第4話 TS薬の秘密

 僕は風呂の姿見を見ないようにしながらそそくさと体を洗いお風呂に入って、浮いてくるおっぱいを押さえて羞恥心まみれで出た。くそっ。こんなかわいい子になってたなんて! 男だったら一目惚れだよ!


 長くなってしまった髪をドライヤーで乾かして、里奈が用意したパジャマを着るとリビングで里奈を正座させてその前に僕は立っている。


「本当にすみませんでした」


「心がこもってない」


「だって! TSしたお兄ちゃん見てみたかったんだもん! 絶対に似合うもん!」


「そんなエゴで人を試験薬の実験体にするんじゃありません! ……はぁー……。なお……JACKさんがいい人だったからよかったけど、襲われてたらどうするつもりだったんだ」


「ごめんなさい」


 里奈はうつむいているから表情は見えないが、声音からしてちょっとは反省しているみたいだ。でも反省されたって僕は男に戻れないわけだし、ぶ、ブラジャーだって毎日しなきゃいけない。こんな拷問ってある?


 ひとしきり人としての常識を説いたあと、僕は本題に入ることにした。


「今日ダンジョンに行ったでしょ、僕」


「うん」


「前と違って体の動きがよくなったんだ。本当なら死んでたところで体が勝手に動いてモンスターを倒せたんだけど……。里奈、心当たりあるよね?」


「それは、TS薬の副作用の一部。やっぱり、男から女になって男に襲われそうになったら大変でしょ? だから脳に働きかけて身体能力を上げてスキルが開花しやすくなる効果があるの。元々お兄ちゃんは【俊敏】持ちでしょ? それと重なって危険を回避……って、危ない目にあったの!?」


 里奈はがばっと顔を上げて心配そうに俺を見る。ギャラハンのこと、言ったほうがいいよな。俺はスカートのポケットからギャラハンの指輪を取り出す。里奈の顔がさーっと青くなった。


「まさか、ギャラハンと交戦したの?」


「うん。でも僕の【剣錬成】のおかげで事なきを得たよ」


「よかった……」


 里奈は本当にほっとした顔で息をつく。そんなに心配ならTS薬なんて飲ませなければよかったのに。あ、でも副作用の一部で命が助かったのだから、そこだけは感謝かな。


「それで、遅れてやってきたJACKさんに送られて今に至ります」


「……JACKさんとドライブデートしてきたの?」


「ぶっ! 違う! 単純に送ってもらっただけです! 里奈が想像してるようなことは一つもありません!」


「えぇー? ほんとかなぁ」


 里奈は心配そうな顔から一転、にやにやして僕を見る。僕は元とはいえ男だ。男性は申し訳ないけどごめんなさいなんだ。それに尚也さんもそんなそぶり一切見せなかったし、合法だよ合法。


「とにかく、薬の副作用ってことはわかった。僕が危険に対して強くなってる、って認識でいいのかな?」


「うん。身の危険を感じたら脳がリミッターを少し外して本来出せない力を出せるようにしてある。男のときより強いと思うよ、今のお兄ちゃんは」


 やっぱりそうか。おかしいと思ってたんだ。今までの説明でもうわかってたけど、本当にTSしちゃったんだなあとしみじみ。まさか男が女になる薬を突然飲まされる身にもなってほしい。


「ちなみに、里奈はTS薬飲まないの?」


「飲んだよー。でもだめだった。なんの反応もなかったもん」


 飲んでたのか……。研究のために自分の体を捧げるのは結構だけど、その癖どうにかしたほうがお兄ちゃんはいいと思う。それが研究者ってものなんだろうけど。


 ひとしきり聞きたいことは聞けた。あとはご飯を食べて歯磨きして寝るだけだ。


「里奈、ご飯作ってる?」


「ううん。お兄ちゃん、作って!」


 にぱーっと笑顔で言う里奈にやれやれ、と思う。昔からお兄ちゃんっ子で甘え上手なところは大学を卒業して研究所に勤めても治ってないか。冷蔵庫に豆板醤とうばんじゃん甜麵醬てんめんじゃん、豆腐にひき肉もあるから今日はご飯と麻婆豆腐で決まりだな。


 麻婆豆腐は簡単に作れるからいい。おいしいし。だぼだぼになったエプロンをつけて、手を洗って調理開始だ。……女の子用のエプロン、買わないとなあ。


 豆腐を手に乗せて優しく包丁で切り、油と豆板醤、甜麵醬、ひき肉を炒めておいた中に入れてさっと火を通す。あんまり火を通しすぎると豆腐が硬くなる。どうせならおいしく食べたいからね。


 冷蔵庫に入れておいたご飯を二人分レンチンして食卓に並べると、里奈はぱああ、と顔を輝かせた。


「やったー! お兄ちゃんの麻婆豆腐大好き! ……ちょっと待って」


「ん?」


「ご飯、そんなに食べるつもり?」


 そう言われて、僕は自分の茶わんを見つめる。男用の茶わんに山盛りのご飯。どこかおかしいだろうか。


「どうして?」


「お兄ちゃん、お兄ちゃんは今お姉ちゃんなんだよ。そんなに食べたら太るよ」


「ふとっ……!」


 そうだった。今の僕は男じゃなくて女だったんだ。茶碗も買いにいかなきゃならない。これは、手痛い出費になりそうだ。


「お兄ちゃんせっかく綺麗になったんだから、そのスタイル維持しないと。モテモテなお兄ちゃん……想像しただけでわくわくするな。いただきまーす」


「こら、まだ話は……。まったくもう」


 そうまで言われたら仕方ない。太るのは嫌だし、ご飯を減らしてこよう。麻婆豆腐が里奈に全部食べられないうちに。


 そこで、テーブルに置いておいたスマホに通知が入る。それはぴろんぴろんと何回も続き、止まらなくなる。なんだ、なにが起こってるんだ。


「お兄ちゃん、スマホ鳴ってるよ」


「わかってるよ。どれどれ……うわあ!?」


 通知履歴がチャンネル登録のお知らせでいっぱいになっている。慌ててチャンネルを見ると、登録者数が六百人になっていた。いったいどうなってるんだ!


「お兄ちゃん……?」


「チャンネル登録者が一気に増えた」


「それって、たぶんJACKさんの配信を見た人から流れてきた人たちだよ。それか、お兄ちゃんの美貌にやられて入ってきた、みたいな?」


「お、恐ろしい……」


 それなりに有名な人の配信に映っただけでこの反響。影響力が強い人の配信にちょっと映っただけでこれだと、この先どうなるやら。


 慌てて本名を流用していたチャンネル名を「少女のダンジョン配信」に変える。うまいこといいチャンネル名が浮かばなかったから適当だ。その後、ご飯を食べ続けてる間にもチャンネル登録者は増え、最終的に千人とちょっとになった。


 里奈はやったね、と言ってくれたけど……。内心複雑だ。

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