第7話 レベル上げ

 その日の深夜、鬼(レイナさん)の目から逃れた俺はベットに横になった状態で〝視覚共有〟を行う。

「さあて、魔物狩りの始まりだ。」

 視界が潛のものに切り替わるとほぼ同時に、視界が動き出す。俺が潛を操作したのだ。

「今のところ、魔力回路も問題ないな。電波と違ってタイムラグも殆どないし、魔力というものはまったく、有用過ぎるな。」

 しばらく走ると、視界の前方に数体のゴブリンが姿を表した。俺は、潛を介して魔力弾を放つ。先端を尖らせ回転を加えた改良済みの方だ。込める魔力は10程度で十分だろう。一番手前のゴブリンに魔力弾が命中し、ゴブリンの体が吹き飛んだ。突然の仲間の死に狼狽えるゴブリン達だか、潛は既に木々をつたって彼らの頭上を取っている。ゴブリンどもは漸く潛の存在に気がついた様だが、

「残念、射程圏内だ。」

残りのゴブリン2体の頭は発砲音と共に吹き飛び、消え去っていた。

「………ふう。体の操作も問題なしと。それにしても、疾走感がすごいな。まるでジェットコースターに乗ってるみたいだ。改善点としては、視点のブレが大きい事だな。画面酔い(?)になるのも時間の問題かもしれん。検証ノートに書き込んでおくことにしよう。」

 俺はペースを上げて着々と狩りを続けていく。ちなみに魔石は後で回収しやすい様に、人に見つかりにくそうなところにまとめてある。

魔石、命である。


 もう既にゴブリンを50体以上は狩っただろうという頃、それは突如として現れた。

 まるで人間のような二足歩行で歩くそれは、しかし、とても人間とは思えない様な荒々しい皮膚をしている。黒ずんだ爪を生やす5本指で握るのは、木の棒に打製石器をくくりつけた様な斧だ。特徴的なのは人型をしているのにも関わらず、頭部が豚に瓜二つであるという事。

「なんか見たことある見た目してんなぁお前。……オークだろ?」

 がしかし、まだ潛にボイス機能は搭載していないので、オークは潛を無視して通りすぎようとする。が、今日は俺に付き合ってもらう事にしようか。

「どれ、力試しといこうか!」

 俺はオークの背中に魔力弾を打ち込む。威力は今までゴブリンに使ってきたのと同じ。ゴブリンを破裂させる位の威力はもちあわせているはずだ。

 しかし想像とは違い、弾はオークの体表にぶつかるや否やたちまち四散してしまった。

「うお!マジか!ゴブリンとは比べ物にならないくらい硬いな!」

 さっきの攻撃で潛を獲物だと判断したのか、オークは右手に持った得物を振り下ろしてきた。俺はそれを交わし、オークの懐に入り込むと、魔力弾を2発連続で打ち込んでみる。

「ブモォォオォォォォォォ‼︎」

オークが腹をおさえてかがみ込む。

いくら、体表に傷がつかないと言っても体内の衝撃まで完全に殺せる訳ではない。流石のオークも鳩尾への攻撃は痛かったらしいな。

「トドメだな」

俺は奇声をかげて悶え苦しむオークに、魔力を少し多く込めた魔力弾をお見舞いする。戦闘中に魔力に込めるのは時間がかかる為、中々に危険なのだ。

 魔力弾はオークの胸を貫通し、オークを仕留めた。


「オーク程度には魔力弾の密度を上げれば対処できるな。ただ……」

さき程のオークにトドメを刺した一撃、それを放つ際に潛が少し後退した様に見えたのだ。

「考えられる原因としては、込める魔力量を上げた事による反動……か?」

人形自体の重量が足りないのか、衝撃を上手く逃す様な機構が必要なのかは分からないが、これからのオークレベルの魔物と対峙する機会の事を考えると、隙になりえてしまうだろう。

