第8話 荒れ果てた荒野

 九月十二日、土曜日。僕は十六歳の誕生日を迎えていた。里奈も帰ってきていて、開口一番「お姉ちゃんおめでとう!」ときた。お姉ちゃん呼びはやめよう? 僕、まだ心は男でいたいよ……。


 ダンジョンに潜るというから化粧水を多めにつけて、里奈に言われるがままに顔のムダ毛を剃り、ふりふりのひざ丈のスカートを履いて買っておいたおしゃれなパンプスに足を入れて出かける。


 学校ではいろいろあった。友達だった男連中は女の子になった僕に告白をしてきて、ごめんなさいをした結果友達ではなくなった。その代わりに女子たちが常に周りにいるようになって、化粧とかおしゃれとかを教えてくれる。


 僕はちんぷんかんぷんだったが、隣の席の美海ちゃんが「リオなら似合うわ」と言ってくれた。美海ちゃんは自然と女子たちと打ち解けて、隣同士の席だから女子が周りにいる状態で話をすることになっていた。ろくに話せなかったけど昨日連絡先を交換して、今に至る。


 美海ちゃんはどんな格好をしてくるのかな。かっこいい系かな。かわいい系かな。どっちも似合いそうだ。


 駅前に着いて周囲の男性の視線をおっぱいで受け止めながら男ってやつは、と思いつつ美海ちゃんを待つ。そして、背後から視界を隠された。


「わっ!? 美海ちゃん!?」


「正解! かわいい恰好して、期待してたの?」


 そりゃ、美海ちゃんレベルの美少女とダンジョンに潜れるってなったら期待するよ。美海ちゃんの姿が見たい。そう思ってやんわり手をどけて振り返ると、そこにはタイトなジーンズにラフなTシャツ姿の、カジュアルな美海ちゃんがいた。


 うわ、足長っ。しかも脚線美が。僕はスカートで隠してるけど、自分のスタイルに自信を持ってなきゃできない格好だ。かっこいい。よく見ると指輪やイヤーカフスはほのかに力を感じる。今までの戦利品なんだろう。片手の袋の中に浮遊型の配信機材も入っている。


「期待、してました」


「素直でいいね、リオ。さ、ダンジョンに向かいましょうか」


「ここから近いの?」


「いいえ、だからタクシーを使うわ」


 タクシー使わないといけないくらい遠いのか。っていうか、僕財布に数千円しか入ってないけど、片道どれくらいなんだろう。女の子に奢らせるわけには……。


「あ、僕、そんなにお金持ってきてない……」


「ふふ、誕生日なんだから素直に奢られて? それに、ナオヤから『ダンジョン慣れしてないだろうからそこまで難しいところには連れていかせないでやってくれ』って言われてるから」


「あう……。お世話になります」


「よろしい。じゃあ、タクシーに乗りましょうか」


 駅前で客待ちをしているタクシーのうち一台に目をつけた美海ちゃんが歩いていく。歩いてる様子も様になるなあ。そう思いながら追いかけて、二人で後部座席に乗る。美海ちゃんが場所を伝えると、タクシーは発進した。


 にぎやかな駅前どおりを抜けて、住宅街を抜けて、ちょっと田舎なところまでやってくる。田んぼは稲穂が垂れて黄金色になっている。綺麗だ。


 走っていると、道の脇にダンジョンのドアが見えてくる。ここが今日潜るダンジョンか……。


「お客さん、料金五千九百円になります」


「はい」


 そう言って理央ちゃんは配信機材が入った袋から財布を出すと一万円をタクシーの運転手さんに渡した。さすがお嬢様、お金持ちすぎる。


 タクシーを降りて、走り去っていくのを見送ってからダンジョンの入り口であるドアに向かう。


 ダンジョンは残るタイプと残らないタイプがある。


 明確な基準ははっきりしていなくて、母さんからたまに送られてくるメールには弱いモンスターが生息しているダンジョンは、繁殖力が強く残るから消えにくいんじゃないかと書かれていた。こんなこと息子に話して大丈夫なの母さん。


