第3話 JACK
僕も配信をつけているとややこしくなると思い、友達にバイバイを伝えて配信を切る。なんとなく、JACKさんはここで乱暴をしてくるタイプには見えなかった。僕の男としての勘では、だけど。
「いいの? 配信やめちゃって」
「ハンカチ、洗って返さないといけないですし。そのために連絡先を交換するのは悪くないかなって」
「ありがとう。優しいんだね」
接し方が完全に女の子に対するそれだ。どうしよう。男であることを明かしたほうがいい気がする。でもそれで逆ギレされるのは怖いし、どうしよう。
「君かわいいけど、どっかの事務所所属? それかモデル?」
「えっ!? ええと……。なんていうか……。昨日男だったけど今日女になったって言ったら、信じてくれますか?」
すると、JACKさんは固まった。それはそうだろう。どこからどう見ても女の子にしか見えないのに、自分は昨日まで男だったという女の子なんて頭がいかれてるとしか思えない。
案の定JACKさんも引きつった笑いをしながら僕を見る。
「……冗談だよね?」
「本当です。これが証拠です」
「……マジ?」
僕よりも年上の彼の表情が引きつる。僕が見せたのはスマホのフォトフォルダにある友達たちと一緒に遊ぶ僕。昨日男になったから、女になってからのは一枚もないに決まってる。
JACKさんは口元を押さえて足を止める。ふと腰に下げたハンドガンが目に入って、それで撃たれたらどうしようと内心戦々恐々としていた。やがてJACKさんが口元から手を離し、苦い表情で笑いながら頭をかいた。
「えーと、どういうことか説明してもらえる?」
それから僕たちはダンジョンの出口に向かって歩きながら境遇を話した。
天才科学者である妹がTS薬をジュースに混入させて僕を女にしたこと、それで今日配信の予約が入ってたから仕方なくここにやってきたこと、さっき戦えたのは自分でもわからないことを話すと、JACKさんは納得がいった様子で頷いた。
「……なるほどね」
「だから、友情的な好意はありがたいんですけど恋愛は無理です。ごめんなさい」
「かわいい子だと思ったけど、さすがに初対面で恋愛感情までいかないよ。ナンパしたのはごめんね」
「いえ、僕が紛らわしい格好してるから……」
ふと、気になってステータス画面を開く。そこにあったスキル一覧を見て僕はぎょっとする。ギャラハンを倒すまで存在しなかった【魅惑】【剣術】スキルが開花していたのだ。JACKさんが僕に興味を示したのは僕が女だというのもあるけど、この魅惑スキルがあるせいもあるかもしれない。
「ステータス見てどうしたの?」
「いや……【魅惑】のスキルが開花していたんです」
「ああ……だから元々かわいいけどやたらかわいく見えたのか」
「JACKさんは影響ないんですか?」
「俺は【対魔力】持ちだからさ。ある程度はそういうスキルは防げるわけ。だからかわいいだけで済んだのかもしれない。他のやつと二人で帰ろうとしちゃだめだよ。常に剣ちらつかせるぐらいがちょうどいい」
そうとわかると安心する。この人は大丈夫だ。
そうなると彼の本名が気になる。まさかどう見ても日本人なのに本名だとは思えないし、教えてくれるかな。
「JACKさん、本名は?」
「あ、それ聞いちゃう? いいよ、同業者にはもう知られてるし。俺は伊藤尚也。尚也でいいよ」
「そんな、年上に……」
「俺二十二だよ? 君とそんなに変わんない」
いや、七歳差は変わるでしょうよ。それをなんでもないふうに言ってのけるこのイケメン、できる。悔しい。男のときにそんなふうに言ってみたかった。
「僕十五ですよ? 九月に十六になりますけど」
「誕生日もうすぐなんだ。じゃあ、なにか誕生日プレゼントあげないとね」
「そんな、悪いですよ」
「そう謙遜しないで。物がだめなら……俺の仲間とダンジョン一緒に潜ってみる? 大丈夫、凄腕でかわいい女の子紹介するから」
尚也さん、顔もいいが人脈もあるのか。うらやましい。どんな人なんだろう。楽しみだな。
「日にちは?」
「九月十二日です」
「オッケー。後でその子に連絡しておく」
「ありがとうございます!」
女の子かあ……。どんな子かな。かわいいかな。凄腕ってくらいだから、僕より断然強いんだろうな。尚也さんの実力はわからずじまいだけど、信者っぽい人がこっちの配信に乗りこんでくるぐらい人気者なんだもんな。イケメンだから当然かもしれないけど。
「ちなみに、尚也さんのチャンネルの登録者数は?」
「ん? 四十万人くらいかな」
人気者だった! どうりで落ち着いてるわけだ。
一方の僕は登録者数六人。まあ当然といえば当然なんだけど。それより、帰ったら里奈にギャラハンと戦ってたときに起きた体の変化について問い詰めなくちゃ。また暑い帰り道だと思うと憂鬱だが、今は疑問と怒りのほうが大きい。
僕たちは出口に出てドアをくぐって現代に戻ってくる。むわっと暑い空気に触れて、汗をじんわりかく。歩いて出てきたからか周囲は暗くなっていて、河原にあるからか周囲には誰もいない。
そういえば、尚也さんはどうやってここに来たんだろう。二十二歳ってことは、車かな。そうだとしたらお金持ちだ。四十万人ともなると広告収入もスパチャもすごそうだ。
「尚也さん、それじゃこれで……」
「待って、元男とはいっても今は女の子でしょ? なにかあったら大変だから送っていくよ」
「いいんですか?」
「うん。俺車できたから。ナビはよろしく」
やっぱり車か。いいなあ。早く運転とかできるようになってみたい。お言葉に甘えて、今日は送ってもらおう。
「……無防備だなあ」
「えっ?」
「いや、なんでもない。こっちの話。近くの駐車場だから、一緒に行こうか」
「はい!」
尚也さんが駐車場の方向に歩き始めたのを追いかける。そして僕は尚也さんによって家に送り届けられた。家から出てきた里奈は尚也さんを知っていたようで、色めき立って握手をしてもらっていた。このミーハーめ。
「それじゃ、俺は帰るから。またね」
「JACKさん、応援してます!」
「ははは、ありがとう」
そんな爽やかな笑顔を向けて、尚也さんは車に乗って夜の道路を走り去っていった。僕は笑顔でそれを見送ったあと、横の里奈をジト目で見る。
「……言いたいこと、わかるよね」
「お兄ちゃん? 女の子はそんな怖い顔しちゃだめなんだよ」
「誰のせいでこうなったと思ってるんだー!」
弱くなった腕力でぽかぽかと軽く里奈の頭を叩きながら家に入る。ご飯より先にお風呂……。って、女になったら自分の裸見るの!?
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