジョンに行くんだ。張り切って臨んでいいところを見せなきゃ。
ふと、彼女の能力が気になった。学校で派手に放つことはできないだろうが、一端くらいなら見ても大丈夫なはずだ。
「美海ちゃんは、なんの能力持ちなの?」
「わたし? わたしは【猛毒】と【俊敏】と【解毒】よ。【魔術】もあるわ。一通りの魔法は使えるけど、毒を乗せて使うことが多いわね」
おお、なんか見た目通りの能力だ。それに【猛毒】と【解毒】ってレアスキルだよね。間違って流れ弾に当たってもすぐ解毒してもらえるのは嬉しい。僕の剣に毒を縫ってもらうのもありだなあ。とりあえず【魔術】を見せてもらおう。
「本当はやっちゃだめだけど、魔法使えるならちょっと見せて」
「わたしの魔法? わたし、【魔術】適正が高くて手加減できないの。だから、お楽しみは本番までとっておいて? わたし、あなたを絶対守るから」
なんだろう、美海ちゃんが王子様に見えてきた。美少女なのに元男の僕が守られるなんて……。でもこの前まで底辺配信者だった僕にはありがたい。凄腕というくらいだから、魔法でモンスターを殲滅とかやってのけちゃうんだろうな。すごいなあ。
「ふふふ。惚れちゃった?」
「なっ、そっ、そんなことは……」
「冗談よ。わたしはあなたのこと好きになっちゃったけど。女の子として」
いきなり告白早すぎない!? やっぱりあれ告白だったの!?
それに、異性……いや、今は同性か。それでも好きになっちゃったとか、元男としては嬉しいけど、女の子同士って禁断なんじゃ。今はジェンダーに大らかな時代だし、同性愛を否定はしないけど当事者になると抵抗感はある。
どうしよう、このことを誰に相談すればいいんだろう。里奈は面白がるから論外として、父さんと母さんが知ったらひっくり返ってしまうかもしれない。まさか父さんも母さんも里奈が暴走して僕を女にしてるなんて夢にも思わないだろうからね。
そこまで話したところで授業開始の予鈴が鳴った。そろそろ戻らなければ。すると美海ちゃんが優しく僕の二の腕を触って右の頬を僕の左の頬に振れるだけのスキンシップをしてきた。これ、なんて言ったっけ……突然のことすぎて困惑する。
小悪魔な微笑みを浮かべた美海ちゃんはそのまま離れて、「チークキスよ」と教えてくれた。そっか、海外では頬にキスをするのは普通なんだっけ。日本ではそういう文化ないからびっくりしちゃった。
「さ、行きましょう。転校初日から授業に遅れたら先生に悪い印象を持たれちゃう」
「そうだね。みんなも美海ちゃんと話したいだろうし、次の休憩はお互いクラスのみんなの対処をするってことで」
「決まりね」
そう言うと美海ちゃんは元来た道を戻っていく。僕も慌てて隣に立って彼女が迷わないように案内する。十二日のダンジョン、ますます楽しみになってきた。
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