第6話 石上美海との出会い

 その後、配信をするのが怖くて夏休みを里奈が研究所の寮に戻ってからだらだら過ごした。買い物に行っても男性の視線が痛い。特に胸。胸をガン見される。本人たちは気付いてないだろうと思ってるんだろうけど、女の子ってこんなに大変なんだ。


 里奈が帰ったことだしブラジャーなしで生活したこともあったが、むにゅむにゅとした感触がして、なんだか変な気分になりそうなので泣く泣くブラジャーをして過ごしている。だって、大きいんだもん……。


 自分のおっぱいを自分で寄せて上げてブラジャーに収めるのは恥ずかしくてしょうがないけど仕方ない。あとは食器類とか普段使いするものを買い替えたりして出かける途中、里奈が用意した服だけじゃ回らないことに気が付いた。


 里奈はもう研究所で働いているから呼び出すのもあれだし、と女性ものの服を取り扱っている店に入って、店員さんに捕まり着せ替えショーをノリノリでやらされた。でも似合ってる僕、ちょっとかわいい、かも?


 夏休み最終日に尚也さんと交換したチャットアプリで連絡がきて、九月十二日の午前十時に駅前で落ち合うことになった。


 そんなこんなでついに夏休みが終わり、登校してしまった。廊下を歩いていると周囲の男子から「あんな美少女うちにいたっけ?」などと話しているのが聞こえて恥ずかしくなる。元男だよ!


 教室に入ると、一瞬教室がしんとした。そして友達含む男子が猛烈な勢いで歩み寄ってきて囲まれる。


「初めて見るね。転入生? あ、でも転入生ならホームルームで先生から紹介あるか」


「イメチェンしたの? でも、こんな顔立ちの子いたかなあ……」


「えーっと……」


 言えない。天内あまない理央ですなんて。TS薬、憎むべき……!


 でも言わないと始まらないので、近すぎる男子たちを押しのけて言う。


「理央だよ。天内理央。面影残ってない?」


 そう言うと、男子たちはフリーズした。そして状況を理解し始めた人間から悲鳴をあげて僕から離れていく。


「り、理央!? どうしたんだよお前! せ、征服まで女になって! 胸はパッドか!?」


「あー、説明すると長くなるんだけど。里奈がやらかした」


「あの里奈ちゃんが……?」


「変な薬を飲まされて女の子になった。説明は以上。ほら、離れて離れて」


 男子たちが僕の席に向かう方向の道を開ける。僕は女子には気味悪がられるだろうな、と思ってクラスの女子をちらりと見る。視線が合った女子が顔を赤くする。え?


 なんだか、女子たちにほわほわした目線を向けられている気がする。もっと、どす黒いものを向けられるかと思っていたのに。二人の女子が席に座って脇のフックに鞄をかけた僕に近寄ってきて顔を覗きこんでくる。


「肌綺麗! 理央くんって元々中性的だったけど、なんか女の子? になってからもっと肌綺麗になったよね! なに使ってるの?」


「い、いや、化粧水以外なにもしてないけど……」


「かわいい……! ねえねえ、服どこのブランド? 髪のお手入れは?」


「え、えっと……」


 思いもよらない方向から来た女子に僕は混乱する。こういうとき、どうすればいいんだ……?


 とりあえず笑ってるけど、服のブランドなんてわからないし、なんなら近くの安い服屋さんだし。女子に必要なものとして里奈に別れ際化粧水を渡されたくらいでその他には本当に何もしていない。これが女子パワー……。


 あまりにキラキラしたまばゆさに僕が遠い目をしていると、友達が間に割って入ってきた。


「おいこら、理央は俺の友達だぞ」


「あっ、ずるーい! そうやって理央くん……ううん、理央ちゃんを独り占めする気でしょ! そうはいかないんだから!」


「友達なんだから、理央は俺たちと一緒だ!」


「ううん、よくわかんないけど女の子になっちゃったんなら女の子といるべきだよ! 男子はえっちなんだから!」


 ばちばち、と両者の間で火花が散る。どうしてこうなった。これも【魅惑】の効果なのか? この場を収めるにはどうすればいいんだろう。


 そのとき、本鈴が鳴った。いがみ合ってた友達と女子が慌てて自分たちの席につく。僕はほっとした。このままだとなんだか漫画みたいな奪い合いが発生するみたいだったから。


 先生が入ってきた次に、制服を着た美少女が入ってくる。僕はその女の子に目を奪われた。スレンダーだが長い手足はまるでモデルのようだ。


「あー、新学期が始まった。そこで転入生を紹介する。石上美海みなみさんだ。みんな仲良く……おや? そこの席は天内の……ああ、教頭の話はそういう……」


 な、なんだ? なんだか担任の先生が納得してるけど……。


 ああ、里奈が学校に根回ししたのか。あの研究所ならそれくらいやりそうだもんな。変な研究してるくせに変な権力を持っている不思議な研究所だ。噂じゃ国会議員ともパイプがあるとかないとか。


 まあそんな噂は今はどうでもいい。転校生らしき美少女を見る。どこか冷たい印象で、でもぞっとするくらい綺麗だった。くすんだ金髪に緑色の瞳からして、ハーフだろうか。


 先生も美少女に徐々に集中が集まりつつあるのに気付いて、慌てて紹介しだす。


「石上さんはドイツと日本のハーフでな。三年前に日本に移住したばかりで日本語がまだ拙い部分がある。うまくコミュニケーションを取りながら仲良くしてあげてくれ。席は……天内の隣だな」


 言われてみれば、右側の席に誰も座っていない。さっきまでドタバタしてたから気付かなかった。


「おい、石上美海って……」


「うん、百万人ダンジョン配信者だよ。まさかここに転校してくるなんて……。転校するって配信で言ってたけど、本当だったんだ」


 石上さんってそんなにすごい人だったんだ。大手見るのがつらくて小さいチャンネルの配信しか見ていなかったけど、確かに「美海ちゃん」って名前が挙がってたのを見たことがある気がする。


 石上さんは担任の横から壇を降りると、隣の席に座った。僕が見つめているのを見て、ほのかに笑う。


「ナオヤが言っていたの、あなただったのね」


「えっ……」


「あとでゆっくり話しましょ。よろしくね、リオちゃん」


 ちょっと小悪魔っぽく笑ってみせた顔が本当に可愛くて、僕は心を打たれる。うっかりしてたら惚れちゃいそうだ。いけない、女の子に軽々しく惚れそうなんて思っちゃ。女の子は守ってあげる存在……でも、尚也さん凄腕って言ってなかったっけ。


「よし、席についたな。ホームルーム始めるぞー。委員長、声かけー」


 クラス委員長の女子が立って起立、礼、着席を言う。僕と石上さんもそれにならってその動作をする。石上さんの綺麗な金色の髪が揺れるのを見てどきっとした。


 そのまま授業までの休憩時間になり、僕は質問攻めにあいそうな石上さんを連れて人気のない場所に行った。隣を歩く彼女は凛としていて、僕が隣に並んでていいのかな、なんて思いつつ後者の脇の非常階段のところにやってくる。


 さて、なにを聞こうかな。

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