第五話 それゆけ函庭フライヤー号 Part 2

 魔法式電池の作成のためにテレスがマッチ棒を粘土で包んでいる間に、アリスは説明を続ける。


「電池では、流れを作るために片方の極の物質の化学反応の生成物がもう一方の化学反応に使われていましたね。この世界では、俺も不思議でたまらないんですが、第一質量と『性質』をなんらかの方法で結合することで元素を作り出すことができます。熱の粒子を取り出すためには、熱と結合している物体の『残りカス』を結合させる先を用意しないといけませんから、まずは第一質量が必要ですね」

「でもプリマ・マテリアはものとしては存在しないよ。アリスのグローブはそういうものなんだっけ」

「そうです。このグローブの作り方を聞いたら面白いことがわかりましてね、魔法使用者の身体の一部を使うそうですよ」


 テレスは青ざめた。実に楽しそうに語るこの教師に、今すぐに体の一部を差し出せと言われても何も差し出せない。


「やだよ、痛いのは……痛い!」


 嫌だと言ったのに教師は許可も取らずにいきなりテレスの髪を2本ほど抜いた。それをマッチ棒粘土巻きに巻きつけて、さらに上から雑草を巻き付けて覆った。


「あなたの髪を第一質量とします。ちょうどいいことにあなたは土元素との相性がいい。こういう魔法の性質は細胞レベルで決まっているそうです。魔法エネルギーは細胞内のミトコンドリアで作られるという仮説もありますし。髪の毛は死細胞ですけど毛根から抜けたみたいなので使えるはずです。ミトコンドリア内魔力製造説についてはまずミトコンドリアが母系遺伝であるから……」

「ええっと、電池の話を教えてくれない?」


 話が飛躍しそうなのでテレスは頭を押さえながら丁寧にお願いをした。皇太子の髪の毛を引っこ抜いて訳のわからない話を続ける家庭教師なんて前代未聞だ。血ぃ出てない?と心配そうに頭を触った手を見るが、一応大丈夫そうだ。


「ここからは仮説的理論錬金術になります。あなたはさっき、普通に魔法でやるなら火魔法で水蒸気を作るとおっしゃいました。それを理論で読み解きます」

「水蒸気はよくわかんないけど、うん」


 テレスは生返事だ。アリスは立ち上がり、地面に描いた曼荼羅から線を引っ張りながら解説していく。


「まず土元素の性質は冷と乾。水から冷の性質を抜いて熱を与える時、冷の性質の受け取り先が必要ですが、これを土元素多めの物質にやらせます、それがさっきの粘土ですね。土の中の冷の性質との同一成分の化合は比較的容易に起こり、冷気となって拡散してしまいます。つまり水元素と土元素を合わせると乾と湿が残る。この二つの性質は相反しますから化合できません」


 地面に描いた『水』と『土』の字からそれぞれ矢印を伸ばし、『冷』と書いて丸をつける。残った性質を元素の近くに書き込むと、アリスの特徴的な図説は徐々にややこしくなってくる。教師のくせに、彼はどうやら自分の中で考えていることを人に伝えることが苦手らしい。


「物質の性質はそれ単体でも存在できますが、性質よりも元素の方が安定です。乾の性質は近くの冷か熱と結合したがります。冷の性質は水として近くに存在しますが、より安定な同一成分との化合と拡散で減っている。そこで火元素の出番です。単体の乾と火元素の中の乾の性質が結びつき、無事に単体の熱が残され抽出されました。これを、最初に残っていた湿の性質と結合させる。風元素の生成過程はこうです。電池の場合は二種類の化学反応を利用していましたが、この理論だと四種類の元素が関わっていて少しややこしいですね。あなた方はこれらを平気で変換して扱うんだから恐ろしい。もっとも、どうやって性質同士が引き合うのかは解明されていないわけですが」


 長すぎてテレスは半分寝ていた。「結局どうしたらいいの〜」とくたびれ始めたので、アリスは残念そうにしつつ総括に入る。


「土元素との相性のいい第一質量がある分、土元素はより強く第一質量に呼応します。すなわち水との反応にブーストがかかると思ってください。つまり冷気、『冷の哲学的概念』の拡散は他の反応よりも早く起こります」


 話しながらいよいよ、乾電池型の筒にはマッチ棒を中心に粘土、髪の毛、葉っぱが重なった芯が入り、その周りに水が充填される。テレスはほとんど飽きているが、ようやく形になったそれを見て一応は感嘆の声を上げた。


「この状態ですでに、冷の性質は逃げ始めています。乾と湿だけが居所なくいる状態ですから、これが風を生むためには火元素を添加するという『スイッチ』が必要になります。今回は遠隔操作がしたいので、コントローラから送られる超音波、つまり空気の振動によって内部の粘土がマッチと反応するようにします。粘土の中の土元素を動かして摩擦を生みマッチの発火剤が火を生み出す訳ですね。こればっかりはちょっと今日の授業の範囲外ですので、粘土の中の土元素にあなた自身で働きかけてください」

