第32話「魔王の力を示す」

 ──コーヤ視点──




「ありがとうティーナ。助かったよ」

「は、はいなの。マスター」


 ティーナはあらい息をついている。

 高速飛行魔法を維持いじするのは大変だったみたいだ。


 レイソンさんの危機を知ったあと、俺は新たな魔法のイメージをティーナに伝えた。

 空中を高速で移動するための集団魔法だ。


 空を飛ぶ魔法は『プロテクト・レビテーション』があるけど、これはふわふわ浮かんで移動するだけだ。それじゃレイソンさんを助けるのに間に合わない。

 もっと速く、空を移動する魔法を生み出す必要があったんだ。


 その結果、作り出した集団魔法は『アルティメット・フライ』。

 前方に円錐型えんすいがた障壁バリアを作り、風を切り裂いて高速飛行する魔法だ。

 それを使ったら、砲弾ほうだんみたいに飛べるようになった。


 そして、俺たちは灰狼領はいろうりょうを出たところで地上に降りて、『不死兵イモータル』に風属性の精霊をくっつけた。

 風属性の精霊がついた『不死兵』は移動速度が上がるからだ。

『不死兵』にはレイソンさんの救援きゅうえんに向かうように命令して、俺たちは『アルティメット・フライ』で再び空へ。


 そのまま、レイソンさんのところに駆けつけたというわけだ。

 本当に、間に合ってよかった。


「アリシア。あのでかい魔物の正体ってわかるか?」

「あれはおそらく……『デモーニック・オーガ』だと思います」


 即座そくざにアリシアが応えてくれる。


「伝説にあります。かつて、魔王が自分の一部を……つめを食べさせたことで進化して、通常の10倍の大きさになった魔物がいたと。最終的には、大王アルカインに倒されたそうですが」

