第25話「海の近くで怪しい剣を見つける(2)」

伝承でんしょうには、次のように記されています」


 アリシアは説明を続ける。


「『いずれ魔王剣ベリオールを携え、ふたたび魔王は現れる。そのときのために、人は対策をしなければならぬ』と」

灰狼領はいろうりょうに『不死兵イモータル』が配置されたのも魔王対策のためだったよね」

「そうです。灰狼候はいろうこうや領民を逃がさずに、魔王と戦わせるために。あるいは、灰狼候はいろうこうや領民が魔王の側についたときは処分できるように……です」

「……やり方がえげつないな。王家は」

「それだけ王家は、魔王を恐れているのでしょう」

「その魔王の剣が……灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうに隠されていたわけか」


 そんな話をしながら、俺たちは魔王剣に近づいていく。


 精霊たちは魔王剣が怖いのか、洞窟には入ってこない。

 彼女たちには「俺たちが逃げられるようにサポートを」って頼んである。

 魔王剣がおかしなことをしたら、防御魔法を連発してくれるはずだ。


 魔王剣の下には、石で造られた台座がある。

 表面には文字がられている。かなり古いものだ。

 消えかけていて、俺には読めない。


「アリシア。読める?」

「はい。えっと……最初に『聖女キュリアが記す』と書かれています」

「これを残したのは聖女なのか……」


 俺は首をかしげて、


「でも、聖女についてはなにも聞かされてないんだよ。教えてくれるか?」

承知しょうちしました。これは、初代王の伝説なのですが──」


 アリシアは語り始めた。



 それは、初代王アルカインが活躍かつやくした時代のことだ。


 アルカインの仲間には聖女キュリアと賢者がいた。

 賢者の方は、名前が残っていない。

 魔王討伐まおうとうばつの途中で死んだのだと言われている。


 初代王アルカインは無数のマジックアイテムを作り、魔王に戦いを挑んだ。

 聖女キュリアは回復魔法を駆使して、アルカインを助けた。

 そうしてふたりは魔王を倒した。


 アルカインは人々に推戴すいたいされて、ランドフィアの初代王になった。

 聖女キュリアはその後、姿を消した。

「魔王はいずれ復活する。その対策が必要」と言い残して。


 その後、アルカインは、今のランドフィア王家の礎を作ったそうだ。



「──ということです」

「アリシア」

「は、はい。コーヤさま」

「顔色が青いよ。しかも、台座の文書を、何度も確認しながら読んでるよね」

「……はい」

「教えてくれ。台座にはなんて書かれている?」

「魔王の武具を封印する、です」


 アリシアの声はふるえていた。



「台座に書かれている文章は次の通りです。


『聖女キュリアがしるす。

 わが友、賢者ヴァルサスは力におぼれて魔王と化した。

 彼の武器をここに封印する。

 この地がのろわれたままであらんことを。

 二度と魔王が現れぬように。世界が人間だけのものであるように』


 ──です」



 語り終えたアリシアは、長いため息をついた。


「ここに書かれていることは……おそらく、真実だと思います」

「だよな。魔王の剣がここにあるんだから」

「こんな怖い魔力を放つ剣なんて、魔王のものでしかあり得ないの」


 アリシアの言葉に、俺とティーナがうなずく。


「王家の伝説には、そんなこと書かれてないんだよな?」

「はい。魔王は北の果てに突然現れたとされています」

「ティーナたちは、魔王の正体については?」

「知らないの。というよりも、ティーナたちは魔王が現れた直後に封印されたから……」


 精霊王ジーグレットによると、アルカインは『魔王との戦いでの不確定要素はすべて排除する』と言っていたそうだ。

 そうしてジーグレットたちを不意打ちして、マジックアイテムで封印した。

 それは、精霊たちが魔王と手を組むのをおそれたからだと思ってたけど……違うのか?