「最後は魔法じゃん、さっきの長い説明必要だった?」

「俺の趣味です」


 アリスはやり切った様子で、とてもツヤツヤとしていた。


───


 特製錬金電池にこれまたテレスの髪の毛で作った導線を繋ぎ、プロペラの根本のモーターの残骸と尾翼の方向指示器に接続する。これでプロペラと方向指示器に魔力を送ることができるようになった。コントローラを使ってみたいテレスは魔力波と音波を一致させれば良いのだと言って弄るうちに、ものの数分でコントローラのバーの動きによって近くの石を動かせるまでになってしまう。アリスはそれもいつか錬金術的に説明しますからねと言いながら敗北感はあるのか膝を抱えていた。


 いよいよ飛行実践。アリスが機体を持ち、軽く投げるからそれに合わせて操作するようにと言われてテレスはコントローラを構える。コンスタンティナはというととっくに飽きていなくなっていた。


「いきますよお。頑張って作ったんですから墜落させないでくださいね」

「それはわかんないよ、頑張るけど」

「そーれっ」

「カウントダウンとかしてよ!」


 騒ぎながらもラジコン飛行機は舞い上がる。コントローラのバーを倒すとテレスの言うところの魔力波が飛行機に通じ、電池内部で反応が始まると共にプロペラが回転する。粘土の量次第でパワーが変わると見込んでたんですが問題なさそうですねとアリスが言いながら飛行機を追いかけるが、彼は途中で躓いて転んだ。回転数は良好、方向指示器を動かすとやがて飛行機は安定して上空で旋回を始める。


「すごい! 飛んでる! すごいよ! シティ〜!」

「うん、すごいの〜」


 はしゃぐ兄の姿に妹もようやく顔を出した。意外にもラジコン操作が上手い、と感心したように言いながら、遠くから見守っていたらしいチャールズもやってくる。


「驚きましたね。ええ、どちらの技術も」


 満足げなテレスはやがてコントローラを下ろし、風に乗ってしばらく上空にいた飛行機が落ちてくるのを魔法で受け止める。アリスも草まみれの姿で戻ってきて、『函庭フライヤー号』は初飛行を終えた。いつの間にかコンスタンティナが作り上げていたシロツメクサの冠を飛行機にかけて、チャールズが持ってきたカメラで記念撮影が行われた。


「今の状態だと出力が粘土に依存してて不安定ですけど、粘土の重さと質をきちんと測って作り直したら、誰でも手軽に元素の変換ができる道具になりますよ」

「えーでもさあ、魔法が使えたらいらないじゃん」

「魔法は人依存のエネルギーなので。さっきのように遠隔操作をするものだとか、あるいはエネルギーを必要とする特定の用途がある道具の動力として使えるでしょう。あれをそのまま扇風機にはできそうです、夏までに作りますね」


 そのまま呼ばれた夕食の間もアリスはご機嫌だ。同席している皇后の存在も気にせず語りまくっているので、皇后はややポカンとして彼を見ていた。理論はややこしすぎるしテレスにはその凄さはわかりかねるものの、一緒に頭を捻って飛行機を飛ばせたことが楽しかったのは事実だ。


「明後日の勉強はもう少し簡単なのがいいよ」

「俺も今回の準備はまあ大変でしたから、座学がいいですねー。次のおもしろ錬金グッズを思いついたらそのうち持ってきます」


 テレスは最近気づいたことがある。アリスという異世界人はあまり人の顔を見ず俯きがちなせいで目に光がないように見えるが、テレスの目線から見上げていると案外よく笑っている。大きな笑い声を漏らすでもなく、不気味なニヤつき笑いでもなく、特に錬金術の原理を語る時なんかは口角が上がって、楽しさと好きの気持ちが顔に表れていると思う。妹のシティの方がよほど笑わないのだが、彼女も楽しい時はちゃんと楽しいと言うので気にならない。


 シティとチャールズとの暮らしに新しいメンバーが加わってはや一ヶ月。誰よりも無礼で不躾な変な奴だと思ったが、その距離感ですっぽりとここに入り込んできた。チャールズも最近は「アリス様の尻が気になるのですが」などとよくわからないことを言い出したし、仲も良いのだろう。何よりシティが彼がいても不安がることがないように見える。


「ねえアリス、そのうち向こうに連れてってよ。飛行機に乗りたい」

「えー、それまた誘拐容疑で今度こそ首が吹っ飛びますよ」

「僕がお願いしておくから! ねえいいでしょママ」

「んー、考えておくけど、あんまりアリスちゃんに迷惑かけたらいけないからねぇ」


 話を振られた皇后は苦笑してアリスを見る。家庭教師も「アリスちゃん迷惑です〜」と素直に答えていたが、テレスはもう完全にその気なのだった。


 テレスは飛行機を大事に棚の上に飾った。『ひこうき』の本と並べて、いつか本物に乗る日を夢に見るのだ。




(※本話に含まれる電池の原理は素人の情報集積によるものです。情報が正確でない場合があります。なお、アルカリ乾電池の分解はしてはいけません。錬金術に関する理論はオリジナルのもので現実の既知のものとは異なります)

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