「10倍か。それにしては……あのオーガって、でかすぎないか?」

「大きいですね。通常種の30倍はあります」

「ティーナが、魔力を感知してみるの」


 俺の隣で、ティーナが言った。

 精霊たちを身体に乗せて、目を閉じる。

 しばらくして、彼女は──


「あのでっかい巨人の中に、魔王剣の側にあったのと似た魔力を感じるの。マスターが捨てた、あの魔力なの」

「俺が捨てた魔力というと……」


 俺に言うことを聞かせようとしてたゴーストのことか。

 確か、ティーナは「魔王の魔力の残り香」って言ってたっけ。


「つまり……どこかに魔王の一部があって、それをあのオーガが取り込んだってこと?」

「そうだと思うの」


 こくこくこく、とうなずくティーナ。

 話を聞いていたアリシアは、


「それならわかります。伝説の『デモーニック・オーガ』が魔王のつめを取り込んで進化したように、あのオーガも、魔王の一部を取り込んで進化したのでしょう」

「迷惑な話だなー」

「本当です」

「なんでそんなことをしたのか、意味不明なの」


 俺とアリシアとティーナはため息をついた。


 つまり、あの巨大なオーガ──『デモーニック・オーガ』の中には、魔王の一部がある。

 それで魔王っぽい力を得た魔物だから、攻撃魔法が通じない。

 再生能力が強いのも、それと関係してるんだろう。


「まずは防御を固めよう。ティーナはレイソンさんのまわりに障壁しょうへきを張ってくれ。ここに来るまでの間に、新しく設定したやつを」

承知しょうちなの!」


 ティーナが、俺とつないだままの腕をかかげる。

 彼女は緑色の髪を風になびかせながら、詠唱えいしょうをはじめる。


「『精霊王の名のもとに、精霊姫ティーナが精霊の力をたばねる。あらゆる敵をはねのける防壁よ、顕現けんげんせよ! 物理も魔術も、精霊王の前では意味はない!!』」

「「「せーのっ!!」」」


 俺とティーナと精霊たちは声をそろえて──



「「「『アンチマテリアル・アンチマジック・シールド!!』」」」


 ──物理・魔法防御用の集団魔法を発動した。



 そして、地上のレイソンさんと兵士たちの前に、半透明の壁が生まれた。



 魔法で作り出した巨大な障壁だ。

 強敵がいるって聞いたから、物理も魔術も通さないものを編み出しておいたんだ。


『デモーニック・オーガ』に攻撃魔法は通じない。

 でも、魔法での防御はできる。

 レイソンさんたちを守るには十分だ。


「おお! アヤガキどの。お手をわずらわせて申し訳ありません!」


 地上に降りると、レイソンさんがってくる。

 彼のまわりにいるのは灰狼領はいろうりょう黒熊領こくゆうりょうの兵士たちだ。


 精霊たちの報告によると、レイソンさんは黒熊領の人々を『不死兵イモータル』がいる場所まで連れていこうとしていたらしい。

『不死兵』に人々を守ってもらうために。


 本当なら、レイソンさんに黒熊領の民を守る義務はない。

 彼らは灰狼の味方だったわけじゃないからだ。


 それでも、レイソンさんは貴族として、民を守るべきだと判断した。

 それは本当にすごいことだと思うんだ。


「俺はレイソンさまを尊敬します。ここまで人々をみちびいてくださったこと、ご立派でした」

「なんの。逆にアヤガキどのに面倒をかけてしまったよ」

「俺だって、これからレイソンさまに迷惑をおかけするかもしれません」

「言うたはずですぞ。責任を取るのが大人の仕事だと」

「わかってます。ただ、ちょっと面倒な力を手に入れちゃったんです。使わないと『デモーニック・オーガ』が倒せそうにないやつを」


 俺はレイソンさんの耳元で、魔王剣のことを告げた。

 レイソンさんが目を見開いて、息をのむ。


「なるほど! それは大変だ!」

「力を使ったあとの言い訳も考えてあります。任せてもらえますか?」

存分ぞんぶんにしてくだされ」


 レイソンさんは不敵な笑みを浮かべてみせた。


「おそらく『デモーニック・オーガ』を生み出したのは、黒熊領の人間が保有していたものでしょう。だとすれば、魔王に関わるもの保有しているのはアヤガキどのだけではありません。ならば、アヤガキどのが力を使ってもないでしょう」

「それで通りますか?」

「責任を取るのは私の仕事です。侯爵こうしゃくとして、なんとか押し通してみせましょう!」


 そう言って、レイソンさんは胸を叩いた。

 さすが、頼れる上司だ。


 政治的なことはレイソンさんに任せて、俺は俺の仕事をしよう。


「それじゃ、俺は『デモーニック・オーガ』をなんとかしてみます」


 俺は、精霊王の杖と、袋に入れた例の剣・・・を手に取った。


「ティーナは、防御を頼む」

「はいなの。マスター!」

「俺が前に出る。引き続き、防御を頼む」

「わかったの!」

「アリシアは、初代大王がどんな感じで『デモーニック・オーガ』を倒したのかを教えて」

「了解いたしました!」


 俺は精霊に命じて、防壁を一部解除。

 アリシアとティーナを連れて、前に出る。


 前方では『不死兵イモータル』が『デモーニック・オーガ』と戦っている。

 善戦ぜんせんしてるけど……倒すのは無理みたいだ。


『デモーニック・オーガ』は無限に再生を続けてる。

 腕や脚に傷をつけても、肉をけずっても、すぐに元に戻る。

『不死兵』も頑丈がんじょうだけど、『デモーニック・オーガ』はそれ以上だ。


 しかも、相手が大きすぎる。

『デモーニック・オーガ』は手足の一撃で、『不死兵』を吹っ飛ばせる。

『不死兵』は少しずつ後退こうたいしている。

 障壁しょうへきのところまでさがるのも、時間の問題だ。


「すごいよな。魔王の配下には、こんな魔物がいたのか」


 王家が魔王をおそれるのもわかる。

 だからといって、灰狼の人たちを犠牲ぎせいにしていいわけじゃないけどな。


「伝説によると、初代王アルカインは『デモーニック・オーガ』と戦ったとき、魔王の魔力を感じる場所を攻撃したと言われています」


 アリシアは言った。


「初代王アルカインは魔力を感知するのが得意だったのです。ですから──」

「はいはいはーい! ここはティーナと精霊たちの出番なの!」


 ティーナが手をげる。

 それを合図に彼女の背後から、精霊たちが一斉に飛び立つ。


 ちっちゃな精霊たちは『デモーニック・オーガ』の周囲を飛び回りはじめる。


「むむむー」

「まりょくかんちー」

「どこだー」


 ──って、魔力の流れを探ってくれてる。


 そして──


「「「みつけましたー! 『デモーニック・オーガ』の後ろ側から、ざわざわ魔力を感じるですー!」」」

「たぶん……背骨せぼねのところに魔王の一部があるの!!」


 精霊たちが声をあげ、ティーナがみんなの意見をまとめてくれる。

『デモーニック・オーガ』の魔力の源は背骨にあるらしい。


 だったら──


「『不死兵イモータル』に命じる! 『デモーニック・オーガ』の片足を集中攻撃せよ!!」

『『『アララァァァァルゥウウウウウゥロロロォ!!』』』


 10体の『不死兵』がよってたかって『デモーニック・オーガ』の右脚に槍を突き立てる。

 傷はすぐに再生する。けれど、構わない。

 とにかく奴のバランスをくずせればいい。


「精霊王の名において命じる。精霊たちよ。魔物の足元をるがす魔法を。せーのっ!」

「「「『ディスインテグレイト』! なのですっ!!」」」


 ずどん、と、『デモーニック・オーガ』の足元の岩場が、砂に変わる。


『ディスインテグレイト』は無機物を粉砕ふんさいする魔法だ。

 応用すれば、敵の足元をすくえる。

 相手が巨大なほど、効果も大きいはずだ。


『ガ、ガハァァァァァァ!?』


 そして──片足を傷つけられ、足場をくずされた『デモーニック・オーガ』が倒れた。

 地面に手をついて、必死に起き上がろうとしている。今だ!