「……初代王アルカインがジーグレットやティーナたちを封印したのは、魔王の正体を隠す意味もあったのかもしれない」


 俺は言った。


「人間が魔王に苦しめられていたら、精霊王ジーグレットは必ず手を貸しただろう。でも、魔王とジーグレットが戦えば、魔王が賢者のなれの果てだってバレてしまう。そうならないように……アルカインが先手を打って封印したということは考えられないか?」

「ありえる話です」


 アリシアはうなずいた。


「王家の伝承からは魔王の正体も、賢者の本名さえも消されています。魔王と初代王アルカインさまとの関わりを隠すために手を打つことは……十分にありえるでしょう」

「そんなことのために……お父さまやティーナたちは封印されていたの……?」


 ティーナは震える声でつぶやいた。


「お父さまは自分の身をけずって、精霊たちを生き延びさせていたの。その傷をいやすために、今も眠りについているの。それが……魔王の正体を隠すためだったなんて……」

「可能性の話だけどな」

「初代王アルカインが王に推戴すいたいされたのは、魔王を滅ぼした英雄だったからです。けれど魔王の正体がアルカインの友人だったのなら……人々はアルカインを、王にするのをためらったかもしれません」


 アリシアは静かな口調で、


「人々はアルカインを王にする前に、『賢者が力におぼれて魔王になった原因』を知りたがるでしょう。アルカインと聖女キュリアはそれを知っているはずですから。もしも、アルカインに魔王が生まれた責任の一端があるのなら……」

「人々はアルカインを王にしない。だから、アルカインが王になるためには、魔王の正体が賢者のなれの果てだということは、絶対に隠さなければいけない……か」


 だから、精霊王と精霊たちは封印された。

 アルカインは、彼らが魔王と関わることで、魔王が賢者のなれの果てだと知られることを恐れた。人間の味方だった精霊王を不意打ちして、地の底に封印した。


 そういうことなのかもしれない。


「そこまでしてアルカインは、王になりたかったのか……」

「魔王のせいで荒廃こうはいした世界を立て直すには、強力な王が必要だったのでしょう。その理屈はわかるのですが……」

「やり方が、ひどすぎるの」


 俺とアリシアとティーナはため息をついた。


「それで確認なんだけど、アリシア」


 俺は魔王剣に視線を向けたまま、たずねた。


「魔王は、この世界にひとりしか生まれないんだよな?」

「はい。それも初代王アルカインの伝説にあります」


 アリシアはうなずいた。


「『魔王はこの世に、ただひとり。強大な力をもつ彼の者に、人は警戒しなければならぬ』と」

「それは、王家も知ってることだよね?」

「もちろんです。でも、コーヤさま。どうして今、それを」

「ちょっと試してみたいことがあるんだ」


 王家は強い力を持っている。

 俺には『王位継承権』スキルと精霊王の力があるけど……それでも、王家に対抗するには十分じゃない。


 切り札が必要だ。

 王家が、俺や灰狼侯爵領に手出しできなくなるような力……あるいは権威けんいが。


「アリシアとティーナは離れていてくれ。精霊たちは、ふたりの防御を」

「「「はーい! 精霊王さまー!!」」」

「コーヤさま!? なにをなさるおつもりですか!?」

「どうするつもりなの? マスター!」

「ちょっとした実験をするだけだよ」


 俺は精霊王の杖を地面に置いた。

 精霊王モードが解除されて、俺は普通の人間の姿に戻る。


 スキル『王位継承権』は発動したまま。

 その状態で魔王剣に近づくと──



 かたかた、かたん。



 魔王剣が、震えた。

 台座の上でくるりと回転して、が俺の方を向く。

 そのまま、ふるふるふる、と、小刻みに震え続ける。


 スキル『王位継承権』を止めると、魔王剣の震えが止まる。


「チェンジ、精霊王」


 俺は、杖を手に取って精霊王になる。

 魔王剣は反応しない。近づいても、なにも起こらない。

 ……よし。これなら、うまくいきそうだ。


「魔王はひとりしか生まれない。そして王家は魔王対策のために、灰狼の人たちを差別している」


 では、仮に魔王が人間の味方だったら?

