第30話「異世界人サイトウ、魔王対策用の杖を振るう」

 ──同時刻、黒熊領こくゆうりょうでは──





「ははははははははははっ!! はははっ!!」


 サイトウのまわりで、魔物が宙をう。

 笑いが止まらない。

魔杖まじょうスパイン』を手にしてから、サイトウの魔法は別物へと変わっていた。


『──ファイアボール』

『──サンダーボルト』

『──ストーンレイン』


 それらの魔法は、普通なら魔物一体をやっと倒せるほどの威力だ。

 だが、今は違う。



『ファイアボール』は、直径十数メートルの巨大な火球かきゅうに。

『サンダーボルト』は、サイトウのまわりを取り囲む、雷撃らいげきあみに。

『ストーンレイン』は、軽自動車サイズの岩が降り注ぐものに。



 すべての魔法が、桁違けたちが威力いりょく発揮はっきしていた。


(これだ! これが私の能力だったのだ!!)


 黒熊領こくゆうりょうおそう魔物の数が、目に見えて減っていく。


 小型種のゴブリンはすでに全滅ぜんめつしている。

 奴らは巨大な『ファイアボール』の直撃により、かけらも残さず燃え尽きた。


 中型種のオークやオーガは動きがおそい。

 だから、『サンダーレイン』から逃げられなかった。

 ほとんどが焼けて絶命した。生き残ったものは『ストーンレイン』でつぶされた。


 残りは中型の魔物が十数体と、大型が数体だけだ。

 サイトウは身体をふるわせながら笑い続ける。


 異世界での戦いが、こんなに簡単だとは思っていなかった。


(これは私の才能だ! 黒熊候こくゆうこうは『魔杖スパイン』を使えとは言わなかったのだから!!)


 黒熊侯ゼネルスは、倉庫の鍵を渡しただけ。

『魔杖スパイン』を持ち出したのはサイトウの判断だ。


(そして、その杖を使いこなしているのは、私の才能によるものだ。ははっ! ははははははははっ!!)



『──力を求めよ』



 笑い続けるサイトウの耳に、声が届く。

 さっきからずっと、聞こえていたものだ。



『資格を持たぬ者よ。ただ、力を求めるがいい』



 どこから聞こえているのかはわからない。

 その声の不気味さに、サイトウが不安を感じたのは一瞬だけ。

 彼の心はすぐに、多幸感たこうかんに満たされる。


 極大魔法きょくだいまほうで魔物を吹き飛ばし、人々の喝采かっさいびる。

 こんなに楽しいことは、もとの世界でもなかった。


 続けよう。いつまでも続けよう。

 この魔力が尽きるまで──いや、魔力が尽きても。



『魔力を引き出せ。我の背骨より・・・・・・魔力を引き出せ。こわせ。壊せ。壊せ壊せ壊せ壊せ……』




「はははははははははははっ!! 私は強い。私は強い。私が一番強くて偉いのだああああっ!!」

「────どの。前に出すぎです!!」


 この杖がある限り、自分が負けることはない。

 不死身。無敵。最強


 そんな言葉がサイトウの頭の中をめぐる。

 その声にかき消され、背後にいる兵士たちの声が聞こえない。


(──『魔杖まじょうスパイン』があった部屋には、なにが書いてあった?)


 サイトウは地下の隠し部屋で、この魔杖を手に入れた。


 壁に警告けいこくが書かれていた。

 書いた者の名前は、聖女キュリア。


 そこには『魔杖まじょう』に使われている素材と、杖を使うときに注すべきことが書いてあった。


 なのに、思い出せない。

 頭の中にあるのは、力を振るうことだけ。


 それだけでいい。

 それだけで満たされる。


 この杖には、かつて力を追い求めたものの一部が組み込まれているのだから。


(そうだ……この杖に使われているのは……魔王の……)

