第31話「灰狼候レイソン、覚悟する」

 ──数十分後、海沿うみぞいの街道で──




「──魔法が効かないのです!」

「──危ないです! 障壁しょうへきの内側に入ってくださいです!!」

「──助けを呼びました。すぐに精霊王さまが来てくださるのです!!」


 馬車のまわりを、精霊たちが飛び回っている。

 緊急事態きんきゅうじたいだと、精霊たちにもわかるのだろう。


「……なんだ。あの巨人は」


 灰狼候はいろうこうレイソンは、近づいてくる巨大な魔物を見上げていた。


 身長は、3階建ての屋敷くらいはあるだろう。

 両腕がひざにつくほど長く、しかもかたい。

 魔物はそれを振り回し、家屋や樹木をなぎ倒している。


 身体が黒く輝いているのは、魔力があふれだしているからだろう。

 兵士たちが攻撃しているが、効いていない。

 黒色の魔力が、武器と魔法を防いでいるのだ。


 灰狼領はいろうりょうの兵と黒熊領こくゆうりょうの兵は協力して、巨大な魔物に立ち向かっている。

 それはレイソンが初めて見る光景だったが、感動している余裕はなかった。

 彼もまた、精霊たちとともに魔法を放っている。足止めになると信じて。


「魔物が来るのが早すぎた。もう少しで、灰狼領との境界地域だったのだが……」


 境界地域にたどりついていれば、『不死兵イモータル』に、守ってもらうことができた。

 進みが遅くなったのは、民を連れていたからだ。

 侯爵こうしゃくが民の保護を引き受けたのだ。投げ出すわけにはいかない。


 避難民の中には子どもや老人がいた。

 レイソンたちは、彼らの移動速度に合わせて進むしかなかった。

 その結果、巨大な魔物に追いつかれてしまったのだ。


(それでも、民を見捨てるわけにはいかぬ)


 レイソンは貴族だ。民を守る義務がある。

 北の果てに閉じ込められていても、それを忘れたことはない。


(私には……他になにもなかったからな)


 レイソンは、魔物の出没する土地で生きることを強いられていた。

 そんな彼にあったのは、民を守るというプライドだけだ。それが彼を支えてきた。

 そうでなければ、自分でいのちっていただろう。


 簡単なことだ。

 領地を出れば『不死兵イモータル』に殺してもらえるのだから。


(だが、一度だけ灰狼領はいろうりょうの外に出られた。それだけでも、生きてきて良かったと思える。それに──)


 コーヤのおかげで、灰狼領はいろうりょうが変わるところを見られた。

 アリシアが成長していることもわかった。

 子どもだと思っていたのに、彼をあんな熱い目で見るようになるとは。


『首輪』をはめられてゾクゾクしたと言っていたのは……親として心配だが。

 それでもコーヤと一緒なら、アリシアは幸せになれるだろう。


 精霊たちとも出会うことができた。

 民の仕事を手伝ってくれる精霊たちは、良き隣人りんじんだ。

 そして精霊姫のティーナも、灰狼領の民になってくれた。


(アリシアとティーナはいい友人になったようだ。もっとも……ふたりを相手にするコーヤどのは大変だろうが)


 出発前の深夜、レイソンはアリシアとティーナの話を小耳にはさんだ。

 女子トークを楽しむのはいいのだが、リビングで堂々どうどうと話をするのはやめた方がいいと思う。レイソンにはメイドや精霊たちを遠ざけるのが精一杯だった。

 そして話の内容をコーヤに伝えなかったのは、親としての慈悲じひだ。


「コーヤどの! あとのことは任せましたぞ!」


 巨大なオーガに攻撃魔法は通じない。

 精霊たちも障壁を張っているが、弱い。バラバラに魔法を使っている。

 コーヤがいないと集団魔法は使えないようだ。


 ならば、レイソンが魔物を引きつけるしかない。


「精霊のみなさんは、民と一緒に逃げてくだされ」


 レイソンは精霊たちに声をかけた。


「この魔物は私と兵士たちが足止めします。その間に灰狼領はいろうりょうへ! 『不死兵イモータル』が民と、精霊のみなさんを守ってくださるはずです!!」



「──レイソンさん!?」

「──なにを言うですかーっ!?」

「──レイソンさんを置いていくなんてできないですーっ!?」



「民を守るのは貴族の役目です。それに、あなた方になにかあったら、コーヤどのやティーナどのに顔向けができません! ですから──」



「──だめですー」

「──聞き入れられないですー」

「──わたしたち、レイソンさんも好きですー」



「聞き分けてくだされ!!」



「──だめ」

「──いっしょなの」

「──たたかうの!」


「……ですが」

「「「だいじょうぶだよー!!」」」


 精霊たちは笑いながら、宣言せんげんする。




「「「だって、わたしたちの王さまが来るから!! 逃げる必要なんかないから!!」」」



 ダダダッ!!



 不意に、足音がした。

 固いあしが、完璧かんぺきにタイミングを合わせて地面をる音。



 そして──現れた『不死兵イモータル』が、巨大なオーガに槍を突き立てた。



『グルゥアアアアアアアアアアアッ!?』



 巨大なオーガが絶叫し、傷口から黒ずんだ血が噴き出す。

 直後、周囲の肉が盛り上がり、傷口を覆っていく。血が止まる。足首が再生する。

 それでも『不死兵』たちは止まらない。

 オーガのすねを、足の甲を、一糸乱れぬ動きで刺し続ける。


「──『不死兵』が。どうしてここに」


 境界地域までは、まだ距離がある。

 そして『不死兵』は命令されない限り、その場を動くことはない。


 ということは──



「「「精霊王さま──っ!!」」」



 精霊たちの歓喜の声。


 それにつられるように、レイソンは彼らが見ている方に視線を向ける。

 街道の東。灰狼よりはおだやかな海。


 その上空を、精霊王の杖を手にしたコーヤと、アリシアとティーナが飛んでいたのだった。



──────────────────────


 次回、第32話は明日の夕方くらいに更新します。


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