かくよむの鳥

犀川 よう

かくよむの鳥

 大手出版社であるK社の役員Sから、会社のとある部屋の鍵を拝借した。Sとはバーで偶然に遭遇したフリをして近づいた。今ではすっかりわたしにのぼせ上がっていて、わたしの部屋のベッドの上で大の字に寝ているところをパスを含めて失敬したというわけだ。


 そのパスと鍵を利用して、わたしは今、K社ビルの十階にある役員しか入ることのできない部屋にいる。ちなみに、真っ暗の部屋には防犯カメラや赤外線モニターなどセキュリティーがないことはSから把握済みである。――部屋には機密や金目の財産があるわけではなく、部屋の真ん中にポツンと背の高い台座に乗った鳥篭しかないのだ。


「とりあえず、まずはコレで刺しておくか」


 わたしは部屋の電気をつけてから鳥篭に近づき、持ってきた獲物のひとつであるで中にいる丸々と肥えた鳥の腹を刺した。そして、千枚通しが完璧な角度と深さで通っていることを確認すると、と腸を抉るように動かしていく。


「よくもわたしのアカウントをBANしてくれたわね!」


 わたしは怨念を篭めて、K社のある小説投稿サイトのマスコットキャラとして親しまれている「かくよむの鳥」のタマを取りにいく。


 そのまま息絶えれば楽であったのに、布製のそれは、わたしの鋭利な刺し込みに反応するかのように目を開けて叫んだ。


「いてえええええええええ!」


 かくよむの鳥は鳥篭の中で激しく暴れ、布製の鳥類のくせに汗をかいて痛がる。


「くたばれええええええ!」


 わたしが叫びながら千枚通しを抜いて、アイスピックに持ちかえようとすると、かくよむの鳥は「まてまてまてって! ねえさん、まてってば!」と、薄いフェルト生地の羽(あるいは手)をヒラヒラさせながら、叫んでわたしのアイスピックで刺殺する気持ちを制してきた。


「あんさん、なんや。なにが目的なん? こないなことして意味あるん?」

「あるわ。わたしはね。カク○ムコンの最中にアンタにBANされたの。投稿した全ての作品は削除されて、バックアップしてないものはなくなってしまったわ。ううん。そんなものはどうでもいいの。それよりも大事なのは、フォロワーさんたちの信頼をわたしは失ってしまったの。わかる? この気持ち?」

「それは、あんさんのレビュー速度が――」


 かくよむの鳥が言い終える前に、アイスピックで目を刺した。「いってええええ」と言いながらのたうち回るかくよむの鳥。わたしは鳥篭で暴れる布の塊を見ながら、アルコールを用意する。


「わ、わかった! あんさんがワテらカ○ヨムを恨んでいるのはよーうわかった。どや? BANされたんはカ○ヨム9中やったんやな? わかた。大丈夫や。ほんなら、あんさんの作品、必ず大賞にしてあげるさか――」


 わたしはアルコールをかくよむの鳥の頭にかけようとすると、「まって、まって、まっってえぇて、ねえさん!」と、慌てた声を出す。


「よっしゃ、あんさん。ネ○スト! ネ○ストで連載やりましょ。ああ、わかっとる。お金ギャラは他の作家の倍払う! そしていつもTOP画面に掲載したる。どうや? あんたはこれで一夜にして大スターやでぇ! フォロワーに自慢したりぃ」


 短く不器用そうな口ばしのクセに、かくよむの鳥はなんとかわたしのことを思いとどまらせようと懸命にエサを与えようとする。――家禽がわたしにエサを与えようとするとは。わたしはその皮肉さに、思わず失笑してしまう。


「そんなものはいらないわ。賞をもらうとか商業で書くこととか、そんなことに何の興味もないの。わたしはフォロワーさんたちにしてもらっている今の状況で十分幸せなの。だから、あとはアナタを始末してBANの恨みを晴らすことだけが、わたしの楽しみなのよ」


 わたしはアルコールをかけようと、かくよむの鳥の胴体を掴んだ。すると――。


「……濡れている?」


 わたしの驚きに、かくよむの鳥はニヤリと笑う。


「そや。あんさんみたいなモンに焼き鳥にされそうになったのは、何度もあんねん。せやから、ワシ、泣いて自分の身体濡らすことできんよ!」


 ガハハ! と不快な笑い声を上げるかくよむの鳥。片目はアイスピックが刺さったままの姿でわたしを蔑む。


「さっき鳥無線でセ○ムに連絡したで。もうすぐ駆けつけるはずや。残念やったな。あんさん、これでおしまいや。そしてまた、BANしたるわ!」


 勝ち誇った顔をしたかくよむの鳥。わたしはそんな彼の無様な笑顔をしばらく見てから、アイスピックを抜き、彼を鳥篭から出して、持参したシリカゲル入り特製ケース――K社のライバル社に依頼して製作してもらった物――に入れる。


「そ、それは!」

「焼き鳥にする前に、トリあえず、水気をとりましょうかね。かくよむの鳥さん」


 わたしは死にたくないという顔をしたかくよむの鳥にニッコリと微笑んでから、ケースのふたを閉め、部屋を後にする。

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