 そんなつっこみは置いておいて、ダンジョンだ。僕は内容を知らないから、一応美海ちゃんに尋ねてみる。


「今回のダンジョンはどんなところなの?」


「荒野ね。荒れ果てた荒野とでも名付けましょうか。モンスターもそれなりに強くて、中級者向けってところかしら。出現したばかりでボスモンスターが倒されていないから、こうして残っているわけ。消えるかどうかはボスモンスターを倒してみないとわからないけど」


 つまり、僕たちはこのダンジョンの奥地まで進むことになるのか。いつも言ってる初心の窟じゃないから不安だけど、美海ちゃんがいるからきっと大丈夫。僕もTS薬の副作用で男のときより強くなってるし、モンスターの露払いくらいはできると信じたい。


「じゃあ、いくわよ」


「うん」


 美海ちゃんがドアを開けて、光が溢れるドアの中に入っていく。続いて僕も入った。そこに広がっていたのは枯れ木や枯れ草がわずかに残っている岩肌がむき出しの荒野で、遠くにゴーレムやら豹のような姿をしたパンサーが餌を求めてうろついているのが見て取れる。


 僕はさっそく【剣錬成】でアクアソードを生み出す。刀身が薄い水の刃になっている魔剣で、切れ味も抜群だ。硬いゴーレムも水の力の前には勝てない。……と思いたい。


 こういうフィールド型のダンジョンは、トリガーとなるモンスターを一定数倒すか中ボスのような強力なモンスターを倒すことでボスモンスターが現れることが多い。どこかに別のダンジョンの入り口があって、その最奥で見つかる場合もあるけど。


 美海ちゃんも杖を生み出して僕に横目を向ける。


「準備万端ね」


「美海ちゃんに守られてばっかりじゃかっこ悪いから」


「ふふ。配信前にまずはお手並み拝見といこうかしら」


 その言葉に僕はTS薬でブーストされた【俊敏】を発動してパンサーに突っ込んでいく。怖いけど、【魔術】使いは基本後衛だ。僕が美海ちゃんを守らなくて誰が守るっていうんだ。美海ちゃんは僕を守ると言ってくれたけど、僕にも意地がある。


 僕が急接近したのに気付いたパンサーが臨戦態勢を取る。そして飛びかかってきたのを右に避けながら毛皮に一筋の裂傷を負わせる。まだ力の入れ方がわからない。でも、傷を与えることはできた。


 パンサーは痛みに唸り声をあげつつ地面に着地し、背後から襲いかかってくる。僕はすぐに振り返ったが、もう目の前までパンサーが迫っている。


「右に避けて」


 冷静な美海ちゃんの声が聞こえたと同時に右に避けると、レーザーがパンサーの脳天を撃ち抜いた。パンサーは飛びかかった体勢で絶命し、地面に転がりながら倒れた。


 呆然とそれを見つめていると、いつの間に至近距離までやってきていた美海ちゃんが杖を前に出して立っていた。どうやってここまで?


「魔法使いが後衛とは限らない、ってことよ。自分の身は自分で守れないとあっさりやられちゃうんだから」


「はは、美海ちゃんはすごいや」


「まずは周囲の敵を片付けましょうか」


 美海ちゃんが杖を空に向かって掲げた。するとどこからか雷雲が集まってきて、こちらに向かってきていた周囲のゴーレムやパンサーに雷を浴びせる。


 電撃じゃない、雷だ。その破壊力はすさまじく、ゴーレムは焼け焦げながら崩れ去り、パンサーは丸焦げになって地面に転がる。


 ……女の子だからって、美海ちゃんを侮りすぎていたかもしれない。実力差がありすぎて話にならないんじゃないかな、これ。これから美海ちゃんの配信に僕映っちゃうの?


 そんなことを考えて呆けている僕の頬を美海ちゃんが両手で軽くぺちん、と叩いた。


「いたっ」


「言ったでしょ、あなたはわたしが守るって。配信準備するから、少し待ってね」


 そう言って鼻歌を歌いながら機材の電源を入れる美海ちゃんに、僕ははは、と笑うしかできなかった。


 僕、恥ずかしい姿をさらさなきゃいいけど。ああ、男としての尊厳が消えていく音がする……。

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