「ああー、早く謹慎期間終わって欲しい〜!潛の改造がしたいよぅ。」

布団の中からのくぐもった悲痛は、しかし誰にも届かない。




「おはようございますみなさん!今日もいい一日にしましょうね!」

「うーん、もうちょ―――(以下略)」

「ダメですよ!レヴィはいつも―――(以下略)」

外出禁止令が出て二日がか経った。たった2日だが、俺は早くも禁断症状を発症し始めている。

「あっれれぇ?おかしいなぁ?レイナさんが二人いるよぉ。」

「くだらない事言ってないで、早く食堂に行ってください!もう残っているのはレヴィだけですよ!」

ベットから起き上がると違和感を感じた。体が重く感じるのだ。

「(昨晩はずっと潛の操作をしていたからな。恐らくその弊害だろう。)」

ずっと潛の姿で走り回っていたので、一時的とはいえど体がそのフットワークに慣れてしまったのだろう。暫くすれば治るだろうし、特に問題はないのだが……。

「今日は動きがぎこちないですね。体調がすぐれないのですか?」

「いや、なんともないね。」

そういうと、俺はレイナさんに続いて食堂へ向かった。


 いつも通り手を振ってきてくれるアレンに、挨拶して定位置に座る。

朝食を食べていると、ふとある事が脳裏に浮かんだ。

(昨日集めた魔石、まだあるよな?)

という事だ。念の為生き物に見つかりにくく、取りにくい場所に隠したつもりだが、絶対に見つからないとも言えないのだ。それに、魔物の類が魔石を食べる可能性だってある訳で、そんな奴らに万が一見つかってしまったのならば、一貫の終わりだ。

(いやいやいや、流石に大丈夫だろ。鼠くらいしか入れない様な大きさの穴に入れたんだぞ?穴の奥行きも十分にあったはずだし、盗まれるなんてのはありえない。)

とは言ってみたものの、何故だか分からないがさっきから冷や汗が止まらない。なんか嫌な予感がする。

「えっとさー、大丈夫?」

俺が思考に耽っていると、隣から声が聞こえた。ふと、意識を現実に戻すと、隣には俺よりも少し大きい女の子が座っていた。

「俺に話しかけたの?」

「うん、そうだよ。さっきから食事の手が動いていないし、汗も凄いしね。」

「………ごめん。誰だっけ?」

「ひっどいなぁ!今までずっと君の横でご飯を食べてたじゃないか!キリだよ。キリ•レイクス!10歳!だから、君の3つ歳上だね。」

そう言ってキリは、赤茶色の髪を揺らす。

「そうか。俺は大丈夫だよ。少し考え事をしていただけ。」

「ふーん。それにしては神妙な面持ちだったけど?」

「気のせいじゃない?」

「………そうかもね!」

なんだか探る様な視線がもの凄く気持ち悪いのだが……。

まあ、いいだろう。俺は食事を急いでかき込む。俺には、『隠した魔石食べられている説』という性悪説を確かめる重大な任務があるのだ。

「そんなに詰め込んだら死ぬよ?」

「ひんでたまるか!…………うぐぅ⁉︎」

「あーほら、だから言ったじゃん。」





「頼むぞ!マジで!」

部屋に戻った俺は〝視覚共有〟を発動し、潛を操作する。魔石の隠し場所は、森の深い方にある巨木の根元にある穴だ。大きさにして潛2匹分ほどのその穴はかなり深く、人間が肩まで手を入れても魔石に触れられないほどだ。ただ、穴は真っ直ぐ空いているので、猿と同等かそれ以上の知能をもつゴブリンなら木の枝をうまく使って取るということも可能だろう。

暫く走ると巨木が見えてきた。が、目の前にある光景を見て俺は絶句した。ゴブリンがわんさかと溢れかえっているのだ。いや、その他にもオークが数体徘徊しているのが見えた。

「いや!まだコイツらが徘徊しているということは、魔石は取り出せていないはずだ!」

わずかな希望を胸に、俺は魔物の中に飛び込んだ。




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