「サイトウどの────っ!!」


 兵士のさけび声で、サイトウは我に返る。

 気づくと──目の前に、人型の魔物がいた。


 大型の魔物、『グレート・オーガ』だ。

 とっくに倒したと思っていた。

『サンダーボルト』と『ストーンレイン』をらって、息があるとは予想外だ。


 いや、すでに瀕死ひんしなのだろう。

 両腕は焼け焦げ、垂れ下がっている。

 目には力がない。ただ、前屈まえかがみになって歩いているだけだ。


「死に損ないの魔物が、私は20代で管理職補佐かんりしょくほさになるほどの人間だぞ! 身分をぉぉぉぉわきまえろぉぉぉおおおお!!」


 サイトウは反射的に『魔杖スパイン』を構える。


 だが、距離が近すぎた。

 大型の『グレート・オーガ』は巨大な口を開き──



 ばつん。



『魔杖スパイン』ごと、サイトウの腕を食いちぎった。


 サイトウの目の前から『魔杖』と彼の腕──ひじから先が消失する。

 傷口から血がき出し、痛みが濁流だくりゅうのように押し寄せる。


「ぎ、ぎぃああああああああっ!!」

「サイトウどの! 後退を!! おさがりください!!」


 兵士たちがサイトウを引きずって行く。

 サイトウは、前に出すぎていた。

 まわりを見ずに大規模魔法を乱射らんしゃする彼に、兵士たちは近づけなかった。


 兵士たちは何度も警告した。


『前に出すぎている』

『魔物との距離が近すぎる』


 ──と。


 だが、サイトウは戦いにっていた。

 その上、魔法が生み出す爆音ばくおん破裂音はれつおんが、兵士たちの声をかき消していた。


 その結果、サイトウは巨大なオーガに、つえごと腕を食われたのだ。


「……あ、がぁ。がはっ」


 激痛げきつうの中、サイトウは地下で見たものを思い出す。

『魔杖』の素材と、警告文。

 それはキュリアという名前の聖女が書き残したものだ。



『魔杖スパインは、魔王の背骨で・・・・・・作られている・・・・・・

『これは魔王に対抗するため、初代王と聖女が作った禁忌きんきの杖』

『使うときは理性を保ちなさい。決して、力に飲まれぬように』



『そして、この杖は、絶対に・・・魔物に・・・奪われては・・・・・いけない・・・・



 ──倉庫の壁には、そんなことが書かれていた。



 がり、がりん、ばりばり、ごくん。



『グレート・オーガ』が、サイトウの腕をくだく。

 そして、ごくり、と、飲み込む。


 サイトウの腕と、魔杖と、それに組み込まれた魔王の背骨・・・・・を。


「……あ、あ、あ、ああああああああっ!!」


「サイトウどの!?」

「動いてはいけません。血止めを!」

「回復魔法を! 回復魔法を使える者はまだ来ないのか!!」


「は、放せ! 逃げる。私は……逃げ……」


 傷の治療を受けながら、サイトウは叫ぶ。

 彼の目の前で──魔王の骨を飲み込んだ魔物が、変化していくのが、見えた。


 焼け焦げていた両腕が癒えていく。

 うつろだった魔物の目に、光が宿る。

『グレート・オーガ』はサイトウと兵士たちを威嚇いかくするように、口を開ける。


『ゴガァ。ゴボボボボボゥ。グガラァァァァァ!!』


 そして──『グレート・オーガ』の身体が、巨大化していく。


 身体の大きさは倍──いや、数倍に。

 褐色の身体が黒に染まり、光を放ちはじめる。踏みならす足が地面を揺らす。



『ルゥオオオオオオガガガガガアアアアアアア!!』



 そして、全長数十メートルを超える巨大なオーガが、大地を震わすほどの雄叫おたびをあげた。


「あれはまさか……伝説の『デモーニック・オーガ』か!?」


 兵士のひとりが叫んだ。


 サイトウはその魔物を知っている。

 黒熊候こくゆうこうの屋敷で読んだ歴史書に記録があった。


『デモーニック・オーガ』は『魔王がおのれの力の一部を与え、強化した魔物』だと。


 その腕は、一軍をぎ払い。

 その声は、すべての騎兵きへいを落馬させ。

 その牙は、重装の兵士たちを食い尽くす。


 魔王がおのれの一部を与えて強化した最悪の魔物。

 それが『デモーニック・オーガ』だ。


(……魔王が、おのれの一部を与えた)


『魔杖スパイン』には、魔王の背骨が使われている。

 それが『グレート・オーガ』に飲み込まれた。


『魔王の一部』を摂取したオーガは『デモーニック・オーガ』に進化してしまったのだ。


「あああああああっ!! サ、『サンダーレイン』ッ!!」


 雷光が『デモーニック・オーガ』を包みこむ。

 だが──



『……グルル?』



 ──弾かれた。


 雷の魔法は『デモーニック・オーガ』の皮膚ひふがすことさえできなかった。

 サイトウは続けざまに『ファイアボール』『ストーンレイン』を放つ。

 それでも駄目だ。効果はない。


 目の前にいるのは、魔王直属配下と同レベルの魔物だ。

 勝てるわけがない。

 しかも、切り札だった『魔杖スパイン』は、すでに無い。


 警告文は正しかった。

 あの杖は、決して魔物に奪われてはいけなかったのだ。


「──魔物の異常行動が起こっています!」

「──撤退てったいを。サイトウどのは自分が運びます!」

「──奴が人口密集地に行くのを防がなくては!!」


 兵士がサイトウを背負い、走り出す。


「あ、ああああああああっ!!」

「サイトウどの。大丈夫です。すぐに治癒術士のもとにお連れします!」


 兵士の声はもう、サイトウには届かない。


(私のせいだ。いや──違う! 上司がちゃんと説明しなかったのが悪い!! 杖をわれるとあんなことになるなんて、誰も教えてくれなかった……いや、書いてはあった。だけど、あんな書き方じゃわからない!! わからないじゃないか!!)


 サイトウは声にださずにわめき続ける。

 振り返ると、巨大な魔物が彼を見ていた。


 けれど、追ってはこない。

 もっといい獲物に気づいたかのように、東の方角に視線を向けている。

 そちらは海だ。王都から黒熊領を通り、灰狼領に通じる街道がある。魔物はそっちを見ている。


 助かった……と、ため息をついたサイトウは、思わず自分の首に触れて、そこにマジックアイテムの『首輪』があることに気づく。

 顔から、血の気が引いた。


 サイトウは失敗した。魔物を倒し損ねて、強くしてしまった。

 それを知られたらばつせられる。

『首輪』の炎で焼き尽くされて、死ぬのだ。


「こ、黒熊候こくゆうこうゼネルスさまのもとへ。屋敷やしきにつれて行ってくれ!!」

「サイトウどの!?」

「は、話をしなければ。緊急事態なんだ。お願いだ!!」

「わかりました!」


 兵士がうなずき、サイトウは黒熊候の屋敷に向かう。

 申し開きをしよう。

 そうすれば上司はきっと、許してくれる……きっと……たぶん。


 そんな希望を胸に、サイトウは黒熊候ゼネルスのところに向かったのだった。



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 次回、第31話は、明日の夕方くらいに更新します。


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