「ティーナ! 『プロテクト・レビテーション』を」

「了解なの。それじゃ精霊たち。せーのっ!」

「「「『プロテクト・レビテーション』っ!!」」」


 俺は『プロテクト・レビテーション』の魔法で『デモーニック・オーガ』の上へ移動する。


『デモーニック・オーガ』に攻撃魔法は効かない。

 物理攻撃を与えても、傷はすぐに再生する。

 奴の中には魔王の一部があって、それが奴を変化させてるからだ。


 大王アルカインはすごい剣術が使えたようだけど、俺にはそんなものはない。

 だから……魔王の遺産いさんに頼ってみよう。


「チェンジ。魔王」


 俺は魔王剣を手に、宣言した。


 精霊王から魔王にモードチェンジ。

 頭に角が生えて、髪の毛が触手のようにうごめき始める。


 それを確認してから俺は、魔王剣を構えた。


 とたんに身体がぐらつきはじめる。

 魔王モードになると、精霊王の集団魔法が使えなくなるからだ。


 精霊たちが個々で『レビテーション』を使ってくれてるけど、安定性は悪い。

 それでも空中で立っていられるのは、ティーナが風を操ることで、バランスを保ってくれてるからだ。


「アリシアに質問。伝説に出てくる、魔王剣の力は?」

「えっと……刀身が伸びます!!」


 即座そくざに答えが返って来る。さすがアリシア。


「魔王剣は、刀身がずーんと伸びて、なんでも切り裂いてしまうそうです! 間合いの外からの攻撃に、大王アルカインさまも悩んでいたという記録きろくがございます!」

「了解! それじゃ魔王剣ベリオールよ。その真の姿を現せ!!」


 手応えがあった。

 魔王剣ベリオールが、俺のスキル『王位継承権』に反応する。


「俺たちの敵は『デモーニック・オーガ』の背骨にいる。それに届くくらい伸びろ。魔王剣ベリオール!!」


 俺の声に応えるように、黒い刀身が伸びていく。

 1メートル半の刃が2倍──3倍、さらに肥大化していく。

 刃を囲むのは炎のような、黒い魔力だ。



『グガラァアアアアアア!!』



 地上の『デモーニック・オーガ』が俺たちに気づいた。

 たたき落とそうと腕を振り上げる。あ、やばい。


 ──気づくと俺は、反射的に魔王剣を振り下ろしていた。



 すぱーんっ。



「……あ」

「……コーヤさま」

「……すごい切れ味なの」


『デモーニック・オーガ』の右腕が、すぱっ、と斬れた。

 切り離された腕は宙を飛び、地響じひびききとともに街道に落ちる。


『ガァアアアアアアッ!?』


『デモーニック・オーガ』が絶叫ぜっきょうする。

 奴は必死に傷口を押さえる。でも、腕は再生しない。

 再生能力は魔王剣で無効化できるらしい。まあ、どっちも魔王の力だからな。そういうこともあるだろ。


『ヒィィ! ヒイイイイイイッ!!』


 そして『デモーニック・オーガ』は恐怖を感じたように、悲鳴をあげた。


「悪いな。『デモーニック・オーガ』。俺は魔王の力を使わなきゃ・・・・・いけないんだ・・・・・・


 実験のために。

 それと今後のために、ここで力を見せる必要がある。


 この場には灰狼領と黒熊領の兵士たちがいる。

 あと、黒熊領の人々も。

 ちょうどいいギャラリーだ。


 この場でのことを覚えていてもらえるように、適当な口上こうじょうを……っと。


灰狼侯爵家はいろうこうしゃくけの客人であり、魔王の継承者けいしょうしゃであるコーヤ=アヤガキが告げる」


 俺は魔王剣を振り上げて、叫ぶ。


灰狼候はいろうこうを攻撃した罪により『デモーニック・オーガ』を討伐とうばつする!!」


 そして──俺は魔王剣を振り下ろした。

 刀身が『デモーニック・オーガ』の頭に食い込む。

 抵抗はまったく感じない。黒い刃は『デモーニック・オーガ』の頭部から首、首から胸を両断していく。伸びた刀は奴の背中まで貫通している。

 胸のあたりを切り裂いたとき、かすかに、刃が硬いものを割り砕いた感覚があった。

 たぶん、あれは魔王の一部だったんだろう。


 俺はそのまま魔王剣を振り下ろす。

 巨大な刀身は一直前に、『デモーニック・オーガ』の身体に食い込み、通り過ぎた。




『ギィアアアアアアァァァァァ………………』




 絶叫ぜっきょうは、すぐに途切れた。

 割れた身体は、再生しなかった。


 まっぷたつになった『デモーニック・オーガ』は地面に倒れ、そのまま絶命ぜつめいしたのだった。




──────────────────────


 次回、第33話は、明日の夕方くらいに更新します。


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