 王家は……灰狼を差別する理由を失うだろう。


 灰狼の人々は復活した魔王と戦う役目を背負わされている。

 けれど、魔王が人間の味方だったら、彼らが戦う理由はなくなる。

 灰狼領の人たちは自由になれる。

 だったら──



「えい」



 俺は魔王剣を手に取った。



「コ、コーヤさま!?」

「マスタ────っ!!」



 俺のスキルは『王位継承権』だ。

 これを使うと魔力や血、遺伝子などが『王位を継承する権利があるもの』としてあつかわれる。


 そして、魔も、『』だ。

 だったら、俺にも魔王を継承する資格があるはずなんだけど……。



『──おお、新たな魔王の適格者が生まれたか!』



 声がした。

 魔王剣の中から、黒いもやのようなものが浮かんでくる。

 声は、そこから聞こえているようだった。


『力を求めよ』


 声は言った。


『かつての魔王ヴァルサスは、英雄アルカインと聖女キュリアに敗れた。あれから幾年月。もはや英雄も聖女もおるまい。今こそ新たな魔王が、世界を手にすると──』


「コーヤさま!!」

「マスター! 剣から手を放してください!!」


 身体が重い。

 魔王剣からあふれだしたなにか……ゴーストのようなものが、俺の肩に乗ってる。

 剣を手放そうとするけど……指がはなれない。


『逃がさぬよ。魔王の適格者よ』


 目の前に現れたのは、角の生えたゴーストだった。


『われは魔王ヴァルサスが生み出した、次の世界の魔王を生み出すもの』

「次の世代の魔王を生み出すもの?」

『魔王ヴァルサスは魔王剣に力をたくし、われに、魔王のあるべき情報を託した。貴様はこれからそれを受け継ぎ、正しき魔王となる』


解呪魔法かいじゅまほうを使います! ゴーストよ退け! 『リムーブ・カース』!!」

「マスターから離れるです。ゴースト!!」


 アリシアから光の粒子が飛んでくる。

 ティーナは周囲の石を飛ばして、ゴーストに叩き付ける。


『弱い。弱いな。この時代の魔法など、この程度か。魔力で作られた意識体である我に、このような魔法が通じるものか!!』


 ゴーストは赤い目で俺を見据えたまま、ねっとりとした声で語り続ける。


『さぁ、まずは魔王剣を振るうがいい。貴様はこれから、魔王という偉大な存在になる。力を振るう快楽を学び、我が指導する通りの魔王に──』

「『王位継承権』解除」


 俺は『王位継承権』スキルをオフにした。


『────な?』


 ゴーストが、俺の身体から離れた。


『……ま、魔王の適格者が消えた!? どこに行った!? 今ここに、魔王を継ぐ資格を持った者がいたはずなのに……!!』


 ゴーストは俺のまわりを飛び回ってる。

 だけど、俺の身体には触れられない。まあ、そうだろうな。


 俺の『王位継承権』はスキルだから、自由にオン・オフができる。

 このあたりは剣術スキルや、魔法スキルと同じだ。

 スキルを使うか使わないかは自由に選べる。


 通常はスキルを起動したままにしている。オフにする必要が特にないからだ。

 そのせいでうっかり、精霊王を継承してしまったんだけど。


 ただし、能力をオフにしても、スキルそのものが消えるわけじゃない。

 スキルの測定を受けると『王位継承権』があることがバレてしまう。王宮から逃げなきゃいけなかったのは、そのせいだ。


 でも、このゴーストには、そこまでの鑑定能力はないらしい。

 俺が『王位継承権』スキルをオフにしただけで、俺の姿を見失っているんだから。


「魔王剣は……うん。普通に手放せるな」


 俺が魔王を継承けいしょうできることはわかった。

 問題は、魔王剣にくっついてるゴーストだ。

 まずはこいつをなんとかしよう。






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 次回、第26話は、明日の夕方くらいに更新します。


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